02
野乃花が、諦めたのか別の話題を振ってきた。鞄から教科書を出しながら、私はそっと首筋の絆創膏を押さえる。
仁さんはいつも手加減してくれている、と思う。血を吸うことについてもそうだけれど、抱き方についても。決して無理強いはしないし、私の体調が悪いときは血すら吸わない。
なぜ抱くのか。そう聞くと仁さんはいつもと同じぼんやりとした穏やかな顔で答えた。
「血がおいしくなるから」
一瞬でも期待した私が馬鹿なのは、分かっている。私のことを好きだからとか、そういう理由だったらいい、とほんの少し期待して聞いた私がいるのは事実だ。でも、現実はそうじゃない。仁さんはより美味しい「食事」を求めて私を抱く。
私が毎日血を提供できるわけじゃないし、毎日仁さんの家に行くわけじゃないから、たぶん彼はほかの女性にも同じことをしている。私はそれについて、何も言う権利は持っていない。だって、「餌」だから。
野乃花やほかの誰かに勘繰られたときにはぐらかすのは自分のためだ。仁さんのためなんかじゃない、保身だ。
恋人じゃない、と言うのは悲しいけれど、恋人だと嘘を吐くのもむなしいから、だから私は曖昧に笑ってごまかす。仁さんの前でも、ごまかす。
もしかしたらとっくに悟られているのかもしれないけれど、でも、言うのと言わないのとは、大きく違う。
「おお、上谷」
「篠宮先輩」
不意に声がかけられる。振り返るより先にその声で主が分かって、その名前を呼ぶのと同時に身体ごと振り向く。うちのクラスのサッカー部員に用事があったのか、篠宮先輩がドアのところから身を乗り出していた。きょろきょろと教室を見回して、目当ての人間がいないことに気付いたのかさらに私に声をかける。
「大神、来てる?」
「大神くんは、たぶんまだ」
「じゃあさ、放課後のミーティングの場所、視聴覚室になったって伝えてくれね?」
「分かりました」
「サンキュ」
篠宮先輩は、私の中学のときからの先輩だ。委員会で一緒で仲良くなった。人好きのする子犬のような笑みは、年上の人を捕まえてこんなことを言うのもなんだけれど、微笑ましい。
サッカー部のエースで、その気さくな性格と人懐っこい可愛らしい顔立ちのため、ファンも多い。夏中グラウンドを駆け抜けた肌は黒く焼けている。
ひとたびピッチに立つと、彼の可愛らしい子犬の顔は獰猛な狩猟犬のような鋭さを醸す。たぶんそのギャップが、女の子たちは好きなのだ。
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