自由の国2


 



「……散々な目に遭った……」

琥神は朝起きたら既に寝所からいなくなっていて、シーツは冷たくなっていた。
俺を起こさなかったのは疲れていると思ったかららしい、琥神の部屋係のひとが教えてくれた。

あの、黒子の人たちは、顔が見えない為だったのかな……誰があの場にいた人なのか分からないや……。

朝御飯を頂いて、それで土産まで持たされてしまった。甘いお菓子らしい。
何だろう、買収された気分……どうせ、母さんに言ったって信じてくれやしないだろうし……。別に目に見えるような怪我を負わされたわけでもない。

なんで琥神はあんなことをしたんだろう、あんなことを、俺に……。

それにあそこにいた人たちも、止めてはくれなかった。あまつさえ、琥神に手を貸していたし……。
琥神も、そう言うことに興味があったのかな。
……女人があてがわれているだとか、そういうの聞いたことないけど……もしかして爆発してしまって、そこにいた俺に当たった……みたいな?

確か神家の交際は成人してからだった気がするから、そう言うことなのかな……可愛そうな奴だ……。だから周りのひともそんな琥神の悪戯に寛大なのかもしれない……。

俺は適当なストレス解消道具だったのかな……の割にはなにもされてないけど。
……可哀想な奴だな……。


「永」

「……尊、おそよう」

「……うん
昨日は、どうだった?」

尊はなんだか顔色が悪い気がする。どうかしたんだろうか。

「……昨日は、……散々だったよ
でもお風呂とか御飯はとっても待遇が良かったけど、ほら」

そう言って待たされた土産ものを尊の目の前にぶら下げて見せた。

「……っ!」

その瞬間凄い形相になってその土産物をひったくる尊。
俺はそんな尊は見たことが無かったから吃驚して尊を凝視した。

「……あ、ごめん……
これはきっとご両親に渡したらびっくりすると思うんだ……」

「そんな不味いものなのか……?」

白の包み紙に薄桃色の紐。
そんな不味いものに見えなくて、むしろ高級そうなそれに見えるけど……。

「まあ、どうせ琥神の悪戯だろう」

「……うん、だろうね」

「飽きずによくやるよな……」

「はは……」

尊は笑いながらその土産物をじっと見つめていた。

昨日のことに引き続き、琥神のやつ本当になに考えているんだ……。
この土産物のことはまあ許せるけど、昨日のことなんてわいせつ行為だぞ……でも、あの使用人の人たちもグルだったことから考えると、ここでは琥神の言う通りになるって……そういうこと、なんだろうな……。


それから暫く経ったが、琥神からの嫌がらせはあれきりだった。
それに会うことすらなくなった。
今までが異常なくらいだったのかな。

「尊、おはよう」

「ああ、おはよう永」

俺はというと、相変わらず尊と一緒にお年寄りの家回りをしている。
お年寄りは尊が神々しすぎるのか、自らの不満を言えないことがあるみたいで、こっそりと尊が見ていない時に不満を漏らす。
それを聞き取るのが俺の役目、……だと勝手に思ってる。
尊がきっとそれを知ったら悲しむだろうから、こっそりやってるけど。

