ぐい、と肩を掴まれた。
乱暴な仕草に相手を睨む――よりも先に、ルーシィは半狂乱になった。
「んなっ!?」
ナツの顔が――正確には、唇が――近付いてくる。寸分たがわず、彼女の唇を狙って。
「っ、っ、っ!?」
混乱は彼女の言語機能を簡単に奪った。声も出せないまま振り上げた手は手近な物を引っ掴む。
何かを確かめる余裕もなく慌てて押し付けると、むぎゅ、と鳴いたそれは半眼で呻いた。
「これはないよ、ルーシィ」
ハッピーがナツの唇を頬に受けて、眉を下げた。
「ご、ごめん!てか、ナツが!」
「あ…いあ!?オレじゃねぇ!おっ、オレだけどオレじゃねーんだ!」
「はあ!?」
思い出したかのようにばっ、と距離をとって、真っ赤になったナツが喚く。
ハッピーを盾よろしく構えながら、ルーシィは涙目で眉根を寄せた。
「何それ!?どういう言い訳よ!」
「だ、だって、そうとしか言えねーんだよ!」
「放してよ、ルーシィ!口に当たったらオイラ泣いちゃうよ?」
「あたしのために泣いて!」
「いーやーだー!」
「お前らなあ…!」
三人がぎゃあぎゃあと言い合っていると、ルーシィの背後でかちゃ、とドアが開いた。
中から顔を出した白いローブの男性が、にこやかに手を上げる。
「やあ、君達」
「またお前のせいかよ!」
ナツが食ってかかった。
以前自分をうさぎのぬいぐるみにしたという、自称魔法研究家。名指しの依頼に警戒心はあったものの、家賃が切羽詰っていたルーシィは、報酬増額を条件に首を縦に振った。もちろん、不審がるナツとハッピーも説き伏せて。
珍しくナツが「来るんじゃなかった」とぼやくその横で、男性は三人に紅茶を出しながらカラカラと笑った。
「しかし、君達は罠にかかりやすいね。また依頼を変更しなきゃならないなんて」
「笑いごとじゃねえぞ」
「そうだね、悪かった。笑ってる場合じゃないね、ちゃんと記録しないと」
「そういうことじゃないんだけど…」
マイペースな依頼人に疲れを感じて、ルーシィは良い香りの漂うカップを持ち上げた。ハッピーが感心したように呟く。
「すごいね、ルーシィ。オイラならこの家で飲み物なんて口に出来ないよ」
「いやだなあ、何も入れてないよ」
男性は苦笑した。ぱたぱたと手を振る。
「生憎、経口摂取の魔法薬は開発したことないんだ」
「…うん、ハッピー。あたしも口にしないことにするわ」
ナツがテーブルをだん、と叩いた。
「つか、今度はオレに何しやがったんだよ!?」
「そうそれ。何騒いでたんだい、君達は」
「ナツがルーシィにキスしようとしました」
「んなっ、あっ、あれはそうじゃねえって!」
「違うの?」
「そ、そうだけどそうじゃねえ!」
おたおたと両手を彷徨わせるナツに、男性は首を傾げてみせた。
「キス?そんなに過激な魔法仕掛けた覚えないんだけどな」
「え?」
「ナツってば、魔法にかかったと見せかけてどさくさに紛れてルーシィに…?」
「で、でえええ!?いや、オレはっ」
ナツが驚いたようにルーシィを見た。かああ、と今まで見たことがないくらいに、彼の顔が赤くなる。
肩を掴まれてからずっと痛いくらい鳴り続けていた鼓動が、ここへきてまた速度を増した。
全身が火照って熱い。
涙目の二人を眺めた後、男性がぽん、と手を打った。
「あ、思い出した。やっぱり仕掛けてた」
「てんめええええ!!」
掴みかかったナツを予測していましたとばかりにひょいと避けて、男性は本棚から分厚いノートを引っ張り出した。
ページを捲って何やらぐりぐりとペンを動かしてから、三人に見せてくる。