01

 遅刻してしまう。走ってホームに滑り込むと、ちょうど電車がきたところだった。ほっとして息を整えながら、乗り込む。
 九月になっても太陽の光は容赦ない。下ろした長い髪が、汗でべたべたのシャツにさらりと触れて貼りつく。
 今頃きっと仁さんは寝ている、と思った。もしくは、冷房のきいたあのマンションの部屋でパソコンを立ち上げて仕事をしている。彼は日中外に出ない。
 引きこもり、とは少し違う。彼は日光が苦手なのだ。さすがに、溶けて灰になるとか消えるとか、そんなことはないけれど、だいぶ弱る。そのせいで、彼はあまり学校に通えなかったと聞いている。かろうじて卒業はしたものの、単位はぎりぎりで先生にも遅刻魔サボり魔と目をつけられていたらしい。
 十字架やにんにくは大丈夫だ。銀の銃弾で撃ち抜かれればたぶん死ぬけれど、それは別に彼だからというわけではなくて、私でも死ぬ。あと、鏡にはちゃんと映る。
 彼は、ヴァンパイアだ。

「おはよ、美麗」
「おはよう」

 学校に着くと、友達の野乃花がふらりとどこからか近づいてきた。そして首元を見てにたりと笑う。

「またそんな絆創膏つけて」
「……これは、蚊に噛まれて」
「そこばっかり刺されるわけないでしょ」

 昨晩、仁さんの家に行ったときについた傷口を隠すための絆創膏を指摘され、もごもごと口先だけで言い訳するも野乃花には効果がない。そりゃあそうだ、毎回同じところに絆創膏を貼るなんて、それも首筋、近くで見ている人には、そう見えても仕方がない。

「ていうか、相手誰? いつもはぐらかすよね」
「……あはは」
「水くさいよ」

 仁さんとの関係は、誰にも言っていない。パパにはもちろん、ママにさえも。もしかしたら気付いているのかもしれないけれど、いつも快く仁さんの家に送り出すその表情からは一切そんなことはうかがえない。
 そう、仁さんとの関係を、誰も知ることはない。私が「餌」で、仁さんが「捕食者」であることなんか、誰も。

「そうだ、一時間目さあ」

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