「桃じぃ、なんかあった?」

尊がお茶を煎れに行っている間にこっそりと聞く。
桃じぃは足が悪くて年齢的にもうそろそろ車椅子生活になるかもしれない。
だからこそ結構な頻度で会いに来ている。

「最近な、隣のお嬢ちゃんが神家さんのお嫁さんに選ばれたってな
そいで、そのお祝いに赤白祝いを送りたいんじゃよ」

「セキハク祝い……?」

「なんじゃ永、知らんのか?
旗やさんのお包みのことだよ、嫁ぐときにはそれを送って、陰ながら祝っておりますっちゅうことを言うのよ」

「ほうほう……」

「お前さんもいつか誰かに送りよるかもしれんし、ほいで買ってきてくれや」

そう言って待っていたように封を渡される。

「残りはお駄賃じゃ」

そう言って笑った桃じぃに俺はこくこく頷いた。
旗やさん……旗やさん……忘れない今日のうちに行ってくるとするか……。

そう思って、その店がありそうな所に行くと木の看板に『旗や』と凛々しい文字が彫られていた。

「ごめんくださーい」

「はいはい」

「セキハク祝いを買に来たのですが……」

出てきたのは品のあるおばさん……といって良いんだろうか。
桃じぃの言っていたことを伝えると、その人は笑って桃じぃのお隣さんの名前を出して来た。

「あそこのお嬢さん、とても別嬪だものね
少し用意していたの、こちらで良いかしら」

「……これ、……」

差し出されたものとは別に、飾ってあったものを指さした。

「ああそれね、ふふふ
お若いひとは知らないのよね」

「え?……なにか、意味があるんですか……?」

「これはね、かしこまったものでね
この中にお菓子が入っていて、底の箱にお札の束をいれるのよ」

「えっ! お札のたば、……」

そう俺が反応すると、おばさんは狙っていたように笑った。

「そうよ、昔の作法でね……婚約を結びたいって考えている息子さんがお嬢さんを頂きますっていう意味で娘さんに持たせて帰らせるものだったのよ」

「……えぇ……」

俺はそれを改めて見やる。
白の包み紙に薄桃色の紐。
でもどう考えても同じように見える……俺が貰ったあの高級そうなお菓子と……。
あの中には札束が入ってた、なんて……嘘だよな……ていうか、家族を巻き込んで悪戯しようとしていたのか、琥神のやつ……。

「そういえば最近、お買いになった方が居たわね
知り合いか何かだったの?」

「あ……はは、いえ……まあそんなところですね」

「まあ今時あまり流行らないからね
珍しいのよ」

「そうなんですね……あ、これで……」

「あぁ、はいはい
毎度ありがとうございます」

またお越しになって、と頭を下げてくれたおばさんに俺も頭を下げる。
頭の中が真っ白だ。

尊はきっと、あの風習みたいなのを知っていたんだ。だから俺からあの土産物を取り上げてくれた。
助かったけど、本当に札束なんて入っていたのだろうか……。

……なんて、下衆なことを考えてしまうから駄目なんだろうな……。
でも、あれから琥神から何の音沙汰も無い訳だし……多分琥神に突き返してくれたんだろうなぁ。
それにしても琥神も良くやるよな……俺なんか虐めたって楽しくも無いだろうに。

「って言うか俺はお嬢さんじゃ無いっての!」



「尊、ありがとうな」

「え?」

「琥神のさ、こないだの土産の時
取り上げてくれただろ?」

「……あぁ」

尊は考えるようにふい、と顔を逸らした。

「あれって昔の風習みたいなやつだったんだな
まあでもそもそも親も知ってたかどうかアヤシイけど……」

「……そう、だね……
あまり一般化はしてないから……でも、どこでそれを?」

「ああ、桃じぃのお使いに行った時におばさんが教えてくれてさ」

「そうなんだ……
あれ、ちゃんと琥神に返して来たから、心配しないで」

「……でもさ、よくやるよな琥神も
俺なんかに構ってても面白くないだろうにさ」

本当に不思議だ。
確かに同い年ってここにはあまりいないけど、それでも全然、3人だけってわけでもない。
それに、多分年だってあってないようなものだし、別に年上でも年下でも、琥神なら構いたい放題だろうから。
なのになんで俺なんだって、そればっかり最近考えてる。
別に、あの夜の行為に意味を見出いしたいだとかそんなんじゃなくて、なんでそれに俺を選んだんだろうって感じ……。
まあ、扱いやすそうって理由が今の第一候補かなぁ……なんて。
なんか琥神も誰かに八つ当たりみたいのをしたかったんだろうな……なんてそんな理由でも許さないけど。


