目覚めの瞬間は、いつも深海から浮き上がってきたような感覚になる。
微睡んだ意識が水面にぷかぷかと漂っているみたいで、その輪郭がはっきりするまで、しばらくそのままベッドに身を埋めている。

すごく昔の夢を見ていたような気がするのだけど……よく思い出せない。
まぁ忘れてしまうくらいだから、大した夢じゃなかったんだろうと、布団にしがみついた、ら。


ぽふっ、と、なにか温かいかたまりが額に触れた。

普段ならありえないその質感に、今まで雲を掴むようだった意識がふわっと覚醒する。
人の身体。温かい、これは、レーガ…?


「あ…起きた。おはよう。」

「お、おはよう…」


…そうだ。
そういえば、昨日は彼を家に泊めたんだった。
まじまじとこちらを見つめる…ううん、むしろこちらを観察しているレーガは、寝癖が付いていてもイケメンだ。

一体いつから見てたんだろうか。
寝転がりながらそっと私の髪を撫でる彼は、ものすごく幸せそうに、穏やかな微笑みをたたえている。


「…眠そうだな。」

「んー…だって、今起きたところだし…。」

「ははっ…寝癖ついてるぞ、ここ」

「…レーガもついてるよ…ほらここ」

「え…あ、ホントだ。後で直さなくちゃな。」


昨晩、あんな風に抱き締められて、果たして寝られるものかと懸念していたけど、結局のところそれは杞憂に終わった。
なにせ、一日しっかり走り回って仕事をしたのだ。疲れた体は、いつも通りすぐに眠りに落ちてしまった。

レーガの寝顔、見てみたかったんだけどなぁ、なんて考えていると。
私の寝癖を指でつまみながら、彼が言った。


「あのさ…なまえさえ良ければ、今日は牧場の仕事の手伝い、してみたいんだけど…。」

「えっ、あ、うん、いいよ…?」

「やった…!この間、りんごの収穫したの、めちゃくちゃ楽しくてさ。他にも色々やってみたいって、思ってたんだ。」

「…でも、いいの?せっかくの休みなのに…」

「全然いい。っていうか、オレもなまえと一緒にいたいし…なんてな。」

「もうっ。……でも、そうだね。それなら私も、嬉しいな。」


自分で言いながら、照れてしまう。
ふとレーガの方を見たら、お互い寝転がったまま目が合った。
微笑んだ彼に微笑みを返せば、ふわりと漂う甘い空気。

彼の瞼が、静かに揺れる。瞬間、青緑色の瞳が真っ直ぐにわたしを捉えた。

そうしたら、スローモーションを見ているみたいに、頬に、ゆっくりと彼の手が添えられて。
あわてて瞳を閉じた私の唇に、優しく触れるだけの…。


…キスを、してしまった。


どくん、どくん。張り裂けそうなほどに脈打つ心臓。
すぐに離れたはずなのに、唇を意識するだけで蘇るあたたかな感触。
たまらず、ぱちぱちと瞬きをして、でも彼を直視することができなくて。

やっとのことで表情を窺い見れば、彼も緊張しているのか、きゅっと口を結んでいた。


「……」

「……」

「……さて、おはようのキスもしたことだし、起きよう!良かったらオレ、朝飯つくるよ」

「…あ、えっ…いいの?」

「当たり前だろ。泊めてもらったんだし、それくらいさせてくれないと困る。」

「わ、やった…!朝からレーガのご飯とか、すっごく幸せ!」

「ははっ、なまえは色気より食い気か?」

「そんなことないもん…!すっごくドキドキしたんだから!」

「…!!」

「…っ、ほら!早く起きないと、先に外行っちゃうから!」


キスをしてくれて、嬉しかったのだと、伝えたくて。
はぐらかすようにして、ベッドから逃げ出すと、我に返ったレーガが「こら、外に出るのはちゃんと朝食取ってからな」と言って私のことを諌めた。


普段は自分ひとりの時間に、レーガが隣にいる新鮮さを感じながら、二人で朝の準備をして。
道具を揃えて外に出れば、早朝のしんと透き通った空気が、わたしたちの肌に触れた。


「やっぱ牧場は空気が違うな。すごく気持ちいい。」

「うん…レーガは、寒くない?」

「ああ、大丈夫。…で、まず何からするんだ?」

「じゃあ、水やりから始めよっか。あっちに畑があるから、一緒に行こう!」




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




人に教えながらとはいえ、レーガは覚えも良くて、作業はかなりスムーズに進んだ。
作物の水やりに、動物の世話に、収穫に。
いつもは沢山の仕事を一人でこなしているけれど、今日は、実質二人で仕事をしたようなもので。
普段は夕方頃までかかる仕事が、お昼を過ぎる頃にはすべて終わってしまった。


「…レーガ、牧場向いてるんじゃない?」

「ははっ、そうか?」

「すぐに仕事覚えちゃうし、作業も早いから、びっくりしたよ…。それに、ハナコもあっという間に懐いたし。」

「確かにやりがいがあるし楽しいけど、今は本業もあるからな。…でも、いずれ、牧場とレストランを二人三脚でできたら楽しいかなって思ったよ。」

「うん、それ楽しそうだね!二人で美味しい作物の研究したりして、私が育てて、レーガが料理をして…」

「…そうなると、やっぱりオレ、将来を考えて、本格的に牧場の仕事を教えてもらった方がいいかもな。」

「ふふ、じゃあ私は、レーガにレストランの仕事を教えてもらわないとね。」

「困ったな。端から見たら完全にバカップルの会話なのに、止める人がいないぞ、これ」

「あ、本当だ。困ったね…!」


彼と二人、笑い合いながら思う。

多くの時間を過ごせば、それだけお互いの良いところも悪いところも見えてくるとは、よく言うけれど。
初めてレーガと二人で、こんなに長い時間を過ごして、彼のことをもっと好きになってしまった。
…もし、彼もそう思ってくれてたらいいなぁ、なんてちょっと欲張りなことを考えたりもして。

首元で揺れる、ネックレスのハートをそっと指で摘みながら、ずっとこんな日々が続きますようにって、その時の私は、確かにそう願ったんだ。





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