掠めたすれ違い






伸びた影を追いながら、ナツはいつの間にか急ぎつつあった歩調をリサーナに合わせた。足元をととと、とハッピーが付いて来る。
あの後教室に戻ったナツに、リサーナは何も訊いてこなかった。何事も無かったかのようにナツに夕飯のリクエストをとると、クラスメイトの冷やかしに手を振って笑っては、視線を集めていた。そこにルーシィが戻って皆に気付かれないように席に着いたのを見て――ナツは悔しい気持ちで一杯になった。

リサーナはリサーナのやり方で、ルーシィを守っている。

明らかに告白とわかる呼び出しから戻れば、大体どうだった、とか、OKしたの、とかの話題で突かれる。リサーナはルーシィがその矢面に立たされないようにしていたのだ。
気付けば、リサーナは一日中、休みごとにナツを構ってはからかわれていた。そう、仕向けていたのだ。

「お前、すげぇよな」
「なに?何のこと?」

心底感心して、隣の銀髪を見る。オレなんて、何にも出来ねぇのに。
ルーシィには結局何も言えなかった。ぎこちない笑みでナツを極力気にしないようにしていたルーシィは、昼休みも放課後も呼び出しに応じて教室から消えた。今日は、一言も交わさなかった。きっと夜も来ないだろう。
リサーナは歩きながらぼんやりと考えるナツを見上げた。

「ねぇ、ナツ?後悔してる?」
「何をだよ?」
「私と、付き合うこと」

リサーナは『付き合っていること』とは言わなかった。少し違和感を感じながらも、ナツは否定する。

「んなわけねぇだろ。きっと、こうなるんだったんだよ。決まってたんだ、初めから」

この状況は、ナツにとっては自然だった。今までと何ら変わりない。以前から、名前が付いていないだけで、自分達の関係はそうだったんだ、と思う。
だから、これで良かったんだ。当て付けにでも衝動的にでも、ちゃんと正解を選べたんだ。
にこ、と笑って、リサーナは「そうだね」と目を細めた。ナツも頬を緩めて頷き返す。つきり、と胸を何かが刺した。

「今日さ、久しぶりに部屋行って良い?」
「ん?うん、良いけど、漁んなよ」
「漁らないよー」

くすくす笑って、リサーナはカバンを片手に持ち替えた。ハッピーがとと、とナツの前に回りこむ。

(オイラ、ちょっと出掛けてくる。夜、公園でね、ナツ)
(え…オイ、どこ行くんだ?)

ハッピーは何も言わずに姿を消した。ぴ、と左手が掴まれる。

「――…」

リサーナの小さい右手が、絡んでいる。その温かさに、ナツは口を引き結んで、ゆっくりと確かめるように包み込んだ。




「ルーシィ」

屋上で髪を靡かせながら、フェンス越しに校庭を見ていた背中が振り返る。涙こそ出ていないものの、その目は疲れて痛々しい。

「どうしたの、ハッピー。…もしかして学校に来てた?」
「あい。オイラ、姿消せるんだ」

やってみせるとルーシィは淡く微笑んで「便利ね」と呟いた。やはり元気がない。

「大丈夫?」
「え?やだな、あたしどっか変?」
「いつも変だけどね」
「ちょっとハッピー?あんた誰かさんとそっくりよ?」
「相棒だからね」

ルーシィはしゃがんでハッピーの頭を一撫ですると、手を置いたまま息を吐いた。

「相棒ね…。そういえばあんた、シャルルのことは知ってるの?」

ルーシィの口から出た思いがけない名前に、ハッピーの頬が赤く染まった。顔色自体は毛に覆われてわかりにくいものの、おたおたと目を泳がせたり手足をばたつかせたりする様子から、何も言い出さなくても全てが伝わった。

「もしかして付き合ってるとか?」
「う、ううん、違うけど。…そうなれたらなって」

素直に白状すると、ルーシィの頬が緩んだ。優しく微笑んでハッピーの頭を撫でると、ふぅ、と溜め息を漏らして空を見上げた。
夕暮れの空はそれだけで物悲しい。ルーシィはどこも見ていないような目だった。

「ルーシィ、グレイと駆け落ちしたことになってるよ」
「え?」

ルーシィの目がハッピーを捉える。その視線を受けて、ルーシィが『ここにいる』ことを実感してほっとした。
なんだか今のルーシィは存在があやふやになってしまったように感じる。

「駆け落ちって…恥ずかしいわね」
「まんざらでもないんじゃないの」
「そんなわけないでしょ。…そんな理由だったら良かったのに、とは思うけど」
「…ごめん」
「ああ、やだな。ごめん、今のはあたしが悪かったわ」

ぱたぱたと手を振って、ルーシィは立ち上がった。

「あたしは帰るけど、あんたはどうするの?ナツは…この時間だもの、もう帰ったわよね?」
「うん。ルーシィの家行っても良い?」
「あたしんち?良いけど…何?ナツと喧嘩でもした?」
「ううん、リサーナがナツの部屋来るみたいで、お邪魔しちゃいけないと思って」

ルーシィの顔から表情らしい表情が消えた。しかしそれは一瞬のことで、にこりとした笑顔だけが残像として映る。ルーシィは出入り口に足を向けながら思案するように顎に指を当てた。

「夕飯何にしようかな。食べたいものある?」
「オイラお魚ー」
「ずいぶんアバウトな注文ね…」

隣を跳ねるように歩きながら、気のせいかな、とハッピーは思った。
気のせいであって欲しい。これ以上は痛すぎる。
でも、ナツが踏み入る隙くらい、あるんじゃないのか。
ハッピーは後ろを振り返った。何もない屋上は、昨日のことなど忘れたかのように静まり返っている。

「やっぱり、ナツはバカだ。大バカだ」
「…同意はするけど、いきなり何よ?」

唸るように吐き出された声に、ルーシィが首を傾げた。






まじかるルーシィは欲しいものに手を伸ばせない娘。人の為ならがんがん動くくせに、自分の為だと腰が引ける。



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