「ただいま」

尊と別れた後、すぐに家に帰ってきた俺を母さんがものすごい勢いで迎えてくれた。

「なにやってるの永!
さあほら早く上がって頂戴!」

「うぇっな、なに……」

どんどん、と背中を強い力で押されて、リビングへと急かされるように歩く。
そしてその見えた人物に、俺は驚いて思わず目を剥いた。

「な、なんで……っ」

「よう、永」

ソファにどっかりと座っていたのはさっき話題に上がっていた琥神だった。
琥神はいつものように嫌味な笑みを浮かべながら俺を見ていた。

「な、なんで琥神がここにいるんだよ」

「こらっ琥神様でしょうが!
すいません、うちのバカ息子が……いつもご迷惑をかけて……」

「えっ」

いやいやいや、ご迷惑をかけられているのは琥神じゃなくて俺なんだけどっ!
なんてことは言えるはずもなく……琥神が俺の部屋へ行きたいと言っていたらしいので、俺の部屋へ行くことになってしまった……
母さんは悪くない、悪くないけど、今回ばかりは恨めしい……。

「あー……適当に座ってよ……
俺の部屋ソファーとかないから……」

「まあ別にどこでもいい
お前がそばにいるならな」

「……」

なにを言ってるんだか、……まだあの日の延長上にいるってことか?
そこまでの演技を俺に求めるとか、本当にどうかしてる……だったらもっと琥神のことを崇めている人にすればよかったのに……。

ベッドに座った俺の、すぐ隣に腰かける琥神
なんだか近いんだけど……

「それよりも、あの土産物気に食わなかったのかよ」

「え?
……あぁ、あれやめろよな……うちの両親がみたら、どうなってたことか」

本気にしちまうぞ、と暗に言えば琥神は目を少しまんまるにした。

「お前、あれをどうしたんだよ」

「え? 琥神に返したって……」

ああそっか、尊の名前を出したら尊にはまずい事になるのかな……。
俺はそう思って尊の名前を出さずに桃じぃと旗やさんのことを琥神に話した。

「……ふん、そういうことか
ま、別になんだって良いが」

「うちの両親、琥神っていうか神家には本当に弱いんだ
あんまり変なことしないで欲しい」

視線を合わさずにそう言うと、琥神はスッと黙り込んでしまった。
……昔から、こういうとこはあったように思う。
少し納得がいかないことがあれば黙りこくって、周囲を凍り付かせるような……そんな雰囲気を作ること。
でも、ここには俺と琥神の二人きり。俺がそれに屈さなければ済むことだ。

「……変なこと」

「そ、そうだよ……
あの箱に何が入っていたかは知らないけど、それでも親だって知ってたら本気にするかもしれない
……それに、あの夜のことだって、別に俺は気にしてはいないけど、俺じゃなかったら琥神が恥をかいてるかも知れなかった……」

思わず琥神が口を開いたから、色々なことをこじつけるように話してしまった。
でも、多分今言ったことは俺の本心だから、本当のことだよな……。

「ハッ……気にしてないってか」

「まあ別に何かされた訳でもないし……」

「俺の手でイかされて、喘がされただろうが」

ちょっと怒った様子の琥神に俺は顔を顰める。
なんだって琥神が怒ってるんだよ、怒りたいのは俺の方だろう普通。

「……もしかして、もうそんなの慣れっこって事か?
アイツ、随分と手が早いな」

「は……」

「お前も、そんな何も知らなそうな顔しやがって……それでもイイぜ、許してやる」

「なに、言ってんだ……」

「神家に嫁ぐものは未開通の処女って決まってるんだ
だけど、俺はそうじゃなくてもいい……そんなの俺で上書きすればいいと思ってる」

急に琥神を取り巻く空気が変わって、俺は腕を掴まれた。
とっさのことで振り払えずに、琥神の眼を見てしまったらもっと逆らえなくなった。
俺の無意識に息を飲んだ音が部屋に響く。

