きみの虜 StayHome
「じ、自宅待機……?」
「はい。しばらくはそういう事なので、一緒に居られる時間が増えますね」
にっこりと顔に満面の笑みを浮かべた金堂くん。俺はそれに対してヒクリと顔が引きつった気がした。
「……それに、あまり外にも出てはいけないんですよ。まあ、道田さんたちは大丈夫かもしれないですけど、俺もこの家からはあまり出ないですからね」
「え、……わ、分かった……」
「……まあ、俺が外出して移しでもしたら困りますしね」
「…………」
澪くんが俺の膝でクウクウと寝息を立てながら寝ていて、俺は思わず澪くんの指をきゅっと握ってしまった。
なんだか、世の中には新種のウイルスが発生したらしく、それを蔓延させない為に人と関わる事を減らしたいみたいだった。それは、テレビで見た事で合っているのかはわからない……。
だけど金堂くんが会社に出社しない……というか出来ないと言っているということは、あながち間違いではないんだと思う。
「……澪くん、起きて……」
「ん……なに、ヨシくん……」
俺は金堂くんが自室へ行った瞬間に澪くんを起こした。
クア、と口を開けてあくびをした澪くんは、起き上がるとそのまま腕を宙へと伸ばした。
「……あのね、金堂くんが暫くの間家にいるんだって」
「ん? ……ああ、最近やってるよね」
「そ、そうなんだけどさ……もしかしたらイタズラが増えるかもしれない……!」
もしこのまま何日……いや、何ヶ月もこの家にいる事になったら、俺にイタズラをするのに飽きて、澪くんにも被害が及んでしまうかもしれない……!
澪くんはあたふたとしている俺をぼうっと見ていたが、なぜか急に気付いたようにクスリと笑った。
「ど、どうしたの……澪くん……」
「ふふ、大丈夫だよ。僕がヨシくんのこと守ってあげるから……ね?」
「……で、でも……澪くんが」
「僕は絶対に大丈夫。……だってヨシくんが守ってくれるんでしょ?」
「!! も、もちろん!」
そ、そうだ。俺が澪くんを守るんだ……!
例え一緒にいる時間が長かろうが、俺が全て阻止すれば良いこと……要は、俺に飽きさせなければ良いんだ……!
俺は足りない頭をフル回転させて、その作戦を思いついた。
よし……これからは金堂くんの澪くんへの接触は全部俺が阻止する……!
俺はあのパスタ事件の事を思い出して心に固く決意をした。絶対に澪くんへの手出しはさせないからな……!
「澪、パソコンのコード……」
「こ、これでしょ……!」
「え? ……ああ、これです。ありがとうございます、道田さん」
「ううん! お仕事頑張ってね!」
「……ん、はい」
俺はすぐ様澪くんの元へ向かった金堂くんに対して黒いパソコンのコードを手渡した。
金堂くんは一瞬びっくりした顔をしたが、それから少し視線を逸らしてコードを受け取ってくれた。
「……なんか面白い事になってるね」
「え? なにが?」
「ふふ、何でもないよ」
澪くんはそう言ってまたテレビのリモコンをいじり始めた。最近はずっと澪くんはドラマにハマっていて、構ってもらえないことが続いている。うーん、暇だなぁ……。
なんだかそう考えるととても退屈で、どうしようかと俺はひとりでソワソワしていた。
俺はあまり趣味とかも無いし、いつもは澪くんの隣で大人しく同じ事をしていたりするんだけど……なんか今は何かしたい気分なんだよなぁ……。
「……金堂くん」
「道田さん? どうしたんですか……」
コンコンと扉を叩くと眼鏡姿の金堂くんがドアを開けてくれた。
「なにかお手伝いすることある? なんか暇でさ……」
「お手伝い……じゃあ、書類をまとめて置いてもらえますか?」
「うん! わかった!」
俺は仕事を貰えたことがなんだか嬉しくて、棚やデスクに散らばっている使って無さそうな書類をかき集めた。
