天罰


 

 きっとこれは罰だ。

 お前から助けを求められた時に俺は面倒だと思った。

 できれば関わりたくないと、そう思ってしまった罰。


「ナオ、おはよう」
「おはよう、祐ちゃん」

 幼なじみのナオはいつも隈をつくっていて、不健康そうだ。ちゃんとすればかっこいいのに、その不健康そうなオーラと陰鬱な雰囲気で女子はなかなか声が掛けにくいみたいだ。

「また夜寝られなかったのかよ、まったく夜中までなにしてたんだか」
「……はは……」
「…………」

 俺は知ってる、ナオの長袖に隠されている何本もの跡を。ナオの隈の理由も全部知っている。
 ナオは一度自殺をしようとして失敗している。俺たちが中学二年生の時だった。俺の母親とナオの母親はとても仲が良くて、色々家庭の事情とかも聞いていたからすぐに相談されたらしい。
 そして心配した俺の母親が俺にナオの様子を見る様に頼んできたのだ。

 その時のナオの自殺の理由はよく分からなかった。その時までナオは別に至って普通だったし、暗い感じの性格でも陰鬱そうな見た目でも無かったから。
 ただ普通の男友達って感じ、あ、ちょっとカッコイイ感じの男友達ではあったかな。

 でも、その自殺未遂を境にナオは変わっていった。
 それも、良い方向にではなく悪い方向にだ。

 毎朝ナオの目の下には隈があって、喋りかけてもおどおどしている様な感じ。完璧に頭がおかしくなっている様に見えた。悪口だと思うか? だって、本当の事だ。
 それから日を追うごとにナオの袖は長くなっていった。夏でもずっと長袖で、肌着も長袖を着ているみたいだった。
 俺はふとした瞬間に覗いたミミズの様な跡を目にしてから、自然と眼を背ける様になった。だって、きっとそれは俺には解決出来ないことだから。

 ナオは俺が気付いていると知っているのか知らないのか、それでも特に側から離れる事はなく、結局高校も同じ所に通う事になった。ナオのお母さんからも宜しくと頼まれているし、無下には出来ない。
 ナオは頭がおかしいとは思う。だからといって俺や第三者の他人に危害を加えてくるわけではないので、だったら一緒にいても良いかなくらいの感じだ。別に、助けてあげようだとか大それた考えは持ってはいない。ナオのお母さんはきっと助けてあげて欲しいだとか思っているだろうけど、本人にとっては案外それが嫌な事だったりもするらしいしな。

 そう思って俺はまたそのミミズから目を逸らしたんだ。

「そうだ。俺彼女出来たから、あんまり一緒に帰れなくなるわ」
「……え?」
「三組の松下と付き合う事になったから。別に帰りくらい一人でもいいだろ?」
「……そう、なんだ」
「だからまあ、気を付けて帰れよ」

 松下から告白をしてきた。最近の女子は積極的だとか言うけど、そう言うもんなのかな。松下とはたまに話したりするけど、まさか俺の事が好きだとか思ってもみなかった。でもまたとないチャンスだ、このチャンスはモノにするしかないよな。

 俺はナオの暗くなった表情を気にする事無く、いつものことだと自分を納得させて、それからは有言実行で下校は松下とする事にした。
 ナオは俺が言った通りに一人で帰っているみたいで、たまに見掛ける後ろ姿は一人で帰路に着いている姿だった。
 ナオも独り立ちが出来るじゃないか、その時は純粋にそう思ったんだ。

 だからこうなるだなんて全然考えてなかった。
 ナオは絶対に安全の塊だと、俺に危害は加えないだろうと、何を根拠にしていたかは分からないがそう思っていたんだ。

「ナオ……」
「祐ちゃん、松下と帰るのやめてくれる?」
「え……」

 俺の上に跨がり、目の前でカッターを構えたナオは、自らの腕を見せつけて俺とミミズを対面させたのだ。これで俺はミミズから目を逸らせなくなってしまった。
 俺がナオの提案を断ったらナオはどうするのだろうか。目の前で自分の腕を刻むようにして、俺の首でも刻むのだろうか。ゴクリと息を飲むがナオが俺から視線を晒すことはない。ジッとただ俺の心を探るように目線が合う。