それがゴングに琥神がバッと動いた。

「えっ……ちょっと、おい」

腕を引っ張られて、部屋から連れ出される。

「もういい
浄化だとかなんだとかクソほどどうでもいいから俺の所に来い」

「ちょっと、やめろって……痛いって、」

ドアまで引っ張られて、俺は壁の渕に指をひっかけて腰を落とした。
この構図だけ見たらまるで俺が駄々っ子のようだ、だけどそうじゃない。

「なに、どうしたの……」

母さんがこの騒動に気付いたのか、顔を出した。

「か、母さん……」

「……コイツ、少し借りていきますね」

「……え……」

この異様な雰囲気にどうしたらいいのか分からないようで、おどおどとした表情をしている。
これが多分現実なんだ、俺はそう悟った。
母さんに助けを求めても、きっと苦しめるし、代償は大きい。

琥神は分かっててやってる。

「あの、申し訳ないです……
うちのバカ息子が何かしでかしてしまったなら、……」

「ああ、俺が更生させますので」

きっと琥神の様子に母さんも気づいてる、全身から醸し出すような琥神の怒りに。
何がそんなに琥神の癇に障ったのかはわからないけど、それによって起こる弊害は計り知れない。

「……か、母さん、大丈夫
俺が悪いんだ……ごめん、ちょっと出て来るね」

俺は重い腰をあげようとしたが、そこで気付いた。
足が生まれたての小鹿のように震えていて、腰が抜けそうになっていた。

「……」

そんな俺に気付いたのか、母さんが駆け寄ってこようとしたのがわかったが、その前に琥神に身体を支えられて立ち上がった。

ごめん、こんなヘタレな息子で。

「……行ってきます」

振り返らずにそう言うと、琥神の喉が鳴ったのが聞こえた。
まるでその音は、百獣の王が獲物を目の前にした時のようで、俺の心にしっかりと爪を立てた。

玄関を出ると見計らったように外に停まっていた車に俺を押し込んで、そのまま神家の邸宅までやってきた。その間琥神はずっと無言で、だけど俺の手を強く握っていた。
まるで逃がさないとでも言うように、強く。

そして邸宅に着くと、階段では無くエレベーターを使って未知の階にやってきた。
ずっと琥神は俺の手を握っていた。前にも後ろにも、使用人の人がいて、逃げれるわけがないのに、それでもずっと強く……。

「この階では俺がルールだ
誰も俺には逆らわない」

「……ッ……」

「永、例外なくお前もその中に入ってんだぜ」

琥神は俺を見る事も無くそう言った。それでも足は止まらなくて、引きずられるようにして歩く。

ようやく足を止めたと思ったが、どう考えても解放してくれるわけではなさそうだ。
重厚そうな扉の前で歩みを止め、使用人の人が扉を開いた。
そしてその中に腕を引かれて入ったが、この間泊まった部屋とは違って洋室のつくりの様だった。真ん中に大きなベッドがドンと置いてあるだけで、特に窓らしきものもない。
なんとなく息苦しさを感じて足がすくむけど、琥神はそんなのお構いなくズンズンと進んでいく。
このまま扉を閉められてしまったら、なんだか俺はここから出られなくなるような……そんな気さえしてくる始末。

「……琥神様」

使用人の人が急に琥神を呼び止めた。
琥神は眉間にシワを寄せてその使用人さんを振り返った。

「あ? なんだ」

「主守人様がいらしております」

「…………」

それを聞いて少し考えた琥神は、にやりと片方の口角をあげて意地悪そうに笑った。
俺は背筋がゾクリとして、少し後ずさる。

「ここに呼べ」

「……はい」

そしてなにやら使用人さんが話している。
マイクとか、そう言うのがついてるのかな……なんというかハイテクなんだな、ここは。
少し、俺から視線が逸れたことによって、切迫感だとかから解放される。このまま、それ続けてくれればいいのに……。

「ほら、永
そこに乗れよ」

手をパッと離されたかと思うと、目の前の大きなベッドを指さす琥神。
……なんとなくだけど、これからされることに予想がつく。
きっと琥神はあの日の夜のことを、もしかしたらその先も……ここで行おうとしている。
ここは世間から離されているけど、だからと言って情報が入らないわけでもない。ただ少し流行が遅かったり、情報機器が少し前のだったり、流行りに疎いだけだ。
だからなんとなく、そういう話も聞きはする。そういう趣味趣向の人たちがいることだって。

