一緒にいたいよ

"無理して笑って疲れない?"私が花巻貴大に言われた初めての言葉。
 同期入社の男の中で一際背が高く、ルックスもまぁいい。先輩受けも良くて同性の支持もある。女にもさぞかしモテるだろうと噂されていた男。それが花巻貴大だった。
 初めて見た印象は“あぁ、これはモテるな“初めて話したときの印象は“ムカツく男”
 初めて見たのは新入社員の歓迎会。少し離れた席にいるのを遠目で確認しただけだったけど『何だあの頭の色は』みたいな感想を抱いた気がする。
 私はその時横にいる上司に軽いセクハラをうけていて、笑顔で対処していた。やっと面倒なオヤジを撃退したと一息ついてたのに、今度はウザイ同期の男に絡まれたのだった。好みのタイプなら悪い気もしないけど、残念ながらそうではなく。さっさとこんな男蹴散らして余所の席へ行かないと。けれど長年の癖はそう簡単にぬけることはなく。あからさまな嫌な顔ができない私は、にこにこと笑みを絶やすことなく、適当に相手をしながら心の中で毒づいていたのだった。

『こういう女が好きなんでしょ?』
『はいはい、じゃぁそうしてあげますよ』
『男って本当バカばっか』
『私が今真逆のこと考えてること、お前分からないだろ』

 我ながら本音を隠すのが上手になったものだ。けれどいい加減にしてほしい、と我慢の限界が近づいてきたその時、噂のピンク頭に救われたのだ。

「桜城さん嫌がってるでしょ、お前酔いすぎ」
「んだよ花巻!今いいとこだったのに」
「どこがだよ。それよりあっちでお前のこと呼んでたよ」

 指さす先にはEカップが自慢のつけまビッシリお色気先輩。ウザ男は目の色を変えてその先輩の元へと向かっていった。本能むき出しの姿に“バッカみたい”という感想しか出てこなかった私は、つい大きなため息をついてしまった。ウザ男がいた席にゆっくり座る花巻に気がついて急いで取り繕った。

「花巻さん、ありがとうございます。でも、私そこまで嫌がってませんよ?」
「助けたと見せかけて、本当は桜城さんの隣奪うつもりだったりして」

 にーっこり。漫画だったら、お互いの頭上にそんな効果音がつきそうなくらい完璧な笑みだったろう。小首を傾げて思いっきり可愛い笑顔を向けてやったのに、ちっとも効いてない。それに誰にでも言ってそうな軽口に寒気がした。うちの同期にはまともな奴がいないのか、という怒りにも似た気持ちを押し殺し、立てかけてあったメニュー表を差し出す。「冗談はともかく、何がいいですか?」と、いい子ちゃん対応で接していたら。

「…桜城さんさぁ、無理して笑って疲れない?」

 思いっきり頭を殴られるようなそんな感覚だった。私と同じくらい嘘くさい、薄っぺらい笑顔でそう返され、しばらく固まってしまったのを今でも覚えている。

「…あなたに何が分かるんですか?」

 ポロリと思わず出た本音は営業用の声よりも大分落ちた本来の声。その声に自分で吃驚して、慌てて席を立った。少し焦った様子の花巻なんか知ったことかと、逃げるようにその場を後にした。


***


"…あなたに何が分かるんですか?"
 俺が初めて聞いた桜城雪菜の本音がどこか寂しそうだったのを今でも覚えてる。
 俺の同期女子たちは大体レベルが高く、男同士になればそういう話で持ちきりだった。その中で可愛いなと思う子は何人かいたけど、特に俺が気になったのが桜城#雪那#だった。
 ルックスはそこそこ。ふわりとした雰囲気を身にまとっていて、いつもにこにこしてる。男からの人気もまぁまぁある。ちょっとぶりっ子っぽかったけど、女子からは嫌われてないようだった。
 初めて見た印象は、可愛いけど嘘くさい。初めて話したときの印象は、もっと知りたい気になる子。
 飲み会の席で俺が桜城に声をかけたのは、決して怒らせようとしたわけじゃなかった。ずっと見ていると気づいた、あの嘘くさい笑顔の裏側が気になっただけ。気がついたのは、俺も同じタイプの人間だったからかもしれない。あ、あの子は俺と同類だ。そう直観が働いた。
 酷く驚いてた桜城が、信じられないくらい低い声で恨み言のように呟いた一言は今でも忘れられない。「あ、地雷踏んだ」って思ったけどまぁ遅いわな。去り際の笑顔はなんだか泣いているようで、余計気になって。罪悪感もあって、次に会ったとき飲みに誘ったっけ。なかなか本性を見せない桜城の張り付いた笑顔をどう剥がしてやるか、そんなことばっか考えてたのはいい思い出だ。
 ベロベロに酔っぱらった桜城を家まで送っていった夜道、ボロボロと突然泣き出して大変だったのも勿論いい思い出だ。