在宅勤務って密かに憧れていたけど、ここ最近の金堂くんはなんだか大変そうだ。家で仕事をすると切り替えができないのかなぁ……。
ベッドのサイドボードにまで置いてある書類を手に取った。これ……確か俺がミスをした企業の資料だ……。
社名が太字で書いてあって思わず目に飛び込んできた。あれから、本当に金堂くんが引き継いでくれてたんだ……懐かしいな……。
「どうかしましたか?」
「ううん……ただこの商事の書類が……」
「……あぁ、そこですか。もう取引は辞めますよ」
「え?! なんで!」
「……なんでもです」
こちらを向いていた金堂くんは、くるりとまたパソコンに向き直ってしまった。
な、なんでもってなんだよ……俺がこの仕事を一生懸命になって取ってきたこと、金堂くんだってきっと覚えているはずなのに……。
「理由もないのに、なんでそんなこと言うんだよ……」
「理由は……秘密ですよ。道田さんに言っても意味ないでしょ。今は関係ないんですから」
「……!! 分かったよ、もういい……!」
俺はかき集めた書類を金堂くんのデスクにバン、と叩きつけるように置いて、ドタバタと金堂くんの部屋を出た。
たしかに、俺はもう関係ないよ……だってもう仕事は辞めたし……。だけど、俺が頑張って取った仕事を、もう要らないみたいに捨てられるなんて……。
何かしようかな、なんて思わなければよかった。あんな、お手伝いとか言ってたから……。
「どうしたの、ヨシくん」
「……う、うぅ……澪くん……」
リビングへ戻ると澪くんは俺の様子にギョッとしたみたいで、ドラマも止めずに俺の元へ駆け寄ってきてくれた。俺はそんな様子の澪くんがちょっと嬉しくて、口角が上がってしまった。
「へへ……」
「なに、なんで泣いてるの。金堂さん?」
「んー……そうだけど……」
金堂くんが悪いわけじゃないんだ、多分……。
仕事だから、会社がそう決めたら仕方ないのはわかるし……担当者的にあまり良くない仕事だと思ったら断ってもいいって言うのは分かってる……。だけど、なんかこう……言い方とか、そういうのあってもいいんじゃないかなって……思ったけど……。
「俺のわがままなんだ……」
「ヨシくんのワガママ?」
「ん……そう。金堂くんは悪くない……」
「ふーん。 なんか気に食わないな」
「え?」
澪くんが白い陶器のような両方の手で、ぺたりと俺の頬を挟んだ。
「ど、どうしたの……」
「金堂さんは良い人? 悪い人?」
澪くんが視線を合わせてきて、澪くんの汚れの無い綺麗な瞳が俺の目に映った。
金堂くんが良い人か、悪い人か……?
「え……わ、分からない……悪い人……?」
「そう。悪い人だよ。僕とヨシくんを閉じ込めてるんだから」
「そ、そうだよね……」
「ヨシくんの味方は僕だけ……わかった?」
「うん……!」
そうだ、そうだ……金堂くんは俺と澪くんをここに閉じ込めてるんだ……。
でも、お金とかそういう事の心配をしなくて良いのは、金堂くんのお陰なんだけど……。
俺はそこまで考えてフルフルと首を振った。そうだ、金堂くんは悪い人だ……。
「じゃあ、一緒にドラマ観ようよ」
「うん……」
澪くんはゾンビドラマにハマっているみたいだ。俺は怖いのが少し苦手だけど、澪くんが好きっていうなら、俺もそれが好きだ。
それからダラダラと二人でソファに座ってドラマを見ていたらいつの間にか俺は眠ってしまっていた。
「……ん、なんかいい匂い……」
「あ、起きた?」
「みおくん……」
澪くんが俺の顔を覗き込んでくる。やけに目を惹く澪くんの唇が、テカテカと輝いていて俺は慌てて飛び起きた。
「み、澪くん!」
「どうしたの、ヨシくん」
「あ、あれ」
フォークを片手に俺を不思議そうに見てくる澪くん。び、びっくりした……油か……。
