数日後。レーガへのプレゼントとして渡したりんごは、アップルパイとなって私の家のテーブルの上に戻ってきた。

「召し上がれ」と言われて目の前に差し出されたパイは、相変わらず見ているだけで涎が出そうなほど美味しそうだけど、これじゃあ私からのりんごはお礼というより、お題になってるじゃないか。
私が得をしてばっかりなのはなんだかなぁ、と思いながらも、当のレーガはまるで食べさせるのが幸せみたいな顔でニコニコしているものだから、細かい事はあんまり気にしないことにして、フォークでひとくち分を切り取って、口の中に放り込んでみた。その瞬間ふわっと香る、りんごのいい匂い。


「わ、美味しい!最高だよ!!」

「そうか、良かった!バターの使い方をちょっと工夫してみたから、普通のアップルパイよりもヘルシーなはずだぞ。」

「そこまで考えてくれたんだね。この味でカロリー控えめとかすごいなぁ…!」

「…ったく、そんな風に言われたら照れるだろ。…っていうか、そもそも素材が良くないといい味も出せないんだからな。」


本人は謙遜してるけど、レーガって、天才だと思う。
素人の私が言うのもなんだけど、素材の味が活きてる感じがするし、このりんごも、彼に料理してもらえて大喜びに違いない。
料理をしてるとき、彼の頭の中はどうなっているんだろうと、計り知れない気持ちになる。

色々考えていたら、知らないうちに、まじまじと見つめてしまっていたらしい。レーガは「どうした?」と小首を傾げつつ笑っていた。


「ううん、なんでもないよ。今日も夜ご飯はレストランにお邪魔するね!」

「了解。腕によりをかけるよ」


優しい笑顔が向けられて、じんわりと胸が温かくなる。
実を言うと、このあいだレストランであった事も、もうほとんど気にならなくなっていた。

…ううん、気にならないって言うのは少し違うかもしれない。
正確には、気付いたのだ。レーガとフリッツがいる間は、私に対する女性客たちの突き刺さるような視線も、影を潜めているのだと。
当然といえば当然だよね。彼女たちも、レーガや、その親友のフリッツに悪い印象を与えたくはないはずだから。

そういう理由で、ここ最近は、フリッツと一緒に、夜だけレストランで食事をする日々が続いていた。


「…そうだ、ちなみに明日の夕方って空いてるか?よかったら、休憩時間にうちで軽くお茶でもどうかなって、思ったんだけど…」


頭を掻きながら、照れたようにレーガが呟く。
すごく、魅力的なお誘いだ。休憩時間なら二人きりだし、なにより、貴重な休憩だというのに、このところ彼に牧場まで来てもらってばっかりだった。


「行く!何時ごろに行ったらいい?」

「…!そうだな…16時くらいか?」

「うん、じゃあその頃に行くね!」

「……」

「……レーガ?どうしたの?」

「いや。なんかなまえ、すげー乗り気でかわいいなって思ってさ。そんな即答で返って来るとは思ってなかったから、オレいま、めっちゃ喜んでる。」

「そ、そっか、なんか恥ずかしいな。」

「はは、照れてるなまえもかわいいよ。…っと、もうこんな時間か。悪い。オレ、そろそろ行かないと。」

「…あ、ありがとう。がんばってね。」

「なまえも、がんばってな。疲れたらいつでもオレの料理で癒してやるから。」

「……!」


甘い言葉の数々に、胸がときめきに呑み込まれる。
心までとろけてしまいそうな余韻に浸りながら、わたしは辛うじて手を振って、レーガの後ろ姿を見送った。





ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



翌日。私はアップルパイのお礼を持って、家を出た。
食材だとまたお題みたいになってしまいそうなので、色々悩んだ結果、アクセサリーにした。
貿易ステーションのお店も見たんだけど、なかなか思うようなものが無くて…それに、レーガもお店は見ているだろうから、ちょっと恥ずかしいけど、手作りにしてしまった。

黄色と赤の石を革ひもで結んだ、至ってシンプルなブレスレットだけど、リュックの中に入ったそれを実際に渡すところを想像すると、ちょっと気後れしてしまう。
作る時は夢中だったけど、改めて考えると、食べ物のお礼にしては重すぎたかもしれないと思う気持ちも湧いてきた。どうしよう。

…ええい!恋人同士なんだ!付けてくれるかどうかは別として、きっと受け取ってくれるよね!?

