自由の国3


  


琥神は何が楽しいのか、俺の乳首をこねくり回して舐めしゃぶる。こっちから見える琥神はなんだか赤ん坊が母の乳を吸っているみたいで、なんとなく可愛げがある。
だけど、全然実際は可愛い行為なんかではなくて、そのギャップに頭は混乱しているんだけど……。

というか、なんでこんな辱めを俺が受けなくてはならないのかが、納得いかない。
琥神と尊は服を纏っているのに、俺だけがほぼ全裸に近い恰好で、あまつさえ股間を腫らしながら琥神の愛撫を受けているなんて。

尊は俺と琥神を食い入るように見つめて、何も口にしないし……この行為をどう思っているのかなんてわからないけど、それでもわかるのは尊も少なくともこの状況に興奮しているということ。それは尊の股間を見ればすぐに分かった。

「琥神、もうやめ……」

「ああ、こっちもいじれってか
可哀想に、涙を流してるじゃねえか」

「……あっ……」


先っぽの割れ目をツゥ、となぞられて腰がビクリと浮き上がる。
想定していなかった刺激に、まともに防御できなかった。琥神がニヤリと口許を釣り上げて笑う。
俺は恥ずかしくて目を逸らすと、次に目に入って来たのは尊の表情だった。

「……ッ」

「……おい、俺だけ見てろ」

「ぅ、」

片手で頬をギュッと掴まれて強制的に琥神と顔を向き合わされる。琥神の深海のような瞳の色と視線が絡み合えば琥神は口を歪めて笑い、そして段々と顔が近づいて来た。
瞬間、唇に触れる濡れた感触に思わず口内への侵入を許してしまった。そのまま割り込む琥神の舌に、蛇のような影を見た気がした。……身体の中に入り込んで、奥まで俺を犯す。そんな蛇だ。

俺の中の何か、本性だとかそんな感じの悪いものですら見抜くような深い交わりに、俺は思わず腰を引いた。とはいえ退路は無く、ただの腰の弾みに過ぎなかったが。
それでも琥神は俺のその気持ちを感じ取ったようで、腰の下に手を入れて、きもち引き寄せてきた。

「……琥神、」

それまで黙っていた尊が唸るように琥神の名前を呼んだ。琥神はその声にパッと身体を離すと、俺と琥神の間に銀の糸がツゥとひいた。琥神とある程度距離ができると、プツンと糸は切れて琥神の唇を濡らす。

「尊、お前は俺の半身と言っても過言じゃないからな
……褒美だ、こっちに来い」

琥神がそういうと、使用人の人たちがガッシリと掴んでいた尊を解放した。
尊は少しよろめていてから、俺を見据えた。

「……ッ」

尊の顔は熱に浮かされたような表情で、だからか瞳の強さだけが強調されている。
その瞳が、琥神のいつもの瞳と被って俺の心臓を掴むようだ。
ゆっくりと尊は近寄ってきて、琥神とは反対からとうとうベッドの上に乗り上げた。

寝かされている俺の左側に尊、右側には琥神。もう逃げ道は無かった。

尊は俺の前髪を掻きあげて、さらけ出された額に唇を落としてくる。そしてもう顔と顔がくっつきそうな距離で、俺の視線を射止めて来る。
尊の吐息が唇にかかって俺は思わず口を噤んで息を止めてしまった。

尊の唇に目をやると、ちらりと赤い舌が見え隠れする。そして色の薄い尊の唇を濃く濡らした。

それまで黙っていた琥神が吹き出したように笑ってから、尊を退けた。

「俺以外に欲情してんじゃねえぞ」

琥神の長い舌が伸びてきて、口内に侵入してくる。
一通り口内を舐めまわした後、歯列をなぞる様にして隅々まで琥神に侵される。

「……ん、は」

唇がジンジンとして、自分のものか琥神のものか分からない唾液が垂れた。
そこにすかさず尊が押し入ってきて、その川を舐め取るようにして舌を這わせてきた。

俺はそんな尊に吃驚していると、熱に浮かされた表情の尊が琥神と同じようにして舌を伸ばして来た。俺は思わず身を捩って顔を背けてしまった。
尊は傷ついた表情をしていたけど、でも……そんなことをしてしまったら、もう尊とは戻れない気がした。

