賭けはとっくに

 あれから数日経過したけれど、未だ花巻とは話せてないし連絡もとってない。だらだら時間が経てばたつほど、あの時思い切って話しかければよかったなぁと後悔するばかりだ。

 あの日は久しぶりに大泣きして、深夜琴音に長い間話を聞いてもらった。あんなに苦しかった夜は初恋の先輩に失恋したとき以来かもしれない。琴音のおかげで大分スッキリしたけど、やっぱ心の奥底ではまだ正体不明のモヤモヤがいる。
 最初は、勝手なことをした挙句連絡も寄越さない花巻にイラついてたけど、正直今となっては寂しさのほうが上回っていたりするんだから、自分でも笑っちゃう。知らない間に賭けは私の負けだったみたい。
 こんなギクシャクすることになるなら、恋人になんてならない方が良かったのかもしれない。花巻とはなんだかんだいい友情を築けてた訳だし、今からやっぱり友達に戻ろうって言ったら前みたいに気楽な関係で一緒にいられる?それで花巻とずっと一緒にいられるなら、いっそのことそうした方がいいのかもしれない。
 それとも、もう友達にも戻れず、このまま自然となかったことになっちゃうの?…やばい、そう考えるとちょっと泣けてくる。
 花巻の隣は居心地が良かった。だからずっと一緒にいたいと思ったし、アイツのために綺麗になりたいとも思った。恋をすると綺麗になるっていうけど、あれはこういうことなのか。この年になって今更そんなことに気がつくなんて。

 今日は特に予定もない休日。正しくはわざと予定を入れなかった。気持ちのリセットのためにと思ってそうしたのだけれど、静かなこの部屋で特にやることもない今、朝からずっとこんなことを考えてる。本末転倒というやつだろうか。
 何度目かの溜息をついたとき、スマホから間抜けな通知音がした。怠い体を起こして新着メッセージを確認すると、ずっと頭の中でループしていた人物からのメッセージ。ドクンと心臓が大きな音をたてた。

『今どこ』

 絵文字も顔文字も何もない、シンプルで短い言葉。それがこんなに嬉しいなんて。家にいると返事をうてば、すぐさま『今から行く』の文字が画面下に追加された。…今から、行く?

「今から?!」

 私が叫んだ十数秒後、インターホンの鳴る音。え、嘘でしょ?え、まさか花巻?こんなすぐ?否、宅配業者かもしれない。恐る恐るゆっくりと。足音を立てないよう玄関へ向かっている途中、ガンガンと扉の叩く音。

「ひっ」

 どこの借金取りだ。こんな無礼なことをするのは一人しかいない。すぐさまチェーンを外して扉を開ければ、案の定ずっと会いたかった人物。

「急すぎだよ…あほ」
「嬉しそうな顔してよく言う」

 いつもの憎まれ口に心底ホっとして、思わず泣きそうになった。絶対にからかわれるから必死に堪えたけど。いつも通りに見えて、やはりどこかバツの悪そうな花巻は「あー…とりあえず中入れて?」とぎこちない。
 そして一歩我が家へ足を踏み入れるや否や、靴も脱がずに抱きしめられた。どくどく鳴っている心音は恐らく…確実に花巻のものだ。まるで長い年月離れ離れだった恋人同士みたいな抱擁から、言葉はなくとも気持ちが伝わってきた。こんなことってあるんだなぁと、どこか冷静な私に気がついた花巻は、子供のような表情で「…怒ってる?」なんて尋ねてきて。

「怒ってるよ」
「…ごめん桜城、俺が悪かった」
「…ふっ、ごめん、嘘。もう許してる」
「すげーカッコ悪いことした」
「なんで?」
「うーん、まぁ、ただの嫉妬デス」
「珍しいね、花巻が嫉妬なんて」

 抱きしめる腕を少しだけ緩め、肩に顎を乗せてくる。私の問いかけにちょっと唸ってから何故か盛大な溜息。…なんかすっごく失礼なこと考えてるだろコイツ。文句の一つでも言ってやろうとしたら「うー」と再度唸ってから花巻が口を開く。