でもだからって、なんだって俺がその対象なんだ。
だって、普通ならもっと綺麗な男だとか……整った顔のやつがいるはずなのに……。
それに琥神は俺に恋しているだとか、そういう感じではない。面白がっているというか、遊び半分で弄られている感じだ。

「ほら、早く乗れよ」

あえて引っ張ることはしないみたいで、俺を舐めるように見つめる琥神。
俺は少し俯いて琥神の言う通りに従った。
早くこんな所から出ていけば良かった。
なんでのんびりしていたんだろう。いつかこの世界が変わるとでも思ってたのかよ。

もういいや、とベッドに乗り上げて座ると琥神も後を追って隣に座った。
それでも使用人の人たちは部屋から出ていくことは無く、感情の無い瞳でぼうっとこちらを見てる。……そりゃそうだよな。

「……」

Tシャツの裾に手を掛けられて、琥神を見上げた時に誰かの声が響いた。
使用人に人たちがササッと動いたのが視界の隅に映った。
琥神はそんな俺に気付いたのか、俺の顎を掴んでまるで自分から目を離すな、とでも言うような顔で視線を合わせて来る。

「……っ」

サワリと服の中で皮膚に触れる感触。撫でるような手つきで、なんとなくいやらしくは感じない。それでも他人の体温は感じ取るもので、なんとなく変な感じはぬぐい切れない。
ゆっくりと琥神の手が上ってきて、シャツをまくり上げられて脱がされる。
貧相な上半身が晒されたところで、恥ずかしくはないけど……それでもなんだかその雰囲気に流されて琥神の顔が見れない。

ゆっくりと琥神が曝け出された腹に近付いてきて、琥神の唇から赤い舌がチラチラと覗く。

「ぁ……っ」

腹の溝を辿るようにツゥと赤い舌が線を描く。
臍に差し掛かるとペロリと舐められて、キスをされた。

なんのことでもないのに、自然と息が上がる。琥神のその動き一つ一つに目がいってしまって、見たくないのに見てしまう。そして、琥神と目があった。

「……いいな、その顔
全部俺のもんだ」

「ぁ、わ……っ」

サワリと脇腹を撫でられてそのまま手が上に向かった。脇をくすぐられて、腕を辿るようにしてシャツを全て脱がされた。
Tシャツから頭を抜くと髪の毛が乱れて目にかかった。

「…………」

琥神の手が顔に伸びてきて、目にかかった髪をサラリと退けられた。

「その顔、俺だけのものだと思ったんだがな」

「……え?」


「琥神」


俺と琥神以外の声が部屋に響いた。
もちろん使用人の声なんかじゃない、この声は……

「尊、遅かったな
先に始めていたぞ」

「琥神、永に手を出すのはやめてって言っただろ」

「ああ、いじめてはないぞ
俺なりに愛してるだけだ」

「……永、帰ろう
こっちにおいで」

その言葉を聞いた瞬間、琥神が俺の両手首をベッドに貼り付ける様に掴んできた。

「永は今、俺と遊んでんだ
……尊を捕らえておけ」

「ちょ、っと待って……なんで尊が……?」

起き上がろうと首を上げるが、腕を掴まれているからか首がつりそうになった。

「離せよ琥神……」

上にいる琥神を睨みつけるが、琥神はそんなのお構いなしに俺の首筋に顔を埋めてきた。
ジュルジュルという音を共に首筋に舌が這う感覚。まるででかいナメクジがいるみたいで思わず身震いした。

「鳥肌が立ってるぞ」

「わかってるから、やめろよ……」

首筋にいたはずの琥神の舌がどんどん上がって行って、琥神の吐息が耳に着くくらいまで上った。
耳たぶを甘噛みされて、吸われて、そして耳のなかに舌が侵入してきた。
音も感覚も何もかも初めてで、呼吸が乱れてしまう。けして感じてるとかじゃないけど……。
なんか、へんな感覚。

