ぼふん。
「うわっ!?」
間近で巻き上がった白い煙に、ナツは軽く飛び退いた。そうしてしまってから、そこに今までルーシィが居たことを思い出す。
「おい、ルーシィ?」
「ルーシィ煙出して何やってんのー?」
少し上空でパタパタと翼をはためかせていたハッピーが、のんびりと下りてきた。表情に焦りの色はない。
煙が段々と晴れて、ルーシィの金髪がそこに見えなくても、二人には緊張感が持てなかった。ここは敵の本拠地でもなければ人工のダンジョンでもない。なんの変哲もない、一軒家の庭なのだから。
今回の仕事は魔法実験の助手。半日ほど手伝うだけで五万Jも出るこの依頼は、三日ほど前にルーシィが契約してきたものだった。実験と言っても簡単なもので命に別状はないから、というなんとも怪しげな説明文に、ナツなら大丈夫でしょ、と無責任に笑っていた。
依頼主は自称魔法研究家、この家の持ち主。時間も短いし、と軽い気持ちで来た仕事だった。
しかし煙の奥に見慣れない何かが転がっているのを目にして、ようやくナツは背筋にぞわぞわとした悪寒が走るのを感じた。
「…ルーシィ?」
「ナツ、これ…」
そこにあったのは、うさぎのぬいぐるみだった。長い抱き枕のような形状で、クリームイエローの毛並に、片耳には青いリボンが付いている。閉じた瞳に、バツ印の口元。穏やかな顔で、眠っているかのようなデザインだった。
「ぬいぐるみ?ルーシィ、どこ行っちゃったの?」
「…これだ」
「え?」
「これ、ルーシィの匂いがする」
血の気が段々と失せていくのが自分でもわかった。ナツはぬいぐるみを抱え上げて、付いた土と葉をぽんぽんと払ってやる。
中身は綿のようでくったりしているが、ぬいぐるみにしてはかなり重い。そう、まるで、人間のような――。
「ど、どういうこと?」
「わかんねぇ…とにかく、行くぞ」
ナツはぬいぐるみを肩に乗せると、今度は注意して庭の飛び石を踏んだ。よく見ると芝生になにやら魔法装置のような物が点在しているのがわかる。ルーシィもこれの一つに引っかかったに違いない。
ぬいぐるみは重さと匂い以外は全くもってただの玩具だった。生きてるのか死んでるのかさえわからない。
いや、ルーシィが死ぬはずはない。
ぎり、と奥歯を噛む。玄関扉を足で蹴り破ると、白いローブを着た男が驚いたような表情で迎えてくれた。
「え、君達は…」
「フェアリーテイルだ。てめぇ、ルーシィに何しやがった」
「へ?」
「そこでぼふんってなったらルーシィがウサギで月に代わってお仕置きを」
「ちょ、ちょっと落ち着いてくれ。そのぬいぐるみは、もしかして僕の庭で?」
「あい。ルーシィ、どうなってるの?」
「あれを踏んだのか…大丈夫、命に別状はないから」
「ホントだろーな!?」
「それは保証する…と、いうか逆さまにしている方が良くないと思うよ。とにかく、ちょっと寝かせて」
男はソファにぬいぐるみを横たわらせると、軽い自己紹介をしてからナツ達にも椅子を勧めた。それにどかり、と座って、ナツは男を睨みつける。
「これは何の罠なんだよ?」
「研究中の魔法だよ。本当はぬいぐるみじゃなくて、人形にしたかったんだけど…まだまだだね」
「どうすれば戻るの?」
「放っておいても自然に戻るよ」
その言葉に張り詰めていた気がすぅ、と軽くなる。ナツは息を吐いて、ぬいぐるみになってしまったルーシィを見やった。どこをどう見ても生命の息吹が感じられない。
「どのくらいかかるんだ?」
早くルーシィの笑顔が見たい。目安でもいいから、と尋ねたナツに、男は軽い調子で答えた。
「そうだね、一月もすれば」