小話 | ナノ

ふるえるこども



 荒野に行きたい。

「そうだ、荒野に行こう」

 思い立ったナツミはすぐさま支度をして、ふらふらとフラットを出ていった。



 サイジェントの街を囲むようにして築かれた石の壁が崩れた所、つまり正門を使わずに街の外へ行ける穴をくぐり、乾いた地面を踏みしめる。ナツミの履いているブーツは対して底が厚くないから、そのゴツゴツした感じがよく伝わってくることだろう。
 ナツミの元いた世界、住んでいた街よりは良いと思える空気も、ガゼルやリプレは、以前と比べるとかなり悪くなったとぼやいていた。

 しかし、今はとにかく荒野だ。ナツミの気は急いでいた。

 たまにあるのだ、こういうときが。無性に荒野が恋しくなって、他に何も考えずに、ただそこにいたいと感じる。

 夜になってもなかなかフラットに帰れずにいるときは、大抵彼が迎えに来てくれるのだった。

 無愛想で、けれど本当は優しい、彼が。

「ナツミ」

 そう、こんなふうに名前を呼んで。

「……ソル? どーしてこんなとこにいるの?」

 足の赴くまま進むと、大抵、荒野の先にあるクレーターに辿り着く。その途中で、ナツミは噂の彼を見つけた。着の身着のままといった感じで、熱くならない限りは注意力のある彼らしくない様子だ。

「ああ、……迷ったんだ」

 非常にわかりやすい嘘だった。



 二人でクレーターのふちに座り込んで、思い思いに視線を動かしていた。ナツミにとっては始まりの場所でも、そこはソルにとって終焉を迎えるはずの場所だった。

 ソルはクレーターの底を見据えた。

 ここにくると、どうも、体の芯がざわつくのだ。喜怒哀楽のどれにも当てはまらない感情が蠢いて、足元はふわふわとおぼつかず、一人でいると、現実から切り離されたような気分になる。
 ぞくり、背中を悪寒が走った。意識を持ち直すと、ソルはナツミを見つめた。視線に気が付いて、彼女もソルのほうへ顔を向けた。

 寄り添う。

 ナツミは努めて楽しそうに、他愛のない話を始めた。エドスの仕事場を見てきたとか、そこで頑張るジンガに仲間たちが驚いていたとか、スウォンに木の笛の作り方を教えてもらったとか。
 ソルもそれを苦笑混じりに聞いて、相槌を打つ。彼女の「努めて」を輪郭のしっかりしない状態で感じながら、そこにはあえて触れない。

 そうやってずっと話していると、ナツミの「努めて」は消えていくから。

 ナツミがどうして度々ここを訪れるのか、ソルにはわからない。ただ、彼女を迎えにくると、いつもその背中は霞んで見える。
 彼は自分の瞳が湿っていることにも気付かない。

 一緒にいると安心する、と言うのが一番近い表現だ。近いのであって、それが丸々そう、というのではないけれど。
 夜になるとどちらかが先に、どちらかが後にアジトの屋根へ上り、今と同じように色々な話をする。
 今と少し違うのは、「フラットのメンバーである自覚」が強いかそうでないかということのみだ。屋根の下に守りたい仲間がいること。そばにいる誰かが見守ってくれていること。

 ナツミの話が一段落すると、ソルは決まって帰宅を促す。彼女が不機嫌な表情を作っても構わず引っ張っていく。今度は自分の番とばかりに、あまりうまくないながらも話を聞かせる。ナツミは驚いたり笑ったり、頭を捻らせたりする。

「だから、あの猫みたいな魚みたいなモノをリプレに調理させるのは止めてくれ」

「ええっ、せっかくなのに。リプレも喜んでるし、第一、釣っちゃってるのよ?」

「だったら川に帰せばいいだろ」

「ご名答!」

「何が言いたいんだ」





 そうして、「ただいま」を手にアジトへ帰れば、守るべき「おかえり」が待っている。

 二人はそこで、震えない。



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