アザレアをあなたに epilogue

 盛大にする必要はないと思うが、一生に一度の晴れ舞台。女の子なら誰しもが憧れるという結婚式ってやつに「あまり興味がない」と言い放った実の姉に盛大な溜息をついたのはもう一年前。
 本人がいいというならその意見を尊重すべきかもしれないが、限られた親族や友人しか呼ばない小さな式くらい記念であげておけと俺とハナコがごり押した。どこまでも世話のかかる姉だ。
 「楓さんのドレス姿は見たいと思うが……」と言っていた牧も、いざ式の準備のこととなるとまるでダメ。ここはもう俺が様子を見に行くしかないじゃないかと、この一年結局二人の面倒を見てた俺ってすごく偉いと思う。

「シスコンなだけでしょ」
「うるせぇぞハナコ」
「だぁから、その呼び方やめてって」

 嫌がらせで呼んでいたこの呼び方にもすっかり慣れた。今更”ハナさん”だなんて気持ち悪くて呼べないし、きっとそれはハナコも同じだろう。
 ハナコとの付き合いももう何年目になるのか、つかず離れずの丁度いい距離感を保ってる。互いにここ数年の恋人事情を熟知してるという変な間柄だが、どこか気が楽だ。
 俺たち二人が一緒にいるのを見るたび、姉ちゃんの瞳には期待のようなものが込められていたけどそこはスルーしてる。少なくとも今日この日を迎えるまではそれどころじゃなかった。自分の仕事と二人の世話と、たまの息抜きで月日はあっという間に過ぎていったのだから。

 さっきから最終チェックをしてるハナコの目はいつになく真剣だ。自分のときの参考にしたいから、という理由で関われる範囲で諸々の手伝いをしてくれたことに関しては本当に感謝してる。おかげで結婚式で重要な役割を果たすブーケと新郎の胸元を彩るブートニアは美しい仕上がりになったし、自分たちの手作りになった分経費も少しは削減された。

「よくそんなの作れたな」
「昔友達の結婚式でやったらすごく喜ばれたんだ〜」

 式場スタッフに案内され、新婦控室に顔を出すと俺とハナコが太鼓判を押したドレスに身を包んだ姉ちゃんの姿。やっぱりこの形にして良かったなと隣のハナコとハイタッチした。
 若いながら職場で信頼され、それなりの仕事を任されてるらしい牧は社会人になってからそこそこ多忙だった。だからドレス選びの付き添いも俺とハナコの二人。まぁ、どうせ牧が付き添っても「どれも綺麗だ」なんて素直すぎる感想しかでてこないのは想像できるし、結果的にこれで良かったと思う。
 別に牧を信じてなかったわけでもなんでもないが、十八のときに口約束で交わした婚約が、数年後本当に結婚まで至るなんて驚くなという方が無理な話だ。そんな男に一途に愛された姉ちゃんも、そこまで一途になれる相手と出会えた牧もさぞかし幸せなことだろう。

「横山さんのこんな綺麗な姿見たら、牧くん倒れちゃうんじゃないですか……」
「ハナちゃん大袈裟な……でも、試着で見てないから紳一くんがどんなリアクションするのかは、ちょっと気になるね」

 頬を染めながら少しだけ不安そうにそんなことを言う。今更なに心配してんだか。
 いつの間にか牧と出会って、いつの間にか親しくなってて、いつの間にか好き合って、いつの間にか名前を呼ぶようになって。きっとこんなことがこの先も続くんだろうな。
 姉ちゃんがハナコと話をしている間、扉の近くにいたスタッフに「新郎呼んでもらえますか」とだけ告げると快く引き受けられる。さて、どんなリアクションが返ってくるだろう。
 すぐに控えめなノック音が聞こえてきて、部屋は一瞬静寂に包まれる。扉から顔を出した牧は真っ直ぐに姉ちゃんを見つめたまま数秒固まるもんだから、俺とハナコは必死に笑いを堪えた。釘付けってこういうことを言うんだな。初めて見たぞ。
 それにしても、自分の姉にベタ惚れな友人をこうも間近で見るのはなんというかこそばゆい。

