グレイがギルドに着いた時、ルーシィの表情がびっくりするほど曇っていた。
訊いてみれば、ナツがリサーナと仕事に行ったと言う。
「明日、仕事の約束してるのに」
「じゃあすぐ戻って来るだろ」
「ん…今回の仕事、あたしが決めたんだ。だから、もしかしたら、気に入らなかったのかなって」
「それだったらアイツはその場で言うだろ」
ルーシィの顔は晴れない。要するに、リサーナと、というところが問題なのだろう。本人は否定するものの、ルーシィがナツに対して特別な感情を持っているのは明らかだった。
少なくとも、グレイにとっては。
んな落ち込んでんじゃねぇよ。
こうしてナツへの愚痴を聞いて、宥める。それが日常。
けれども、たまに。ルーシィよりも、リサーナを応援してしまいたくなる自分にも気付いていた。あの二人が上手く行くことで、この手の中にルーシィが転がり込んでくるかもしれない。
ルックスは好みだし会話も弾む。しかし女として好きか、というと確たる証拠は無いはずだった。そんな曖昧な気持ちが、ルーシィの不安定さに付け入ろうと形を成して行く。
ナツの気持ちはよくわからない。わかっているようにも思うが、グレイはそれを見ないフリをし続けていた。
もし。ナツがこのままルーシィを放っておくなら――。
危ねぇ。
頭を過ぎった考えを消し去るように、グレイは一度強く目を瞑った。ルーシィがはぁ、と溜め息混じりにぼやく。
「ケーキ屋さんに行く約束してたのに、エルザがマスターのお使いで、キャンセルになっちゃうし。なんかツイてない」
「行くか?」
「え?あー…でも」
「ナツが居たら余計に行けないだろ。こっちはこっちで好きなことすりゃいいじゃねぇか」
「…そ、だね」
やっと笑った彼女の頭を乱暴に撫でると、くしゃりと指に心地良い感触がした。
外に出て陽の光を浴びると、ルーシィは落胆が怒りに変わったのか、ぷりぷりと頬を膨らませ始めた。
「なんで今日行くのかしら。明日の仕事先で『昨日のモンスター退治の方が楽しかった』とか言ったら殴ってやる!」
「鞭の方がルーシィらしいんじゃねぇか。…っ」
適当に相槌を打っていたグレイは、ぐい、と引かれた腕に従って傾いた身体を、足を踏ん張ることで立て直した。
失敗したかもしれない。
グレイはそっと息を殺して、極力なんでもない風を装った。肩が揺れたかもしれないが、どうしようもないのでそれは諦める。
何にせよ、ピンチを迎えていることは確かだった。
「どうせナツだって今頃楽しく仕事してるんだろうし、あたしも楽しまなくっちゃ」
「……」
「聞いてる?」
「聞いてる。つか、ナツが居ないんだからこんなことしても無駄だろ」
「無駄だけど、無駄じゃないの!あたしの気が治まらないの!」
ルーシィは言いながら、グレイの腕にボリュームのある胸を惜しみなく押し付けてくる。目的地である菓子店はすぐそこだが、辿り着くまでが長い。まさかこんな明るい内に、こんな人通りの多いところでどうにかなろうとは思わないが、一歩進むごとに理性の糸が切られていくのが手に取るようにわかった。
このままでは顔に出てしまう。
「ほら、いつまでもそんなガキみたいにくっ付いてんじゃねぇよ」
「ガキって…」
自分なりの色気を出したつもりだったのだろう、ルーシィはがくりと肩を落とした。
まともに反応すれば怖がるくせに。
グレイだから、彼女はこんなことも簡単に出来てしまう。役得だがそれは喜ばしいことではない。
ルーシィはむぅ、と口を尖らせて、ようやく腕を解放してくれた。
「グレイもアイツらも、あたしのことなんだと思ってんのよ」
「あ?」
「昨日の夜、着替え中に侵入してきたのよ。でもこっちが慌ててんのに知らん顔で、失礼しちゃう!」
「…ナツだからな…目に入ってるかどうかも怪しいな…」
「それも腹立つ!」
遠まわしに自分は違う、ということを言ってみたのだが、全く伝わらない。彼女の中には、ナツしか居ない。確認するだけになって、グレイは溜め息を殺した。
やっぱ、応援するっきゃねぇか。
苛立ちに早足になったルーシィが、菓子店の前で振り返った。
「ねえ、今日、うちで夕飯食べてってよ」
「は?」
「実はさ、ナツ達来ると思って、用意してあったんだ。でも多分…来ないでしょ?」
「おー…構わねぇけど」
空笑いして言われたら、頷くしかない。グレイは自分の理性を信じて誘いを受けた。
ルーシィは悪戯っぽく笑うと、少し上目遣いで小首を傾げた。
「だからここ、奢ってね」
「あ?」
くすくすと極上の笑みを残して、ルーシィは店内に消えて行く。もしかしたら、さっきの空笑いも演技だったのかもしれない。
火遊びが過ぎんじゃねぇか。
警戒心も無くくっ付くわ家に招待するわ、奢らせることで大義名分を与えるわ。少しくらい、手を伸ばしても罰は当たらないような気がする。
「ナツのバァカ」
呟く言葉は、どう聞いても謝礼だった。