「はは、永はよくわかってんじゃねえか
……イイコだな」

琥神がそう言って少しはにかんで、俺の髪の毛をかき混ぜるようにして撫でた。
尊が少し身じろいでから、枕に置いていた俺の頭を持って下に膝を割り入れてきた。
……そのせいで尊の腫れたそこが顔面のすぐ隣にあって、少し恥ずかしい。尊は何も思わないのかな。

そう思い尊を見上げると、こちらを潤んだ瞳で見つめる尊がいた。尊は随分切羽詰まっているみたいで、熱い息を吐きながら俺を見つめている。
内心叫びながら目をそらすと、琥神が使用人の人からまた怪しげな小瓶を受け取っているのが目に入った。

「琥神……?」

「今日は寝落ちなんて真似、させねぇからな」

「……ッ!」

琥神が言い終わった瞬間、股間の間にどろりとその液体が垂らされた。思ったよりも多かったその小瓶の液体は俺の股間からその奥まで、全てを濡らした。

「ハハ、ヒクついたの分かったか?」

さわりと、その液体の上から股間を撫でられる。
ネチャリという嫌な音が聴こえてきて、思わず両足を閉じた。

「足、押さえとけ」

琥神がそう指示をしたのは、他でもない尊だった。
尊は無言で琥神の顔を見返してから、俺の足を掴み膝を割った。

「……ぅう、」

琥神はそんな尊を鼻で笑い、そして俺の奥まった場所に手を伸ばした。
またあの感覚が来るんだ、そう思って思わず力を入れてしまった。しかし小瓶の液体のお陰か、にゅるりといとも簡単に侵入してきた琥神の指に思わず腰がベッドから浮いた。

「ああ、そっちのがやりやすいな」

そう言って枕を引っ掴んだ琥神は、俺の浮いた腰の隙間に枕を押し入れた。
俺はますます赤ん坊の様な状態になって、それがどうしても羞恥を誘う。全てを琥神に任せる様な形で曝け出して、あまつさえ親友である尊もその格好を見ているだなんて。

「……ぁあ!」

油断していると腹の中に入っていた琥神の指が、グンと中に突き入れられる様にしてさらに奥を抉った。
ハクハクと切羽詰まったような息をしていると、尊が掴んでいた俺の太ももを優しく指で摩った。

「中がうねって、俺の指を食ってるみたいだぜ」

琥神が興奮したようにそう感想を述べる。俺はもうこの状況全てから逃れたくて、気持ち的には気を失いそうになっていた。だからって意識を飛ばせるなんてことはなくて、寧ろこの状況を全てを身体で感じさせられているような気がした。

腹のなかで動く琥神の指先がいろいろなところを優しく引っ掻き、太ももに沈んでいる尊のピンク色の整った指先が優しく肌を摩り、顔の左側には静かに熱を持つ尊の中心が耳を擦る。

いつもならなんて事ない刺激でさえ、今の俺には鋭く感じるようだ。ちょっとした布ずれの音さえ、耳に拾ってしまう。

「琥神……やめて、……」

「……今更やめれるかよ
優しくやってるだけで精一杯だってのに」

「永、力を抜いてれば辛くないよ」

尊が静かにそう言った。太ももを摩る指はいつのまにか脚の根元に伸びていた。
さらさらとそこを撫でる尊には、最早親友の影なんてものは無くなっていた。

「尊、……俺は、」

ここから出たいんだ、
その言葉を飲み込んでから尊を仰ぎ見ると、尊は俺の顔をじっと見つめていた。そして俺と視線が合うと、みんなに向けるようないつもの優しい笑顔で俺に笑いかけた。

