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一緒に帰ろ



「一緒に帰ろ!」

 笑みを浮かべたナツミに対面したソルはどう見ても嫌そうな顔をしていた。
 ナツミはこの頃、そんな彼を見ながら、この表情は条件反射なのかもしれないと思い始めていた。

 分厚くて何が書いてあるのかさっぱりわからない、けれどそれは彼の見た目に似つかわしくない内容なのだろうということだけはわかる本。ソルの手元にはいつも、そんな本がはみ出している。
 ナツミに話し掛けられた彼は大抵、嫌そうな顔のまま、惜しむように、その本をゆっくりと閉じるのだ。最後に勢いが出てぱたんと鳴るその本の表紙は革でできており、厳格そうな雰囲気でナツミを威嚇する。
 ナツミはその小さな反抗のようなものに、毎回同じ道理を返す。

「リプレの夕ごはん、食べ損ねちゃうでしょ。それにほら、暗くなったら文字なんか読めないし」

 ソルの嫌そうな顔がさらに深くなった。言われなくてもわかってる、余計なお世話だ。ナツミはその表情をそう解釈した。

 これは根比べだ。
 ナツミはソルの見せる不愉快のサインに気付きながらも、それを意図的に無視してきた。これが初めてではない。初めてではないのだから、いちいち傷付いてもいられない。
 だからこれは、根比べなのだ。

 フラットのアジトではなく市民広場のベンチに居座るソル。それを見掛けたナツミ。両者が揃えばおのずと始まるゲームのようなもの。

 閑散とした市民広場のベンチは、背後にほっそりと立つ木のおかげで直射日光が当たらず、読書をするには悪くない場所だと思われる。
 ナツミもリィンバウムに召喚される前は高校に通っていたわけで、窓際の席で開いていた教科書をまぶしく感じた過去もある。だから、それくらい理解できていた。
 けれども。だからこそ。わざわざここで本を読もうとするソルが目につくのだ。日光に当たろうとするのではなく、日陰で、フラットのアジトでもできるはずのことをする、ソルが。

 気にかける気持ちが六割はあった。残りの四割はどちらかというと気に食わない気持ちであることを、ナツミはぼんやり自覚していた。
 しかも、ソルがそんな行動に出るのはだいたい、その前日にナツミが彼の部屋をいきなり訪れたときだったりするのだ。
 ナツミはナツミの感性でもってそれを、「ケンカを売っている」部類のものと判断した。他人だらけのコミュニティーへ突然放り込まれたとはいえ、ここまで内向的では共同生活などできないし、無意味に避けられるのもまっぴらだ。自ら厄介になるなどと言っておきながら、それはないだろう。ナツミの中ではその他にもソルに対するフォローや非難、疑問などが飛び交っていたものの、彼女はそれをすべて把握しようとはしなかった。
 大切なのはそんな細かいことではなくて、今のこの気持ちだ。嫌そうな顔をされようがされまいが、お節介だと思われようが思われまいが、ナツミには関係ない。

 フラットにソルを連れて帰る。並んで帰る。一緒に帰る。

 自分で課した使命のような、ソルに対する不満のような、根比べには負けないという我のようなものを抱き、ナツミはソルに話し掛けたのだ。そんな彼女の気持ちを、嫌そうな顔一つで変えることなどできやしないのだ。

 無力だった嫌そうな顔を少し緩め、ふうと溜め息をこぼしたソルはようやく立ち上がった。左脇に本を抱えて服をはたく。

「……お前、いつも、どこに行っているんだ?」

 いつも、というのは恐らく、ナツミがソルを見つけて引きずるように帰る日のことだろう。

「色々だよ。商店街を歩いたり、アルク川でのんびりしたり、猫と遊んだり」

 ふうん、と気のない返事。

「ソルは最近、ずっと同じ本を読んでるよね。それってやっぱ、難しいの?」
「どうしてそう思う」
「ここ何日かでちょっとしか読み進んでいないみたいだから」
「お前はここ何日かで動き回りすぎだ。明日はアジトでおとなしくしていろよ」

 それはこっちのセリフ、なんて言葉は飲み下す。

「じゃあ、まあ、帰ろうよ。一緒にさ!」

 促してもソルが先に歩き出さないことくらい知っているので、ナツミは代わりに一歩を踏み出した。彼は彼女と並んで歩くこともない。きっちり一歩後ろをついてくる。
 この距離が埋まる頃にはきっと、条件反射の嫌そうな顔だってしないようになっていると良い。そしていつかは、不思議の秘密を教えてくれるととてもうれしい。

 だからそれまで、根比べだ。






タイトルはDOGOD69さんより。
まだちょっと冷たい感じのソルと押せ押せなっちゃんです。ソルが隠密行動を取っています。ソルになっちゃんの監視は厳しいと思うのですよね…(体力的に)。




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