てっきり金堂くんにいたずらとかされて、それで唇を……、考えるのはやめよう……。
「な、なに食べてるの……」
「ん? あのね、金堂さんがユーバーイーツしてくれたの」
「ユーバーイーツ……?」
「色んなお店が選べるんだよ。まだまだ来るから楽しみにしてて!」
そう言って澪くんがタブレットを渡してくる。澪くんの目がキラキラと光っていて、すごく楽しそうだ。
澪くんは新しいもの好きだから、こうやって新しい事があると何回も飽きるまでやろうとするんだ。可愛いよね……。
「わ、こうやって見れるんだ……」
「そう、面白いでしょう。配達してくれるからそれを受け取るだけでいいんだ」
人のアイコンが地図の上を走っている。到着まであともう少しみたい。
得意げに話す澪くんはちょっと年相応と言った感じだ。やっぱりこういう時に歳の差を感じさせられるなぁ……澪くんもまだまだ流行りとか、そういうのに敏感な年頃だもんね……。
そんなことを考えていると、インターフォンの音が部屋に鳴り響いた。もしかして配達が来たのかな。
「出てくるね!」
俺はサッサと玄関に向かった。お金とか渡さなくて良いんだよね……。
ガチャリとドアを開けると人が立っていて、何故かこちらをポカンと見ていた。
「あ……」
「道田さんッ!」
「ンッ?!」
背後から口を塞がれて身体を抱き締めるようにグイッと引っ張られて思わず開けた玄関を離してしまった。
それからドン、と音がして、尻餅を着いた金堂くんの上にそのまま座ってしまった。
「ほ、ほんろーふん?」
「……無闇矢鱈に出ないでください。玄関前に置いといてくれますから」
「えっ! そうなの……」
「ごめん、言い忘れてたヨシくん……出なくていいんだよ」
澪くんが焦ったように後からやってきてそう言った。
今度は俺がポカンとしていると、ドアをコンコンと叩く音、次いで「置いときますね」と男の人の声が聞こえた。
「澪……ちゃんと道田さんに教えてやれ。危ない目に遭わせたらタダじゃ済ませないからな」
「だ、大丈夫だよ金堂くん! 俺がなにも聞かないで飛び出したのが悪いから……」
「ヨシくんごめんねー……」
澪くんが金堂くんを跨いで俺に抱き付いてくる。
「だ、大丈夫だよ。平気だから気にしないで澪くん」
「じゃあ手洗いとうがいしよ」
「うん!」
それから澪くんと一緒に手洗いとうがいをしてから二人でリビングに戻った。金堂くんがお皿とかを用意してくれていて、あとはダイニングテーブルに座るだけだった。
「早く食べましょう」
「そうだね」
「もうさっき食べちゃったけどね」
澪くんがいたずらっ子のように笑ってそう言ったが、金堂くんの目が怒るように澪くんを見ていた。
ご、ごめんなさい……俺が悪いよね今回は……。
「いただきます」
美味しそうなサクサクのチキンやカレーとハンバーガーなど……本当にいろいろな食べ物がテーブルには並んでいた。
澪くん、相当楽しかったんだろうな……この量三人で食べきれるかなぁ……。
「……道田さん、食べたら一緒に風呂に入りましょう」
「え……」
金堂くんが俺を見ずにポツリとそう言った。
俺は思わず澪くんをパッと見てしまうと、澪くんはバーガーを食べながら俺を見てきた。
「いいんじゃないかな」
「そ、そうかな……じゃあ、入ろっか……」
「うん。それで金堂さんに身体を洗ってもらえばいいよ」
「えぇ……」
「決まりですね」
それからはなんだか思うようにご飯が喉を通らなくて、あまり食べられなかった。
「早く脱いでください」
「え……うーん」
なんだか既視感を感じる……。たまに金堂くんはこうやって俺を風呂に誘ってくれる。
別に、いいんだけど……でもなんかこの歳になってから普通のお風呂で一緒に入るなんて……恥ずかしくないのかな、金堂くんは。