「ごめんね、永」

尊だけが、俺の事を分かってくれるって……そう思ってたのに……。

「ここでちゃんと見守ってるからね」

「……みこと、……っぅ!」

ずるりと入り込んで来た衝撃に思わず呻き声が口から出た。
恐ろしくなって琥神を見ると、琥神もこちらを睨み付ける様に見ていた。

「こっちを意識しないとそうなるんだぞ
わかったか?永」

「ぅ……うぅ……」

二本の指で広げられたそこが熱を持っている様で、ジクジクと存在感が増して行く。
琥神は怒っている様で、俺は浅く息を吐きながらコクコクと頭を動かした。

「……やめて、……痛くしないでくれ……」

「……分かってるよ
だからお前は俺の事だけを感じてろよ」

「……ん、」

それだけで、尊に意識を逸らすと琥神の怒りを買うと言うことは十分に分かった。琥神に従うようにして向き直れば、琥神はにやりと口元を緩ませてまたゆっくりと腹の奥を擦った。

そんなに怒るならば、尊を外に出してくれたらよかったのに。そしたらこんな赤ん坊のような体勢なんか見られる事なんかなくて、今までのように普通の関係でいられたのに……。

今更起こってしまったことを嘆くなんて、琥神の前では過ぎたことなのかも知れない。それでも嘆いてしまうのは、俺がこの国に反感を持っているからだろう。

この小さな小さな箱庭で大きく踏ん反り返っている王の前には、俺なんて小さくてなんてことないものなのかも知れないけれど。


「おい、もう元気が無くなっているぞ」

そう言われて意識が戻ったように覚醒する。
ずっと腹のなかを掻き回されているだけで、刺激が無かった俺の中心は、さっきの興奮とは無縁のようでくてんとして腹の上で琥神によって揺らされていた。

「……もう、いいよ……」

俺が少しぶっきらぼうに言うと、琥神はニヤついていた口元をキュッと締めて俺を見下ろした。
俺は脊髄反射的に、その琥神が良い方の反応ではないと言うことを知り、咄嗟に足を動かした。

「……尊、こいつの事を元気にさせてやれよ」

「……えっ、」

琥神は尊にそう言って笑い掛けた。
次の瞬間、俺の上で尊の喉がゴクリとやけに大きな音がしたのを、俺は聞き逃さなかった。

そして太ももにあった尊の手は俺の液体に濡れた股間に伸びて、水音を立てて握り込んだ。
びくりと俺の身体が跳ねて、同時に琥神の存在も感じる事となった。


器用にも2人の手によって染められた身体は、少し後には火照ってしまって、いつのまにか中心も首を擡げていた。

「ぁ、……う……」

ずるりと抜けて行くのは琥神の指だった。
スキンをつけた指はいつのまにか増えていて、まさかそんなに入ったのかと我に帰るほどだった。
琥神はそのスキンを床に放ると、また新しいものを後ろに下がっていた使用人から受け取った。

そして何事でも無いような顔で、自身の股間を曝け出した。

「うわ……」

思わず声が出てしまっても仕方ないだろう。琥神のそこは勃っていたのもあり巨大で、幼い頃に見た大人のそれを思い出させた。それくらいに見える自分との違いに、凹むやら悲しいやら。
しかしそれよりも目の前の現実に目を向けるべきだったのは次の瞬間にわかった。

「用意は出来たぞ」

スキンをきちんと装着した琥神は、その巨大なものを俺の股間と腹の上に乗っけてから笑顔でそう言った。

「俺の全てを飲み込んだら、ココが一番奥だな」

どう考えてもそんな巨大なものが奥まで入る訳が無いのに、琥神は俺のへその少し下をツンツンと指でつついた。
俺はいつのまにか息が荒くなっていて、自分の息で煩いほどだった。

