無邪気に笑うキミ

 目覚ましの音よりも早く、小鳥のさえずりで目が覚めた。重たい瞼を一生懸命開けるとそこは薄いブルーのシーツと見慣れない部屋。シーツからはいつもと違う匂いがする。覚醒しきってない頭をフル回転させつつ体を反対に倒せば、もやっとしていた疑問が一気に解決した。

「…はよ」
「……おはようございます」

 昨晩花巻の家に来てなんやかんやあって結局泊まったんだ。…キスをしたのは覚えてる。うん、間違いなく現実だ。「お前眠りにつくの早ぇーな。のび太くんかよ」とか朝っぱらから失礼なことを言ってるけど、その声が寝起きのせいかかすれていて少し色っぽい。こいつ、こんなに色気あったっけ?なんて、朝からドキドキさせられるのが悔しい。バレると恥ずかしいからなるべく直視しないよう平常心を装い毛布で顔を覆った。

「花巻、起きてたんだね」
「眠りが浅かったんでね」
「なんで?」
「…お前の抱き着き癖、どうにかしてくれ」
「え、抱き着いてた?」
「足まで割って入ってきたときは、スイッチ入りかけた」

 よく耐えたよな俺。そう付け足し長い溜息を吐いた花巻に、なんて声をかけたらいいのか分からず、ただ猛省するしかなかった。
 私の気持ちを尊重して我慢してくれた昨晩の花巻の優しさを、無意識とはいえそんな形で踏みにじっていたとは。抱き枕を抱いて寝るのも考え物だな。

「な、なんかすみません…ありがと?」
「いーえー」
「お詫びに朝食なんぞつくらせていただきやす」
「お願いしまーす」
「あ、このパーカー借りるよ」
「はいよ」

 まだ冬ではないけど、明け方は流石の涼しさだ。少し身震いがする。昨日の夜花巻が羽織っていたパーカーをひっかけキッチンへ。全身から花巻の香りがして、なんだか抱きしめられてるみたいな感覚になったけど、こんな恥ずかしいこと絶対言わないでおく。
 朝食を作るといったものの何があるか把握しておらず、冷蔵庫のなかから適当にチョイスすることに。ふーん、使えそうなものは割と揃ってるな、などと感心しつつ手際よく調理する様子は本当に“彼女”で、やっぱり違和感だ。


「お、いー匂い」
「もう食べれるよ」
「さんきゅー」

 出来上がったのは朝食のお手本といってもいいくらいシンプルなもので、自分のレパートリーの少なさに呆れたけど、本当に嬉しそうにお礼を言うもんだからこんなのも悪くないなぁなんて。単純な女だ。
 白いカーテンの隙間から差し込む朝日が照明代わり。そして流れてる朝のニュース番組をBGMに、会話もとくになくお互いの箸が進む。この沈黙を不思議と苦に感じないということは、やはり私たちは相性がいいのだろうか。

「つーか、桜城の手料理初めて食った」
「あぁ、そういえばそうだね」
「桜城、料理美味いんだね」
「一人暮らしだしね、でもまぁ普通だよ」
「また作ってよ」
「お、おう、」

 私の返事が面白かったのか、何だそれ、とケラケラ笑ってる。唐突すぎてビックリしたんだもん。けれど、料理を褒められるのは結構嬉しいものだなと、胸がほわんとあたたかくなった。
 そんな何気ない会話に華が咲いていたとき、目の端に飛び込んできた丸い球体。

「へぇ、バレーやってたの?」

 部屋の隅に飾ってあるバレーボールと写真。テレビ横のチェストの上という、とても目立つ場所に鎮座しているにもかかわらず昨晩気がつかなかった私はどんだけ緊張してたのだろう。自分で自分にツッコみをいれてしまった。写真に写る花巻は今より少しだけ幼くてかわいい。

「まーね」

 味噌汁をすすりながら答える花巻はなんだか得意げだ。写真立てを手にとりマジマジと見ると花巻以外にも何人かの男の子。ミント色と白のユニフォームを着てる。

「これ高校生のとき?」
「そ、高3」
「モテたでしょ」
「まぁ、キャプテンほどではないけど」
「…キャプテンってこの人?」

 花巻よりも前の方でピースをしてる茶髪の男の子。下手したらそこらのアイドルやタレントよりも、綺麗で整った顔をしているけど…。

「せいかーい」
「なんか腹黒そうだね」
「お前そういうとこ鋭いのに、なんで男見る目ねーの?」

 予想は的中していたようで、乾いた笑いがでた。とても失礼なことを言いつつ箸を休めることのない花巻を、私は睨むことしかできない。だって事実だから何も言い返せない。

「チーム、強かった?」
「強豪校のスタメン」
「え!すっご!じゃあ凄いんじゃん花巻!」
「まーねー」
「エース?」
「いや、エースはその腹黒の隣」

 再び写真を見れば、ツンツン頭のいかにもスポーツ男子という感じの子。男くさくて、これはこれで人気がありそうだなぁなんて、若いアイドルグループを見ているみたいな気持ちで一枚の写真を見ていた。

「この時から花巻は器用になんでもこなす感じか」
「そんなとこかな」
「今でもバレーやるの?」
「いまじゃ観戦メインだけど、たまーにな」

 バレーとこの写真に写る彼らの話をするときの花巻はなんだかいつもより楽しそうで、少年のように笑うその姿は、ずっと見ていられた。“今”の話ではない、自分の“昔”の話を嬉々として話してくれるものだから私まで嬉しくなる。

「見てみたいな」
「え?」
「花巻がバレーしてるとこ」

 率直な感想がそのまま言葉として出てしまった。予想していなかったのか、突然のことに目をパチクリさせている。

「見たいの?」
「うん。花巻楽しそうだし」
「いつになるか分かんねーけど、機会があったらな」
「うん、教えてくれたら行く」
「内輪で楽しんでるだけだから、あんま構ってやれないよ?」
「バレーしてる花巻が見たいだけだから、全然いいよ」

 写真立てを元の位置に戻し、花巻の向かい側に座りなおす。視線を目の前に移すと、口元を押さえ動きがない花巻がそこにいて驚いた。なにか食事に変なものでも入っていたか、とんでもなく不味いものがあったのか。

「ごめ、吐き出していいよ!」
「ばか、違っ。あーごめん、そうじゃない」

 残り少なかったご飯を一気にかきこみ、タンっと気持ちのいい音をたて着地したお茶碗の中身はあっという間に空っぽに。

「…桜城さ、無自覚に可愛いこと言う奴なんだね。意外」
「は!?別に言ってない!」
「そんなに俺のこと見たかったんだー」
「っ、はい出た、花巻の嫌なとこ」
「ハハッ、拗ねないの」

 自分が意図していないところで可愛いなんて言われると調子が狂う。男って不思議な生き物だ。
 目の前でニヤニヤしてる男に睨みをきかせても、それはあまり意味のないことなんだろう。それが余計に腹立たしくて、すっかり冷えてしまった朝食を勢いよく食べ切った。