「ぅっ…私ぃ、本当は全然女っぽくなんてなくってぇ」
「もっと可愛い奴だと思ってたなんて知らねーよ!!」

 子供みたいに顔をぐしゃぐしゃにして泣いて、荒い口調で本音をぶちまける桜城はお世辞にも可愛らしいとは言えなかったけど、俺はこっちの桜城の方がいいな、って思ったんだ。
 つい自分を隠して、恋愛でいつも同じ失敗をするあたり俺らって似たもの同士なんだな。


「あの時俺が声かけなきゃ、この関係ってなかったんだな」
「でもどのみち花巻の胡散臭さには気がついてたよ」
「ひっでぇ」

 最悪な出会いだったのに、よくまぁこんな仲になったものだ。隣で笑う花巻は、もうB定食を間食したようだ。というか、何故社食にいてこんな話になったのか。

「まぁ確かに、桜城には通用しなさそう」
「あの胡散臭い笑顔?どこで習ったのあれ」
「腹黒キャプテンのマネ」
「出たよ、腹黒くん」

 この前花巻の家で見た写真を思い出す。男ってバカだと思ってたけど、花巻やその腹黒くんは別だ。こういう種類の男もいるんだな。勉強になった。

「でもさ、何だかんだ今私の隣にいるのが花巻で良かったと思うよ」
「…急にデレるね」
「照れんなよ」
「女子っぽい応対を希望します」
「もうそういうの疲れました」
「あー、はいはい。俺の前ではいいですヨ、そのままで」

 隣からにゅっと腕が伸びてきて引き寄せるように「よしよし、俺が悪かったよ」と頭を撫でられた。えっと、ここ職場なんですけど。
 さっき口にしたのは本当で、友達だったときはあまり気付かなかったけど花巻の隣にいるのは心地がいい。こうして頭を撫でられると安心して脳がふわふわする。お前はそのままでいーんだよって笑って言ってくれる花巻に、私は救われているんだ。

「恋愛的に好きかどうかはまだちょっと分かんないけど、少なくとも。前よりも花巻と一緒にいたいとは思ってる」

 箸で割ったハンバーグの中から肉汁がじゅわりと出てくる。目を見て言うには少し気恥しいこの台詞。食事に集中してるフリをして、右耳を澄ましてみるもなかなか反応がない。

「…何か言ってよ」
「いやー、随分まぁ恥ずかしいことを言うねお前」
「あら、照れちゃいましたか?」
「ここが会社じゃなかったらちゅーしちゃってたね」
「ヤメテクダサイ」

 軽口をたたいて照れを隠しているんだろう。まぁ、ブーメランだけど。残りの肉を口に放り込み、時計を見ればぼちぼちオフィスに戻る時間。食後の珈琲でも軽く飲んで戻ろうかと声をかけると、どこか真剣な瞳の花巻に腕を掴まれた。

「さっき桜城が言ったの、俺もそうだよ」
「え?」
「俺も桜城と一緒にいたいし、結構大事だと思ってる」

 随分まぁ恥ずかしいことを。さきほどの花巻の台詞と同じ感想が出て、笑いあった。

「あら、照れちゃいましたかー?」
「ほんと、いい性格してるよ花巻」

 初々しいカップルには見えないかもだけど、この関係にそこそこ満足してたりする今日この頃。