「やだ……入る訳ないだろ、そんな……」

「そんな物欲しそうにガン見してんじゃねえよ」

俺はそこにしかもう目が行かなくて、じっとそれを見ていた。
俺は目を白黒させながら、慌てて琥神に弁解をした。

「そんなの入れたら、切れて医者を呼ぶ事になるぞ
……そしたら、」

「切れねえように俺がわざわざ濡らしたろうが
それに切れたって医者を呼ぶだけだ なんてこたねぇよ」

「で、でも……バレたら、」

「俺がやるって言ったらそれはもう周知される事だ
次に同じ事言ったら、尊のそれを咥えさせるぞ」

耳元で熱く滾っているソレを引き合いに出させると何も言えなくなった俺に、琥神は含み笑いをして見せた。

「……ぅ……」

ぬるり、と充てがわれたそこが一度滑るように表面を撫でた。
するとまたぬるり、と擦られる。
俺は思わず琥神を睨め付けると、ちょうど琥神は俺の顔を見ていて、目が合うと笑ったんだ。


「……ぐ、ぁあッ……!」

メリリ、と身体を貫かれる感覚に身体がビクリと震えて、背中がしなった。
かぶりを振ると、俺の頭が尊の腹を抉るように押す。それに気づいても俺は逃げることを辞めなかった。

「ひ、ぃだ……っいだぃ……ぅ、」

ズルズルと捩じ込まれる塊に、俺は腹を抑えながら顔を顰めて叫ぶ。

「ひっ……ぃ、むり、……っ
きれたって、……無理、切れたっ」

鉄の塊のようなものが腹を抉る感覚に、俺は目を見開いた。
すると、視界に映ったのは、他でもない琥神の顔だった。しかしその表情はいつもとは違い、眉間に皺を寄せて、歯を食いしばって何かを耐えているようだった。

「らいが……っ?」

「……きちぃ……クソ、ッ」

汗が琥神の頬を伝って腹の上にポタリと落ちる。
何故かそんな琥神を見ると力が抜けてきて、逆に冷静になってきた。
だって、今までこんな琥神を見たことない。いつも上からこっちを見下して、ヘラヘラ笑ってて、何考えてるかよく分からない。そんな顔しか見てこなかったのに。

「ほら、息をちゃんとして」

「……っ……」

尊の優しい声に我に返り、詰まっていたような息を吐き、そしてまた吸う。
何回かそれを繰り返していると、琥神の表情も心なしかいつもの勝気な表情に戻って行く。

「ダメだよ、琥神……こういうのは息を合わせてやらないと」

「……っせぇ」

「永が一番大変なんだから、永の事を一番に考えないと……」

「…………」

琥神は尊を睨め付けるように見るが、俺はそんな琥神から目を離さないでいた。
こんな格好悪い琥神、今までで誰も見た事が無いんじゃ無いかというほどの琥神に、何故か笑いなんて込み上げてこなくて。むしろ……、

俺は身体の横に置いてある腕を徐に掴んだ。
すると琥神が驚き、俺を見た。
俺はゆっくりと琥神に聞こえるように、口を開いた。

「……ゆっくり、優しくして、」

「……っお前……」

俺は琥神から目を逸らさずにそう言い切った。
すると琥神は何かを言いかけてから、息を一つ吐いた。

「……入れるぞ」

もう入ってる、なんて言葉は飲み込んでから俺はコクリと頷いた。
それを受け取った琥神は、ゆっくりと腰を進めて行く。

ぷじゅり、だかじゅぷり、だかの卑猥な音がして、琥神が腹のなかに入ってくる感覚。
ビクリと腹が波打って、琥神の腕を掴んだ手に力が入る。

思わず爪を立てそうになったが、息を吐き声を上げる事で気が逸れる。

「ぁあ……あ、はあ……」

グ、と途中で詰まるととうとう声をあげた。

「無理、もうはいんないっ
そこ……やめて、」

そう叫ぶと、腹のなかにいる琥神にまで響いたみたいだった。一瞬眉を顰めた琥神は、腰を止めた。

「そこ、ダメだっ……入れるなっ」

精一杯の声を振り絞って叫ぶ。
ある程度まで入ると、入ってはいけない様なところに辿り着いたみたいで、俺の中の何かが赤色に点滅して危険を知らせてくる。

「ぅあっ」

不意をついた様に、琥神の腰が引かれて身体がビクリと跳ねた。内臓を抉られるのが、こんな事だったなんて知らなかった。
敏感すぎて、引っかかりなどがすぐにわかる。

「ぃひ、ぃや……」

少し経つとまた奥に進む琥神、本当に優しくゆっくりとやってくれているみたいで、これがそういう行為だとなぜか思えない。
もっと、琥神ならこっちの言う事を聞かずにガツガツと獣の様に食らいついてきそうなものだと。