「なんか言えよ牧……あー、違うな。お兄チャン」
「っ、それはやめろって言ってるだろ」

 今更照れ臭いのか、姉ちゃんのドレス姿に動揺してるのか僅かに頬が赤い牧。背中を軽く押してやると二人はお互いをじっくり見たあと同時にはにかんだ。

「よく似合ってる。……綺麗だ、としか出てこないもんだな」
「ありがとう。紳一くんも、タキシードカッコイイね」

 高校時代からたくましかった体は今も健在。背はデカいし、光沢のあるシルバーのタキシードが元の大人っぽさをいい具合に引き立たせてる。男の俺から見てもカッコイイと思ってしまうんだから、姉ちゃんからすれば眩しいくらいなんだろう。
 このあと二人は写真撮影だったり挙式の簡単なリハだったり、それなりにやることは多い。身内だけの少し畏まったパーティー規模にしたからいいものの、ホテルで披露宴をしている世の中のカップルは大変だな。俺なら敬遠するかもしれない。……そもそもそんな相手いないし必要も感じてないけど。

「ハナコ。ブーケ渡せよ」

 肘でハナコを小突くと、キョトンとした目で見上げられた。そして「なに言ってんの。私の役目は造るまで」とだけ言われ、今度は俺が目を丸くしてしまった。

「花を選んだのは圭なんだから、自分で渡しなさいよね〜」
「ばかっ、黙ってろよお前!」

 わざと部屋に響くようデカい声で意地悪く言うハナコを睨むと、後ろにいた女性スタッフ陣がにこにこと「素敵ですねぇ」なんて微笑ましそうにこっちを見てて顔が熱くなった。
 スタッフから手渡されたハナコお手製のブーケを、心底驚いた表情で俺を見上げてる姉ちゃんに渡すと「わっ、やば……」なんて小さな声を漏らして勢いよく上を向く。

「ばか、化粧崩れるから死ぬ気で我慢しろ」
「う〜〜っ、頑張るけど……こんなの感動しちゃうじゃん!」
「やったぁ! 横山さん喜んでくれた!」
「で、こっちは姉ちゃんが渡すやつ」

 姉ちゃんに手渡したブーケとは別で用意してあったブートニア。同じ素材で作られたそれは素人が作ったとは思えない出来栄えだ。ここまでくると、コンプレックスだと言っているその名前を強みに生かしてしまえばいいのに。
 牧が椅子の前に片膝をついたのを合図に、姉ちゃんは手にしていたブートニアを牧の胸ポケットにつける。その様子がかなり絵になってるから、これ挙式でやらなくて本当に良かったのかと改めて思う。

「ハナちゃん、ありがとう……すっごく綺麗。圭も、選んでくれてありがとね」
「白いアザレアなんて、素敵ですね。ドレスにもよくお似合いです」

 横にいた女性スタッフが姉ちゃんと牧にそう言うのを見て体が固まった。余計な知識を得る前にと思って口から出た言葉は我ながら素直じゃない。

「節制、禁酒、恋の喜び。いつまでも初々しい二人へのメッセージってことで」
「節制と禁酒って……。飲んでないし管理もしてる! それに、そんな花言葉あるわけないでしょ!」
「いやいや。あの整骨院の傍の花屋のお姉さんに聞いたし。間違いないって」

 すっかりいつものテンションに戻った姉ちゃんを見て、そろそろ行こうぜとハナコに声をかけた。これ以上ここにいるとボロがでそうだ。その証拠に「全くもう……」と言ってる姉ちゃんとは対照的に牧には何かを勘付かれたっぽくてなんとなく目が合わせにくい。

「ちょっとー。引っ張んないでよシスコン」
「だぁから、それやめろって」

 憎まれ口を叩くハナコの頭を小突くと「乱れるからやめてよ!」と倍の力で腹を叩かれた。こいつに騙されてる男たちに本性を晒してやりたい。
 そして部屋を出る際、さっき花を褒めてくれたスタッフのお姉さんに向かって口元に人差し指を立てて見せると、眉を下げて微笑まれた。さすが式場スタッフ。そりゃ一人や二人そういう知識がある人間がいてもおかしくない――が、本当の意味なんて後日思い出したときにでも勝手に調べてくれ。

 じゃないと今度こそ泣くだろ、手間のかかる俺の姉ちゃんは。
 







アザレアをあなたに END
2020.09.28

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