澪くんは特別だ……だって澪くんだもん。
「脱がせますよ」
「じ、自分で脱ぐから! 金堂くんは先に入ってて」
「……絶対ですよ。早くきてくださいね」
そう言って金堂くんは先に入ってくれた。暫くしてシャワーの音が聞こえてきて、俺はいそいそと服を脱いだ。
「は、はいるね……」
コンコンと扉を叩くとシャワーの音がピタリと止まった。俺は恐る恐る扉を開けると、モクモクと煙が顔を包んできて思わず目を閉じた。
「……っ」
「俺も身体流しちゃうね」
目を開くと鍛えられた身体が目の前にあった。金堂くんは俺をジッと見ていてなんだか恥ずかしかった。
「俺が洗ってあげますよ」
「え、いいよ……自分で洗えるから……」
「早く座ってください」
「え……分かった……」
金堂くんの言うことには何故か逆らえない。金堂くんの言葉にはそういうパワーがあるのかも知れない。
「……道田さん、すいません」
「わぷ……え?」
シャワーで頭を洗われている時に、金堂くんが唐突に謝ってきた。
「昼間に言ったこと……道田さんの担当だったあそこは、もうそろそろ潰れる予定なんです」
「え……!」
「だから、取引先から外しました。まだ知られていないことなので、先手という形なんですけど」
シャンプーでシャカシャカと頭を洗われると気持ち良くて思わず目を閉じてしまう。けど、それより今は金堂くんの話だ。あそこの商事が潰れるってどういう事だ……。
「今のこの状況で回らなくなる会社が多数出ているんです。うちは業務内容的には大打撃は受けませんが、取引先は結構経営が悪くなっている場合もあるんです」
「そ、そうなんだ……俺、全然知らなくて、そこまで頭回らなかった」
「いえ。昼間にちゃんと言えばよかったですね。……ただ、道田さんが傷付くのを見たくなくて」
それが逆に怒らせてしまうなんて……。
そう言って金堂くんは話を止めた。
「こ、金堂くんは悪くないよ! 本当なら、ちゃんとニュースとか、そういう経済のことも知ってなきゃいけないのに……知らなかったのは俺だから……。それに、気遣ってくれてありがとう」
曇っていない部分の鏡越しに金堂くんと目を合わせた。
「……道田さん」
「金堂くんに色々任せちゃって、本当ごめんね……俺が全然仕事できなかったばかりに……」
「道田さん、良いんですよ。道田さんの跡を引き継ぐ事ができて嬉しかったです」
「金堂くん……!」
それから金堂くんに頭を洗ってもらって、背中まで流してもらった。
金堂くんのこと、少し勘違いしていたのかもしれない……。ちゃんと話してみたら色々と勘違いが生まれているのかもしれない……。
「金堂くん、俺も金堂の背中流してあげる」
「……いいんですか」
「うん、勿論だよ」
それから金堂くんが椅子に座って、俺はスポンジを泡立てた。
ここに来てから思うけど、金堂くんの家のものは全て良いもののような気がする……。だって金堂くんの家に来てから肌がプルプルというか……男なのに何言ってるんだって感じなんだけど、本当に肌が綺麗になった気がするんだ。それってボディーソープが変わったりとかしたからかなって、そう思ってるんだけど……違うかなぁ。
モクモクと大きくなってしまっていた泡を慌てて金堂くんの背中に押し付けた。
金堂くんの背中にひとつ黒子があるのがちょっと可愛い。俺の背中にもあるのかなぁ……。
「痛くない?」
「……ええ、痛くないです」
ごしごしと泡を全体につけるように背中を擦った。デスクワークばかりなのに筋肉がちゃんとついてるの凄いよなぁ……俺が仕事中はお腹にぷにぷにの肉がついちゃってたから、ちょっと気にしてたんだけどな……。
「よいしょ……っ」
「……っ」
びくり、と金堂くんが震えた。
あれ、変なとこ触っちゃったかな……くすぐったかった?