「ンぁ、」

しばらくそんな運動を繰り返して息を合わせて行くと、余裕が出来て本当にそんな雰囲気が生まれた。
そして気を抜いた瞬間にこんな恥ずかしい声も漏れてしまった。

「……んだその、甘い声は……」

驚いた顔をして俺を見る琥神だが、腰は止めずにいた。
俺も同じような顔をしていたと思う。開いた口からはまた吐息と喘ぎ声が零れた。

「ぁ、ぁ……」

「ほらね、一緒に息を合わせたらお互いに気持ちいいんだよ
……ね、永」

頬をするりと撫でられて、琥神以外の久々の刺激に身体がビクリと魚のように跳ねる。
そうだ、こんなところを尊に見られているんだ……尊はなんてことないような顔をしているんだろうけど、それでも俺は嫌だ。
いつも、尊に支えてもらってたのに、こんな変な所でさえも支えてもらうとか……バカバカしい……。

「ぁ、……あ、あ、あ、……っ」

パンパン、と肌と肌がぶつかるあの独特な音が部屋に響く。
思わず俺は自分の下半身に目をやってその光景を見ていた。

声はその振動と共に勝手に出てくるし、涙も目から勝手に溢れてきてもう自分自身で体を制御することが出来なくなっている。
こんな感覚始めてで、もう何が何だか訳がわからない。

「ひ、ぃい、む、りっ……あっ」

頬をさすっていた指が下に伸びて、乳首をキュウ、と抓った。
俺は獣の様に喘ぎ声とも叫び声とも取れる声を上げて腰を逸らした。

「……っそ……ッ」

「あぁっ……らいがっ……あっ、あっ」

琥神の腰を打つ速度が速くなっていって、同時によく分からないような感覚の所を穿つ。何度も何度もジュクジュクとそこをいたぶられて、俺はずっと喘ぎっぱなしだった。

「ぁ、っあぁー……んぁ、……」

「……あれ、永……、」

「ぁー……んぅー……」

壊れたオモチャみたいにあーとかうーとか叫び声をあげながら、琥神に揺さぶられるがままに跳ねる身体。
何か尊が言っているが頭に入ってこない。

「ァ、あぅ……あっ」

バチュン、という音がしてから腹のさらに奥を抉られて、あの入っちゃ行けない所を抜けた感覚がした。それだけは分かって、俺はさらに叫び声を大きくした。もう、ろくに呂律が回らなくなっていた。

足が宙をかくようにバタバタして、つま先がピンと張る。カエルみたいな格好だからより一層滑稽だろうその姿は、今となっては羞恥心なんか一つも無くて、永にとってはただの体の反射に過ぎなかった。

