もう戻れない






「ルーシィ、呼んでる」
「うん」

休み時間の度に、ルーシィはどこかへ行っては予鈴間際に帰ってきた。

どうせまた『好きな人がいる』って適当なこと言ってきたんだろ。

2時限目までは、ナツは頬杖を突きながらそんなことを思っていた。
ルーシィの告白に対する非情な対応。ナツなんて、告白する前に振られたようなものだった。ナツは自分の気持ちに気付いていなかったのだから、隠していたはずもない。それなのに、ルーシィは気付かなかった。リサーナしか見ていなかった。

ルーシィの目に、ナツは映っていなかったのだ。

ナツだけでなく、他の男子生徒も皆一緒なのだろう。いくらグレイのことが好きだからといって、他人が全く目に入っていないとは、盲目過ぎやしないか。
ぎりぎりと締め付けられる痛みをリサーナと笑い合うことで紛らわせ、ナツはこのままルーシィを嫌いになってしまえれば、と思っていた。

しかし2回目の休み時間が終わる頃、ナツはあることに気付いてしまった。
屋上のあの時も、ルーシィは男子生徒を見送って溜め息を吐いていた。決して『興味がない』からといって相手の気持ちに向き合っていないわけじゃない。

その証拠に、戻ってきたルーシィは酷く疲れた様子だった。

ルーシィへの『告白』は度胸試しの様相を呈していた。思い詰めた結果の行動ではなく、OKされたらラッキー程度の軽い気持ちで、次々と男子生徒が申し込みに来る。ルーシィはそのいちいちにきちんと対応しているようだった。

「大丈夫かな、ルーシィ」

ノートの内容をナツに説明しつつ、リサーナが心配そうに教室の扉を見た。昨日の2人の様子にルーシィの話題は避けていたようだが、段々と顔が曇っていく彼女にさすがに居た堪れなくなったようだ。
ナツはノートを捲って――かたん、と席を立つ。

「ナツ?」
「様子見てくる」

早口に言うと、ナツはリサーナの顔を見ずに教室を出た。これくらい友達だから、と思ってはみても、どうしても根底の感情が、リサーナに罪悪感を抱く。
でも、昨日のことを、最低だなんて言ったことを、謝りたかった。最低なのは自分だった。報われない想いを、ルーシィのせいにした。最低最悪だ。
面と向かってちゃんと言えば、自分もルーシィの目に映ることができたのだろうか。
足を止めずに、ナツは頭を振って考えを払った。
仲直りして――出来ればもう一度、あの笑顔を隣で見せて欲しい。友達としてで、良いから。
屋上に目星を付けて階段に向かいながら、ナツは思う。時間は、後数日しか、ない。
ふと、廊下の突き当たりの窓に、金髪が見えた。ルーシィが外に居る。
咄嗟に壁に貼り付いた。様子を窺うと、ルーシィは背を向けており、男子生徒が立ち去るのを見送っていた。校舎の角を曲がってその姿が見えなくなると、ルーシィの肩が落ち――そのまましゃがみ込む。
まるで、ルーシィが振られたみたいだった。

「……っ」

唇を噛んだ。
なんでルーシィが傷付かなきゃなんねぇんだよ。アイツらが勝手に告ってきたんだろ。いつもみたいに、あたし可愛いからって笑ってろよ。

――違う。

全部、強がりだったんだ。ルーシィがあの日、ナツのサボりに付き合ってくれたのは、きっと断ることで痛んだ胸を紛らわすためで。
ナツは窓の鍵に手をかけて――止めた。
廊下の生徒の囁きが聞こえている。「ほら、アイツ。リサーナと付き合い始めたっていう」「あー、噂の」
今のナツには、ルーシィに手を差し伸べることは許されない。告白ゲームに興じる連中を止める術もない。そんなことをすればリサーナを悲しませる。
ルーシィが首を振って立ち上がった。男子生徒と同じように角を曲がる。

がつん!

ナツは壁を殴った。廊下に居た生徒達がその背中を一斉に振り返る。
ハッピーは何も言わず、ナツから顔を背けた。

教室の扉からリサーナが見ていた。






どろんどろん。


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