「もし、俺が嫌だって言った……」

 そう言った瞬間に、ナオが持っていたカッターの刃先が大胆に動いた。
 そして何を血迷ったのかナオは俺を傷付けるのでは無く、晒し出した腕にカッターを突き立てて迷いもなく横に引いたのだった。

「わぁあ……!」
「俺が死にたくなる。ただそれだけ」
「おまえ、血が……っ」

 ドドド、と血が溢れるように出ているがナオは俺から一切目を離さない。流れ出る濁った血をどうでもいいとでも思っているみたいだった。
 俺は慌てて握っていたタオルケットでナオの手を包むようにしてギュッと握った。

「血は流れたら体内でつくれるけど、祐ちゃんは一人しかいないでしょ」
「……何言ってんだよ……早く病院に行くぞ」
「今までいくら切っても死ななかったのに、これくらいで死にやしないよ。それよりも俺は祐ちゃんの答えを聞きたいよ」
「…………」

 俺は頭が真っ白で、さっき何を言われたんだかをすっぽりと抜け落としてしまっていた。それでも俺はコクコクとナオに頷く事しかできなかった。

「分かってくれてありがとう、祐ちゃん」

 ギュウ、と抱き締められて頬ずりをされる。俺はそれでも安心する事は出来なかった。


 それからはまた同じような日に戻った。
 俺は松下とは別れて、またナオと一緒に帰ることになった。ナオはそれから特にはなにも言及せず、ただ俺とまた帰れることが嬉しいとだけ言ってきた。
 相変わらずナオの袖は長く、チラリと見える袖からは長いミミズが顔を出していた。

 同じなら、なんで俺と松下を別れさせたんだろう。

「祐ちゃん」
「なに」
「祐ちゃんがいなかったら、俺とっくに死んでたよ」

 帰り道、いきなりナオがそんな話題を振ってきた。俺はどういった反応を返せば良いのか分からずに、目を逸らした。

「だから、祐ちゃんは俺の最後の砦だね」
「え……?」
「祐ちゃんがいなくなったら、俺はもうこの世界で生きる意味無いから」
「な、何言ってんだよ」
「冗談だよ」

 ナオは笑いながら先を歩いて行った。俺は一瞬足が止まってしまったが、ナオを追い掛けるように足速に追いついた。

 ナオが変なことを言い出したのはこれが始まりだった。
 それから、ナオは事あるごとに俺のせいにする様になった。

「祐ちゃんがいらないなら、俺は死ぬよ」

「祐ちゃんが俺のこと嫌いなら、俺は要らないって事だよね」

「祐ちゃんがそばにいてくれないなら、俺の生きる意味が無くなっちゃう」

 俺がナオの命の手綱を握っているみたいだ。しかも、困ったことにそれは俺だけに言うのではなく周囲に言うもんだから、周りもそれを段々と理解してきているみたいだった。

 この間なんか最悪だった。
 ナオの家に行くと、ナオのお母さんが恭しく迎え入れてくれたかと思うと、ナオの横に立ちながらこう言ったのだ。

「ナオは不出来で……きっと祐くんに迷惑もいっぱい掛かると思うんだけど、なるべく一緒にいてあげて欲しいの」

 頭を目一杯下げて、頼み込むとでも言うようだった。ナオはそんな母親の横でニコニコと笑いながら俺を見ていた。

「祐ちゃんは俺とずっと一緒にいてくれるって、約束したから大丈夫だって……ね? そうだよね」

 俺は苦笑いでその場を軽く流したと思う。あまりにも衝撃的過ぎてどんな対応をしたのかも覚えていない。

 たしか俺の反応を見たナオのお母さんはとても喜んで、俺にナオを宜しくと手を握ってきたんだった。それからリビングのソファに二人座らされて、ナオから俺との未来の理想の話を永遠に聞かされて耳が腐ってもげそうだった。
 ナオの母親は嬉しそうにナオの喋る様子を見ていて、とても喜んでいるような清々しい顔をしていた。
 ナオのせいでお母さんまでも可笑しくなってしまったんだ。きっと。

 ナオは、俺と二人で郊外のところに家を建てて二人で住んでいくとかなんとか、そんなことをずっと言っていた。買い物は二人で行くだとか、日曜日は絶対にデートへ行くだとか言っていて、俺はそれを気持ち悪いとしか思えなかった。だって何言ってるんだって感じだろ?