「琥神っ!」

「……っ……」

突然尊の声が響いて、現実に戻された。
そうだ、尊がこの場面を見ているんだった。
だだっ広いわけでは無いこの部屋のなかなら、少し離れていたとしてもこの音は聞こえてるし、何をされているのかもわかるだろう。
禄に抵抗もしていなかった自分が恥ずかしい……

「ら、琥神……やめろよもう……」

「なんだよ? お前もノリノリだったじゃねえか
……尊が気になるのか?」

「そうに決まってるじゃん……気にならないわけがない」

俺がぶすくれてそういうと、琥神は少し考える素振りを見せてから閃いたように笑った。

「尊も、同じなら気にならねえよな?」

「……なに……?」

「これ使えるな」

そう言って琥神が手に取ったのは俺のさっきまで着ていたシャツだった。
なんの変哲も無いただの安いシャツになんの意味があるんだ。

「尊、プレゼントだぜ」

琥神は俺の上から退いて、尊の元に歩いて行った。例の俺のTシャツを持ちながら。

「これ、永のシャツだぜ
嗅ぐか?」

いきなり始まった琥神の謎の行動を凝視していると、琥神は答えない尊の顔にTシャツを押し付けた。
な、なにしてるの……

「ほら、息を深く吸えよ
永の匂いがするだろ? ……永の汗の匂いに柔軟剤、家の匂いも」

「今日一日、永が着て過ごしたこの服の匂い
お前が興奮しないわけねぇよな?」

「な、何言って……!」

たとえ琥神が極度の変態だったとしても、尊がそうだとは限らないし。よりによってなんだって俺のTシャツなんだ、他にもっとあっただろうが……
こんなの、尊云々よりも俺の羞恥心を煽ってるだけにしか見えないんだけど……。

「まじでやめろって……」

何だって琥神はそんなことしてるんだよ……全く訳がわからない……。
琥神が期待してるようなことは尊に出来るわけがないのに……なにを勘違いしてるんだか、琥神のその勘違いにやっと気づいた……。
琥神は俺と尊の間に何かあるって思ってる。あまつさえ琥神がさっきまで俺にしようとしていたこととか、そんなことをだ。あるわけないのに……。

「はは、その顔だよ
永、ほら見てみろよ」

「…………」

琥神が尊の顎を掬って、こちらを見る。
確かに、なんというか切ない顔はしてるけど……だからってなんだ、男前度が上がっただけじゃないか……

「ちげえよ、こっちだ」

そう言って指さしたのは尊の股間……うそだろ……
琥神が指さして笑ったのは、尊の反応が期待していたものだったからで。 琥神が期待していた反応は、尊のそこが意思を持ち始めることだった。

「……っ……」

「ほら、尊
とうとう見られちまったぞ、なんか言ったほうがいいんじゃないか」

「だ、大丈夫だ尊っ
そういうのは俺たちにとってよくあることだから……お、俺も今そんな感じだし」

大体、普通なら琥神なんかで俺は興奮しない。
触られて、触発されて起つなんてよくあることだ。
中学生の頃なんか、女子を見ただけで……なんてこともあったくらいだし……うん。

「良かったじゃねえか、永はお前のその状態を分かってくれるってよ
……こっち、連れて来い」

使用人のひとにそう言って、琥神自身もこちらに向かってきた。
使用人の人たちは尊を引きずるようにして琥神の後に着いて来た。

ついに1メートルくらいの範囲に入って来た尊に、俺は思わず目を逸らしてしまった。
別にそれは尊をどう思ったとかじゃなくて、この状態を見られるなんて……恥ずかしすぎるし、どういう顔をしてこれから付き合っていけばいいのかと、そう思ってしまったからだ。

「ほら、今日だけ特別だ
永の秘密、お前も共有していけよ」

そう言ってベッドの上に腰を置いた琥神の左手は、言うが早いか、さらけ出された俺の腹に伸びてきた。
俺がびくりと反応をすると、琥神はフッと鼻で笑って俺の頬を撫でた……。



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