「……ッく……はあ……」

「ぁー……ァ、んあぁ……」

「……永、その顔かわいいね……」

尊の笑う声がどこか遠くで聞こえる。
クスクスとくすぐったいような、風みたいな笑い声。

「……オイ、大丈夫か」

「ちょっとだけ待ってあげてよ……気持ち良かったんだね」

「これ飛んでるだろ……」

「……あー……ぁあ、」

何か言っている二人に向けて出た言葉なのに、まともに喋れなくて、まるで喋れない赤ん坊の様な言葉にならない声を上げる。
視点が合わなくて、ぐるぐると視界がぼやける。

「……おい、オイ……」

ペチペチと、音がして、何度かに渡って頬に軽い衝撃が走る。

「ぁ、……ぁあ?」

目を何度か瞬いて顔を向けると、だんだんと琥神の顔がよく見える様になった。
なんだ、今の感覚は……。

「大丈夫か」

「……あ、……はぁ……」

声を出そうにも出さなくて、気付くと身体がダランとなっている。力が入らない。
口もろくに閉じれなくて、喉が渇いている。

「水、持ってきてあげて下さい」

「……こんなんで飲めるのか?」

「分からないけど、喉が渇いてるんじゃないかな」

「コレ抜いたらヤバイよな……」

腹をサワリと何かが伝って、優しく何往復かしている。

「……ぁー……んん、」

「永?……分かる?」

「んー……みこと、」

視線を動かして尊を探した。視界に入った尊はとてつもない笑顔で、嬉しそうにしていた。

「オイ、先にこっちだろうが」

「……う?……琥神」

鼻を摘まれて尊から視線を逸らしてそっちを見る。すると琥神が眉間にしわを寄せてこっちを睨めるように見ていた。
だが、その表情は心なしかいつもよりも優しく見える。

「おれ……どうなって……」

「少し寝てたみたいだね、」

「腹がジンジンする……」

「…………」

腹を見ようとして気付いた。
まだ、腹のなかにある長大な存在がひくりと震えた事に。

「……や、もお……やだ……やめて……」

「……ちょっとだけ我慢してろよ」

「やあああ……ぁっ……や、ぁー」

ズル、ズルルと腹のなかから抜けていく感覚。気持ち悪いのに、なんか変な感覚で、ジンジンと疼く。

「……し、」

「んっ……うぅ……」

つるりと先端が抜けるのがわかって、俺は息を吐いた。

「ぁ……中が、あいてる……」

「……あいてねーよ、」

「うそだ……」

微睡んでいるような感覚で、舌ったらずの口調になってしまう。
なんでか力が出なくて、四肢をだらりとベッドに放っている。

「……ほら、こんなに出たぜ」

「……んー……?」

目の前にぶら下げられたものをよく見てみると、たっぷりと中身の入ったスキンが目に入った。

「や……きもちわる、……」

「愛の証だろ、キモイなんて言うんじゃねえよ」

顔を背けると、琥神がそれをどこかへほっぽったみたいだった。
指一本も動かせないような怠さに、俺は息を吐いた。

「頑張ったね、永……」

冷たいものが耳に当たって、びくりと肩が跳ねた。
甘くて優しい尊の声が耳に気持ちいい。まるで絵本でも読み聞かせて貰っているような心地だった。

「ほら、水だよ」

目の前に赤と白の細いものが出されて、思わずより目をして見てしまった。それはストローだった。

「……ん……」

口元に寄せられたストローに吸い付くようにして、水分を含む。
喉に指が当たる感触があって、動く喉をなぞられる。なんだかそれすらも心地よくて好きにさせていると、だんだん猫のように首元を擽られる。

ストローを口から離すと、少し水が溢れた。
首元の指を捕まえて、その指の持ち主を辿ると琥神が変な表情をしながら俺を見ていた。
変な表情っていうか、今まで見たことないような顔で……俺は少しびっくりした。
今日は驚く事ばかりだ。


「お前は、……本当に懐かないよな」

ポツリと、独り言のように言った琥神は自嘲するように片方の口元を上げて笑った。



その後は微睡んでいるうちに眠ってしまって、起きた頃にはもう朝が来ていた。というのも使用人の人が朝だと起こしてくれて、朝食を用意してくれたからだ。

身体の至る所に激痛が走り、ベッドから立ち上がれない俺に使用人の人が律儀にも車椅子とかを用意してくれていて……本当に至れり尽くせりだった。いつのまにかパジャマも着ていたし……きっと着させてくれたのだろう。

最中に体温とか、脈?とかを測られて色々されてびっくりしたけど、要はあんなことをして健康でいるかが知りたかったんだと思う。
でもそんな事情を知っている使用人のひとが、少しだけ怖く思えた。

尊も、琥神も、仕事で出払っているらしく、二人が来るまで今日は帰らせてはくれないらしかった。
……何となく雰囲気からは予想していたけど、使用人の人も決められた事しか話せないらしくて、それだけなのにそれが苦痛に感じた。