それから、クラスメイトにも気を遣われるようになって、俺がナオ以外と話しているところを見られるとナオがとても機嫌を悪くするからと言って、あまりみんな話し掛けてくることは無くなった。
 ナオは何故か元気になっている様だったから、見た目も健康的になってきていて元の王子様のような爽やかな姿に戻っていた。
 だからかわからないが女子達がナオの姿を見ていろめき立つようになり、俺はより一層不快感を覚えた。一度俺が一方的にナオに喧嘩をふっかけた事があったが、何を思ったのかその後ナオは学校の廊下でギャアギャアなりふり構わず泣き喚いて俺は速攻で飛んで行った事がある。それくらいもう可笑しくなってるんだ。

「そうだ、祐」
「なんだよ」

 母さんが台所に立ちながらこっちに向かって話し掛けてきた。俺が唯一心を落ち着かせられるのは家だけだ。いつもは口うるさい妹がいるけど、修学旅行だかなんだかで三日ほどいないらしい。せいせいする。

「さっき奈緒くんのお母さんが来てお菓子持ってきてくれたわよ。ほら、あんたの好きなやつ」
「なんで……。何か他に言ってたのかよ」
「なーに、付き合ってる事?」

 俺は一瞬言葉に詰まってしまった。付き合ってるって? 俺とナオが?

「奈緒くんのこと、なんで黙ってたのよ。別に私は反対しないのよ、最近はそういう子も多いって聞くし……」
「ばっ、な! 違う!」
「もう、恥ずかしがって。別にね、お母さん達だって孫が見たいけどそれだけじゃ……」
「か……っ!」

 ガタンと、立ち上がった拍子に机に膝をぶつけて俺はしゃがみこんだ。

「ほらもう、落ち着きなさい。とりあえずまた、奈緒くんと一緒にうちに来なさい」

 なんでこんなことになった。


「祐ちゃん、プリンになってる」

 ツン、と頭頂部を指先でつつかれた。俺は身体をブルブル震わせている最中だった。

「ぅう、ぁ……っ」
「可愛い、祐ちゃん」

 ケツの穴にナオのチンコが入ってるってのに、なんの話をしてんだよ。突然また身体を揺さぶられて目の前に星が舞った。

「……なぁ、オ……ア、アァ」
「はあ……可愛いなぁ祐ちゃん」
「ンンッぁ、あ」

 バツンバツンと部屋中に肌と肌がぶつかる音が響いた。ケツに出入りしているナオのチンコが浅いところを擦ると俺は堪らなくなって一際大きく喘いだ。
 ナオの母さんが出掛けているとかで今は家に二人きりで、ナオはすぐにその状況に興奮したようで襲いかかって来た。

 ナオの上に座ってチンコを入れられているような体勢だから、目の前にナオの顔がある。目線が合うとキスをされて、口の中をナオのしつこい舌が這いずり回った。

「んんーーーッん! ァアあ!」

 ズンズンと奥を何度も強く突かれて俺は飛び上がるように腰を上げたが、ナオの俺の腰を掴む力が強くて敵わなかった。内臓を強制的に開かされて熱い杭が何度も行き来する。目の前が真っ赤になった、その瞬間。

