03

「上谷、いつも思うけど、髪の毛きれいだよな」
「ありがとうございます」
「天使の輪っかって言うんだろ、これ」
「ふふふ」
「お、謙遜しないね?」
「だって、がんばってますもん」

 長いストレートのつやつやした黒い髪の毛は、ひそかな自慢だ。手入れにも力を入れている。篠宮先輩はよくこうして口にして褒めてくれるけれど、仁さんが髪の毛を褒めてくれたことは一度もない。けれど、いつも慈しむように髪の毛に手を入れて、すいてくれる。

「じゃあ、俺教室戻るな。大神によろしく」
「はい」

 さらりと、無骨な指が自慢の髪の毛を撫でていく。教室を出ていく篠宮先輩の背中を見送って、前を向く。と、目の前に野乃花の顔があった。

「ひゃあ!」
「篠宮先輩って」
「びっくりした……」

 驚いている私に構わず野乃花は篠宮先輩が去った廊下のほうを眺めながら、またあの嫌な笑みを浮かべた。

「美麗のことお気に入りだよね」
「は?」
「だって、いつもうちのクラス来たとき、話しかけていくじゃん」
「それは、顔見知りだからで」
「そうかな? 実はその絆創膏も篠宮先輩だったり?」
「しないよ!」
「ふーん」

 否定すると、野乃花はつまらなさそうに顔をしかめた。彼女は人のそういう話題が好きだ。けっこう強引にその手の話に持っていくことも多々ある。
 自分はどうなの、と野乃花の話を聞きたくなることもあるけれど、彼女の性格からして、自分の話をしたが最後私のことも根掘り葉掘り秘密は許さんとばかりに聞かれてしまうだろうので、遠慮することにしている。

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