「金堂くん? くすぐったい?」
「……いえ」
「前も洗うね」
「……」
いつも金堂くんは背中だけじゃなくて俺の体を全部洗ってくれる。すごい恥ずかしいんだけど普通のことのようにするから、もう若干慣れてしまった。
俺も金堂くんと同じように全部洗ってあげたほうがいいよな。
「んしょ……」
「……っもういいです」
「え、まだ全然洗ってないよ? 今日はいいよ、俺が全部洗ってあげる!」
いつも洗ってもらってるからね、そう言ってスポンジを滑らせていると金堂くんが俺の手の上からスポンジを掴んだ。
「大丈夫なので、先に風呂に入ってください」
「わ……わかった」
金堂くんの目が本気だと物語っていたので、俺はシャワーでそそくさと身体を流してから浴槽に身体を沈めた。
ここの洗い場は結構広いから二人で動いても全然余裕がある。何坪風呂って言うんだろう……。
それから身体を洗い終えた金堂くんが浴槽に入ってきた。俺は少し壁側に身体を寄せたが、金堂くんはそれに気づいたみたいで腕を引っ張ってきた。
「こっちにいてください」
「ん……」
背中を金堂くんに預けるようにして力を抜いた。
前にお風呂に入っているときに言われたけど、俺がいるとさらに暖かいらしい。本当はリビングにいても俺を湯たんぽにしたいとかも言ってたなぁ……。
夏だから空調も涼しくしてるけど、本当は寒かったりするのかなぁ……。
「何を考えてるんですか」
「んー……金堂くんは寒がりなんだなぁって」
「……あぁ、寒がりですよ。本当ならベッドまで道田さんを連れて行きたいです」
「うーん……たまになら、いいかなぁ」
金堂くんと寝ると澪くんと寝れなくなるから、ちょっと寂しいんだよな……。あとは俺を挟んで三人で寝る……とか? ちょっと危ないかな……。
澪くんの天使みたいな寝顔に金堂くんが興奮して襲い掛かる……とか……怖い……。
「……本当に来てくれますか」
「たまにだからね……あと澪くんは入れちゃダメだよ」
振り向いて金堂くんにそういうと、金堂くんは笑いを堪えるようににやけた。ど、どういう反応だろう……?
「……二人きりで寝ましょうね」
「そうだねぇ」
それから二人でのぼせそうになるまでお風呂に浸かってしまった。
身体を拭いてパジャマを着てからリビングに戻ると澪くんが寝っ転がりながらまたドラマを見ていた。
「おかえり」
澪くんがドラマを見ていると長いんだ。お風呂も入らずにずっと見ているくらいで、お風呂ですら見ようとするからちょっと……ほんのちょっとだけ悲しい。
しょうがないよね。なんだか最近色々なドラマが追加されたらしいし……。
「……道田さん、もう寝ますか?」
「え? あ……うーん……」
澪くんは相変わらずゾンビのドラマに夢中で、展開に一喜一憂しているみたいだ。表情がコロコロと変わっている。
可愛いし、天使なんだけどもうちょっと俺に構ってくれてもいいんだけどなぁ……。
「……寝ちゃおう、かな」
「じゃあ一緒に寝てくれませんか」
「えっ」
「さっき良いって言いましたよね?」
驚いて金堂くんを見るが、ニコリと笑顔で俺を見返してくる。さ、さっき言った……そうだ、言っちゃったんだ……。
「澪もドラマに夢中みたいですし、ダメですか?」
「ん……」
「たまには一緒に寝てあげてもいいんじゃない」
澪くんがテレビへの視線はそのままに、俺と金堂くんに向かってそう言った。
これは俺がちょっと邪魔という事なのかな……。
ちょっと悲しいけど、澪くんにも一人の時間が必要だよね……俺がいても一緒にゾンビドラマを楽しんであげられないし……。
「……いいよ。もう寝よっか」
「! そうですね、気が変わらないうちに寝ましょうね」
「わ……っ」
肩に巻いていたタオルを取られて頭をガシガシと拭かれる。痛くはないけど、ちょっと乱暴じゃないかな……。
なんとなく金堂くんが興奮しているように見えて俺は何も言えなくなってしまった。すると金堂くんは徐に手を引いてきて洗面所まで連れて来られた。
そのままドライヤーをセットして髪を乾かしてくれる金堂くん。ちょうどいい温度で乾かしてくれるこのドライヤーも多分いいやつなんだろうな、と思いながら目を瞑った。
そのままテキパキと自分の準備もして、二人並んで歯を磨いた。……金堂くんが歯磨きまでして来ようとしてきたので、それは流石に断った。
「……澪くん、おやすみ」
「んー……おやすみ! 金堂さん、変なことしちゃダメだよ」
「……」
「わかった?」
「……ああ」
金堂くんは俺をじっと見つめてから澪くんに言葉を返した。え……俺変なことされちゃうの……?