「どうしたのっ?! キャッ」
「ぅわ、ぁ、あ」

 さいあくだ。

 ナオの母さんがいきなり入ってきて、俺とナオの姿をバッチリと見てしまった。プロレスだとかなんだとかじゃ隠せないくらいはっきりと。

「ごめんなさ、」
「ここにいて」
「……っ」

 扉を閉めようとしたナオのお母さんを制止するようにナオが声を上げた。なんでなんでなんで。どういう事だよ。

「、ぁ、あ! なお、やめて」

 ナオは腰を止める事無く俺の身体を押さえつけながら下から突き上げる。俺は鼻水と涙でぐちゃぐちゃになりながらナオに縋った。

「母さん、もうこんなに俺たち仲良いんだよ。嬉しい?」
「……あ、嬉しいわよ……、でも祐くんが恥ずかしがってるわ」
「ゃ、ゃ……ぁっ」

 ナオの肩に顔を埋めて、未だに腰を振り続けるナオの振動に身体が揺れて喉がか細く震える。

「そっか。そしたらドア閉めて俺が声掛けるまでここに入って来ないでね」
「えぇ、そうするわ……な、何か欲しいものあったら言ってね」
「うん、ありがとう」

 バタンといってドアが閉まった。俺は情けなくて顔を上げられずにいた。

「祐ちゃん、恥ずかしかった? もっと母さんに仲良いところ見てもらいたくて、ごめんね」
「ぅう、うぅ……ゆるさねぇ」
「なんで? いつだって可愛いよ、祐ちゃんは」

 髪にキスを受けて俺は顔を上げた。


「死ね」



『ねぇ、見た?』
『え、もしかしてあのハメ撮り?』
『そうそう。あれって自分で流したんだってー』
『え、うそ!』


 無理だ、無理。死にたい、死のう。
 学校なんて来るんじゃなかった。

 ナオはあの後笑顔だった。笑顔だったけど内心は怒っていたらしい。
 いつの間にか撮っていた俺とナオのハメ撮りを学校に流出させたんだ。
 俺を知っている人から見たら俺だってすぐに分かるようなもので、下半身は映ってないけど、明らかにヤっていると解るものだった。しかも男だと分かるくらい。


「もう無理、死にたい」
「ん? なんで」
「お前のせいだ、お前のせいだからな」
「はは。そうかも、俺が祐ちゃんを好きになったせいで祐ちゃん色んなもの失っちゃったよね。ごめんね」

 ナオは飄々とした穏やかな声色でそう言って笑った。

「くそ、クソ……」
「でも、俺には祐ちゃんだけがいればいいんだから。祐ちゃんも俺だけがいればいいよね?」

 背中を優しくさすり甘い声で俺の耳元に囁く。

「もし、楽になりたいなら一緒に死んで」
「……え?」
「これ飲んで俺と一緒に天国に行こうよ」

 ナオはそう言ってチェストから便を取り出し、差し出してきたのは白いコロンとした錠剤二粒。

「これ飲んだらすぐにラクになるよ。俺と一緒に天国に行こう?」
「……天国?」
「そう。もう誰にも邪魔されないよ。祐ちゃんが泣くことも無いし、俺も祐ちゃんを誰にも奪われないで済む」

 俺は白い錠剤を見つめた。
 これを飲んだら、俺はナオから解放されるのか?

「早く、飲んで。僕もすぐに後を追うよ」

 俺はその言葉を聞いてからすぐに錠剤を奪い取るように掴んでから、そのまま口に放り込んだ。
 ゴクリ、という音が頭の中に響いて、喉に絡みつく異物感を感じた後にするりとどこかへ飲み込まれていく感覚。

 俺は生きてたらきっとこいつから逃げられなくなる。
 でも、もう解放されるんだ……これで、やっと。

「飲めた? 偉い偉い」
「お前も早く飲めよ」
「ん?」

 瓶を持ちながら不思議そうな表情をするナオ。
 まさか、俺を裏切って……。

「ふふ。これ、ただのビタミン剤だよ」
「……え」
「ただの錠剤」

 そう言ってナオは瓶から錠剤を口に含みガリガリと噛み砕き飲み込んだ。なんてことない顔をして何粒もの錠剤を噛み砕いたが特に変化はなさそうだった。

「な、なんで……こんな」

 俺としては一大決心みたいなもので、ようやく楽になると思ったのに。ナオから、解放されるって思ってたのに。

「俺が絶対に後を追うって、信じてたよね」
「あ、当たり前だろ」
「一緒に天国に行きたいって思ってくれてたんだよね」
「は、なに……」

 ナオは徐に瓶を放り投げて、俺の手を掴んだ。

「それが見たかったんだ」

 ナオは至極満足と言ったように白い歯を見せ恍惚とした笑みを浮かべ目尻には皺が寄っていた。
 ざわりと背中に冷たくて鋭いものが走り、俺は身震いした。

「俺、もっと祐ちゃんを好きになっちゃった」
「ぁ……」
「俺のために死んでくれるようなこんな可愛い恋人、絶対に手離す気は無いからね」

 手を取られて、指にキスを落とすナオ。

「これからも幸せにするからね、二人で末永く生きていこう」

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