会話の代わりに与えられたのは何冊かの本で、俺はそれを読みながら二人が帰って来るまでの時間を潰した。


「琥神」

「起きたのか」

「うん……」

本を読んだ後にベッドに横になっていたが、どうやら疲れのせいで寝てしまったらしい。
起きると既に琥神が部屋の中にいて、ソファに座っていた。

「尊は?」

「茶、淹れて来るって」

「……あぁ」

昨日、あんなことがあったと言うのに、俺も琥神も心が死んでいるのかもしれない。
少しも恥ずかしくない、というか、いつも通りみたいだ。
……でも、なんとなく尊とは顔が合わせ辛いような気がしなくもない……。

「正式にお前の処遇について決定が出た
ここで使用人になる為に、見習いとして家を出でもらう」

「……え……俺、ここから出られなくなるの……?」

「どうしても出たい時は俺と一緒になら出させてやるよ」

「でも、まだ見回りとかあるし……尊一人じゃ大変だろ」

寝起きで回らない頭で言い訳を考えるが、内心もう答えは見えつつある。
こうやって琥神が言い切ったことは今までに大体が本当にその通りになって来た。
多分今回もそうだ、このまま琥神の思い通りに事は進んでいくだろう。

「それは元々他のヤツに頼んである
尊はボランティアで、お前もその付き添いだ」

「そう、なんだ……」

「尊ももうそろそろ本格的にこっちに携わることになる
そしたらお前なんて二の次、三の次になりかねない」

琥神はなんだか少し疲れたような顔で、俺を見て笑った。
琥神はまるでそれを望んでいるような、そんな雰囲気だった。

「だから俺がお前を引き取ることにしたんだ」

「引き取るって、なんだよ……俺は別に尊と離れても、尊のことは誇りに思うぞ」

「……これが尊の望みなんだよ」

「……尊の望み?」

思ってもいない言葉が琥神から出て、俺はそれに目を丸くした。
尊が俺をここに引き留める事を望んだってことか?
……それとも、俺の将来が心配になったとか、そういうことか?

確かに、ここから出て行ってその先のことはまだわからない。
頼るものも無いし、頼れる人もいない……。

「これはもう決まったことだ
荷物はこっちで手配するから」

「まっ待てよ! なんでそんな急に……
も、もしかしてあれだろ、昨日身体を繋げたからって俺に情が湧いたんだろ?」

俺は少し焦って、挑発するように琥神にそう言った。
火に油を注ぐだけのことは分かっているけど、でもこうでもしないと琥神は自分の思い通りにことを動かしてしまうだろうことは分かりきっていた。

「情?
それなら大分マシだっただろうな」

「な、なんだよ……」

琥神が俺を馬鹿にするように、フッと鼻で笑った。

「情なんてありきたりなもんじゃ言い表わせねぇよ
こんなのはそんなお綺麗なものじゃないからな」

「……?
それって、どういう……」

俺が言いかけた時に、ドアが音を立てて開いた。
そこにはカップの乗ったトレイを持った尊が立っていた。

「あ、起きたんだ
丁度良かった、これ今日貰った茶葉で入れた紅茶なんだけど……」

「尊、俺……ここで働くことになるのか、」

こっちに歩み寄って来た尊が俺の言葉にピタリと足を止めた。
尊の恰好はいつもよりもかっちりとしていて、それがよりいっそう琥神の話が現実だと認識させられる。

「……そう、だね
……そういうことになるかな」

「琥神がそう決めたんだよな?
尊は反対してくれたんだろ?」

俺は尊に怒ってない、と伝えるように笑顔を見せる。
尊は曖昧な表情をして、トレイを琥神の前にあったテーブルに静かに置いた。

「僕は反対していないよ
むしろ、それで良いと思ったしそれを望んだ自分がいる」

「……なに、なんで……
俺、ずっと尊に話して来たじゃないか、それで尊もいいねって……言ってくれたのに、」

俺はここで働くことよりもなによりも、尊に裏切られたのが悲しくて、思わず尊に恨み言を言ってしまった。

「うん……本当にそう思っていたよ
でも、それでも僕は悲しかった……いつか置いて行かれるって分かったから」

「……尊、」

「本当に、昨日まではどうにか永をここから出してあげたいって、そう思っていたよ
だけど、昨日の琥神を見た時に多分それは不可能だって気付いたんだ」

「…………」

俺は思わず琥神を盗み見た。この会話を琥神の前でするのは、尊にとって悪いことなんじゃないか、と気付いたからだ。
琥神は、相変わらずソファにふんぞり返って、のんきに尊が淹れた紅茶を啜ってこちらを見ていた。

