二人分をテーブルへ並べたハーブティーのうち、自分のものから上る湯気を目で追っていると、その先にいるフリッツを視界に捉えた。
着替えをして、お茶を淹れたあと、しばらくこうして向かい合っているけど、先ほどからずっと沈黙がこの部屋を支配している。
話題が話題なだけに、どうにも切り出し辛くて…視線だけが、あちこちに彷徨っていた。


「………」


帰り道を辿るあいだ、フリッツがずっと離れずにいてくれて、気持ちの方はだいぶ落ち着いた。
今も、なかなか口を開けず、黙りこくっている私を、急かすでもなく待っていてくれる。
フリッツは考えなしでいるようで、実はものすごく気遣いができると思う。

…でもだめだ、甘えすぎちゃいけない。意を決して、私は口を開いた。その瞬間、フリッツと目が合ったけど、なんだか気まずくて、お互いにすぐ逸らしてしまった。

陰口を言われていたこと。
水を掛けられたこと。
やがて、ぽつりぽつりと零れ始めた私の言葉に、フリッツはハッと目の醒めたような表情をしたあと、心配そうにこちらを見つめた。

私の考え過ぎかもしれないけど、レストランに限らず、一人で町を歩いてるだけで、突き刺さるような視線を感じるのだと、そう正直に打ち明けた。


「……」

「……」

「……やっぱ、そうだったのか」

「…え?」


思わぬフリッツの言葉に、目を見開く。


「そうじゃないかなーって思ってたんだ。レーガと付き合い始めてからだろ?なんかレストランで噂してる子もいたしさ……」

「…気付いてたんだ……」

「…すげー執念っていうかさ。女ってコワイな……」


怖い。その通りだった。これまで漫画やドラマの世界の話だと思っていたから、現実にその悪意が自分に向けられると、どうしていいか分からなかった。
悩みを打ち明けた拍子に、気にしないように、気にしないようにと自分の中に抑え込んでいた不安が、ぽたぽたと零れ落ちた。


「レーガはこの事、気付いてるのかな…。」

「…今は気付いてないと思うぜ。レストランでも、本人がいる時はそんな噂してるの聞いた事ないし…」

「なら、良かった。レーガにこのことが伝わったら、多分すごく気にしちゃうと思うから…。」


一番嫌なのは、気を使ったレーガに別れ話を切り出される事だった。
そんな事になるくらいなら…正面から戦いたい。私は握り拳にグッと力を込めた。


「なにより、こんな嫌がらせのせいで別れるなんて癪だよね。だから、負けたくないんだ。」

「おう。確かにそうだけど…。」

「フリッツにはこれからも相談させてもらうかもしれないけど、私がんばって戦ってみる。」

「そっか。なまえがそう言うなら、いつでも相談乗るからな。でも、無理は禁物だぜ。少しでも気になる事があったら、オレ様に言ってくれよな!」

「うん、ありがとう。フリッツのこと、頼りにしてるよ。」


「だから、よろしくね」と伝えれば、彼は「おう」と応えて、ニッと笑顔を見せた。

そこからは、本当に他愛のない話で。ピーマンとパプリカの種を間違って買ってしまった事だとか、ベロニカさんが猫に向かって「ニャア」と鳴き真似をしていたのを聞いてしまったことだとか。
楽しい話は現実を紛らわせてくれて、これもフリッツの心遣いなのかな、って嬉しくなる。
あれこれ話しているうちに、気付けば仕事に戻らないといけない時間になっていたので、フリッツに感謝の気持ちを伝えて、牧場の入り口まで見送りをした。


遠く遠く、やがてフリッツの姿は見えなくなった。
一人はやっぱり心細いけど、彼のおかげで、先ほどまで抱えていた恐怖心はもうほとんど消えていた。
うん…がんばろう。まずは自分にできることから…仕事の続きをしないと。

そう思って牧場の方へ振り返ろうとしたその時。


ーーーパシッ


「きゃっ!?」


突然何かが私の手首を掴んだ。
あまりの驚きに心臓が止まるかと思った。恐る恐る手の主を見上げれば、そこには生温い眼差しで私を見下ろすレーガがいた。
どうしてここに、レーガが…?


「…家の中、入ってもいいか?」


優しげな声色。でも、目が笑っていなかった。
フリッツとのやり取りを、見ていたのかもしれないと直感した。
そうだとしたら、レーガとの約束を断ってフリッツと一緒にいたことを、彼にちゃんと説明しなくちゃいけない。私は空いたほうの手で、ドクドクと脈打つ胸を押さえながら、無言でこくりと頷くと、掴まれた手を引くようにして彼を家へ上げた。






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