「俺ね、思ってるよりも桜城のこと好きみたい」

 ビックリして横に目をやるも顔なんか見えない。でも、花巻の短い髪のおかげで少し赤い耳はしっかりと確認できた。

「桜城」
「何?」

 私の肩に預けてた頭を起こして改まったように向き合うとなんか少し緊張する。

「賭けは俺の負け。完敗だからさ、俺とちゃんと付き合って?」

 降参と言わんばっかりに両手をあげて自信満々に、あまりにもケロっと言うもんだから、つい口角があがってだらしない顔になる。

「人が口説いてるのに、何ニヤついてんだよ」
「文章おかしいんだもん。なにそれ」
「愛の告白」
「ドヤ顔で言うこと?」

 さっきまでのどんよりした気持ちが嘘みたい。やっぱり私花巻がいい。花巻とずっと一緒にいたい。
 私の返事を待つ花巻の一瞬の隙をついて、チュッと音をたてるだけの軽いキスをしてやった。驚いてる花巻の右手をぎゅっと握り、覚悟を決めて深呼吸。

「賭けになんなかったね。私も花巻が好き。だから一緒にいてほしい」
「…いーですよ?」
「アハ、照れてる」
「うるさい、ちょっと黙ってろ」
「んっ」

 この前とは違って、今度は優しく唇を塞がれた。ちゅっと音をたてて離れ、唇をやわやわ挟まれ、また啄むように何度も、何度も、同じことを繰り返し。

「…っ、は、はなっ」

 どんどん深くなってく口づけにストップをかけても、呆気なくまた塞がれる。ぬるりと入ってきたものに絡みとられてしまいどんどん力がぬけ、終いにはガクンと膝が折れた。

「おっと」
「…スケベ」
「気持ちよさそうだったくせに」
「うるさ……わっ!?」
「お邪魔しまーす」

 急な浮遊感に何事かと思えば、しっかりとお姫様抱っこされていた。いつの間にか靴を脱いでた花巻は図々しくもドカドカと人の家に、しかも無断で寝室にあがりこむ。

「勝手にあがるな!」
「我慢の限界」

 ポイっと私をベッドに下ろすや否や逃げられないよう手首をがっちり掴んでくる。あぁ、まさかこの展開は。

「ヤんの…?」
「だから、ムードって言葉知ってる雪菜チャン?」
「急すぎじゃない?!」
「好きな女に告白されてキスしてあんなエロい顔されたのに?」

 掴まれていた片手がぐいっと下に降ろされた瞬間感じた硬い感触。なんてもの触らせるんだと睨みをきかせても、至極楽しそうな花巻には一切通じなかった。このヘンタイ垂れ目。

「家ゴムないからダメだよ」
「あるから問題なし」
「携帯するなよ。高校生か」
「さっき買ってきた」
「バカじゃないの?!」

 信じられないコイツ。最初からその気だったのか。もはや呆れ果て、抵抗するために入れてた力がぬけた。そのあとはもう簡単に組み敷かれ、目の前には嬉しそうに笑ってる花巻。何いい顔してんだこのバカ。心の中でついた悪態を声に出そうとしたけどそれは叶わず、なんだかもう全部どうでもいいくらい心地よくて、降参だと言わんばかりに目を閉じた。
 そのあと部屋に響き渡るのは、お互いの荒い息と厭らしい水音。脱ぎ捨てられた衣服は、かわいそうなことに足元に散らばっている。

「大人しいな。観念した?」
「今更」
「ちょっと抵抗されるのも俺としては興奮するからさ」
「ヘンタイ、スケベ」
「あれ?今知ったの?」
「……知ってた」
「ははっ」

 ふたつの膨らみを優しく揉んだり強くしたり。服の上から先端を擦られるのがもどかしくて、目線で訴えても全く汲み取ってくれない。わざとだ。
 意地悪く笑う花巻を睨む行為も、どうやら彼を興奮させてしまう材料の一つでしかないようで、先ほどよりもズボンの中が大分苦しそうだ。そっちがその気ならと、ジーンズの上から硬くなったそれを撫で上げれば、ぶるると花巻の体が震えた。

「煽るなって」
「じゃぁ、もっと触って」
「っ、だから、…あー、もう知らねーぞ」

 乱暴にたくし上げた下着、今日は比較的可愛いやつなんだけど、きっとそんなの知ったこっちゃないんだろうな。私もそんなことを考える余裕はほんの二秒くらいなもので、ぬるりと先端を口に含まれた途端甲高い声が喉の奥から出た。

「かーわい」
「うるさいっ」
「支配されてるくせに悪態つくの、なんか興奮するよな」
「…ほんと、どうすればいいのもう」

 厄介な男を好きになったもんだとこっそりついた溜息は甘く消えた。