俺は縋るような目で金堂くんに訴えかけると、金堂くんは「はぁ」とため息をついた。
「大丈夫ですよ。まだ何もしないです……多分」
「うぇ……」
「とりあえず早く寝ましょう」
腕を引かれて金堂くんの寝室へ向かう。後ろでは澪くんが手をふりふりと振ってくれたので、俺はそれに振り返しながら、頭の中でドナドナの歌を思い出していた。
金堂くんの部屋は書斎とは別にあるので、ここにあるのはベッドだけだ。あまり入ったことは無いけど、たまに洗濯物とかを置きにくるくらい。金堂くんらしいようなグレーが基調の落ち着いた部屋だ。
「どうぞお先に寝てください」
「うん……」
ダブルベッドくらいかな、もう少し大きいかな……それくらいのベッドに俺は左側から入って横たわった。金堂くんが普段一人で占領してるんだから、俺が入っちゃったら埋まっちゃうんじゃないかな……。
「そっちのライトだけにしますね」
「あ、うん」
ベッドのところにあるライトもスイッチで操作出来るみたいだ。
金堂くんは天井の照明を消してから、そのままベッドに身体を滑らせるようにして入ってきた。
ほんわりと暖かい人の体温。澪くんはもう少し暖かい感じがするけど、人の体温ってそんなに変わるものなのかな。
「道田さん……また一緒に過ごしてくださいね」
「え……うん……」
いつも三人で一緒に過ごしてるけどな……またお風呂に入りたいって、そういう事かな?
そんなことを考えて隣にいる金堂くんの顔を見ていると、金堂くんがいきなり腕を伸ばしてきた。
「腕枕してもいいですか?」
「え……で、でも重いよ。腕が痺れちゃうと思う……」
「そんなのどうってことないですよ。それ以上のことが得られるので」
「えぇ……金堂くんがいいならいい、けど……」
「ありがとうございます」
本当に良い笑顔でそう言うもんだから、なんだかもう断る気なんて起きなかった。金堂くんがやると言ったんだから、どうなっても自分の責任だからね……!
腕を伸ばして俺の頭の後ろにその腕を潜り込ませた。やはりと言うか筋肉の筋のようなものが伝わってくる……腕枕って意外と寝心地悪いんだなぁ……。
「大丈夫ですか?」
「うん……金堂くんは?」
「勿論平気ですよ。重みと暖かさがいいですね」
そうだった、寒がりだったよね。
筋肉がちょっとゴツゴツするけど、なんだか頭の下が暖かいのは少し落ち着くかもしれない……。
澪くんとは普通に並んで寝るだけだったからちょっと恥ずかしいけど、懐かしいような気もするな……。
「……わ」
「……ダメですか?」
「んー……いいよ」
髪の毛をさらりと遊ぶように触られて少しびっくりした。なんだか動物みたいに遊ばれてないか……?
目を閉じるとふわふわしたような心地がする。
「ん……眠い」
「いいですよ、寝て」
「おやすみ……」
いつも三秒くらいで寝てしまうほどに寝つきがいいんだ。小さい頃からそれだけは褒められてきた気がする。
眠りに着く直前に、身体が引き寄せられて何かが唇をサッと触れた気がした。
「この期間が少しでも続けばいいですね、道田さん」