踏ん切りをつけるように、準備中の札がかかったレストランの扉を叩こうとしたその時、突然冷たくて重いものが全身を叩き付けて、反射的に目を瞑った。


…え?


まず、異様な服の重みを感じた。
次にぽたぽたと前髪から水滴がしたたる。
目元をぐいと腕でぬぐってみて、服の重みは水分を吸ったためだと気付いたちょうどそのとき、レストラン脇の茂みからクスクスと笑い声が聞こえた。

そちらに目を向けると、見覚えのない2人組の女性が、そそくさと逃げていくところだった。
傍らにはバケツが転がっており、ああ、それで水を掛けられたのだと悟る。

…悪質すぎて、悲しみを通り越して呆れた。
普通、秋の終わりのこんな寒い時期に、人に水をかけたりするかなぁと思いながらも、現状は困ったものだ。
頭のてっぺんからつま先までびしょ濡れな姿を見られては、レーガに何て言われるか分からない。
万が一、嫌がらせのことを勘付かれたら、余計な心配をさせてしまうかもしれない…。

かと言って、着替えに戻っていたのでは約束の時間をかなり過ぎてしまう。
遅れることを彼に伝えたいけど、会うほかに手段もないし、うーん、あの2人組、なかなか困った事をしてくれた。



レストランの入り口から離れて、とにかく落ち着いて考えようと思った、その時だった。


「…なまえ?」


突然背後から掛けられた声に、身体が跳ねる。この声は、もしかして。


「………フリッツ…?」


ゆっくりと振り返ると、そこにはきょとんとした表情のフリッツが立っていた。
そして私が濡れ鼠になっているのに気付いたのだろう、彼はみるみる目を丸くした。


「ど、どうしたんだ!?そんなびしょ濡れで…!」

「えっと……ちょっと素潜りをしてて…」

「…ええっ、本当か………?」

「………」

「………じゃ、ないよな。だって、なまえがこんな寒い時期に素潜りしてるの見たことないぜ。」

「………ごめんね…やっぱりバレちゃうよね。ちゃんと話すから…その前に、ひとつ頼み事をしてもいいかな?」

「おー。オレにできることなら、何でもいいぜ。」

「……よかった。レーガと約束をしてたんだけど……彼に、今日は行けなくなっちゃったって、伝えてきて欲しいの。」

「そう伝えるだけでいいのか?」

「うん。それだけで大丈夫。また今度会ったとき、私からも謝るから…。」


フリッツなりに察してくれたらしい。彼は何も言わず、レストランの扉を叩いてくれた。
来てくれたのがフリッツで本当によかった。不幸中の幸いって、このことを言うんだなぁ。

しばらくの間、身体を縮めて暖を取っていると、きっとレーガに伝えてくれたのだろう、扉が開いてフリッツが出てきた。
彼は私の方にまっすぐ歩いてきたかと思うと、するりとマフラーを解いて私に巻いてくれた。


「なまえがカゼひいたら困るからな。早いとこ着替えに帰ろうぜ。…あっ、ちなみにそのマフラー、ちゃんと定期的に洗ってるからな!その辺の心配は無用だぜ!」

「…うん。ありがとう……」


優しさが心に沁みて、目元に熱いものがこみ上げたけど、こんな所で泣くわけにはいかない。
何より、嫌がらせが原因で涙を流すのが悔しかった私は、まぶたの裏の雫をこぼさないように、フリッツと一緒に、ゆっくりと自宅への道を辿った。






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