「僕は、ここから出られない
だから、永がここから出たらきっとなにも助けてあげられないんだ」

「そ、そんなの分かってる……でも、俺はここから出たい」

「出て、ダメだったら?
琥神のような人はこの世の中にいっぱいいるんだよ」

「ハッ、まるで人をゴミ見たいに言うじゃねえか」

「言葉の綾だよ、琥神の感覚が世間一般の常識かもしれない」

「まあ、そうだな
ここは生ぬるいぜ、ずっと湯に浸かってるようなもんだ」

なんで。
なんで二人とも、そんな笑って話してられるの。
……尊、俺は尊のこと、信じてたのに……。

「俺たちももうそろそろ成人だ
ここの主権は俺と尊……まあ事実俺たちが握る事になる筈だ」

「……だから何だよ、俺は出て行く」

「馬鹿か、行かせねえって言ってんだろ
お前の出国許可も俺たちに掛かってるんだから」

「せ、成人になる前に……」

「永、もう無理だよ
それまで永はここにいるんだから」

俺が反論しようと琥神の言葉の揚げ足を取ろうとすると、俺たちを見守っていた尊がそう付け足した。

「それまでじゃねえ
それからも、だろ」

つまりずっとだ、そう言って琥神がまた紅茶を啜った。

「な、……」

俺はもう何も二人に言う言葉がなくなって、はくはくと息だけを吐いた。

「観念しろ
お前にとっての自由の国はもう終わったんだよ」

「……元々、自由なんて……」

「今まで自由にしてやっただろうが
尊も側に置いてやったし、ちゃんと家で母親の飯食えてただろ?」

俺は琥神を睨みつけた。
しかし琥神はそんな俺なんか気にも留めない様子で、そのまま話し続けた。

「何より俺はお前に手を出したりしなかっただろうが
……でもこれからは違う、全部俺のものだ」

琥神はしっかりと俺の目を見て、そう言い放った。
まるで元々自分のものであった様な、人に貸していたとでも言うような言い方に、俺は思わず息を飲んだ。

「尊と会うのは……俺と一緒なら、まあ、許してやろう
だけどそれ以外はダメだ、この家の者以外には合わせない……勿論家族もだ」

「…………」

尊も、静かに琥神の言葉を聞いている。
その琥神の暴君の様な言葉に、反論は無いようだった。

「まあ、今は理解できないだろうが
そう言う事だ……暫くはこの部屋で、考えを改めておけよ」

琥神は言いたい事だけを言って、カップを置いて出て行ってしまった。

「たまに、顔を出すから
……変なことはしちゃダメだよ」

残された尊が俺を元気付けるように笑って、そう言った。
……俺は、そんな尊の笑顔も好きだった……のに。

「琥神の味方になる訳じゃないよ、ずっと永を大切に思ってる
だけど……きっと僕の事、解らないよね」

琥神に向けた様な、睨んだような顔は出来なくて……俺は尊から視線を逸らして話を聞いていた。

「いつか分かってくれるといいな……僕は永の邪魔をしたい訳じゃないんだ」

カップがカチャリと音を立てて、トレイの上に乗せられた。
尊の淹れた紅茶も、温かさが丁度良くて好きだった。

「じゃあ、僕も行くね……おやすみ、永」

尊が部屋を出て行くまで、とうとう目すら合わせなかった俺は、一人残された広い部屋で思わず溜息をついた。

「……分かんない、琥神も……尊も……全然分かんないよ……」

琥神なんて元々分からなかったのに、更に拍車がかかった。
だけど、それよりも俺の心を締め付けたのは、尊の突然の裏切りだった。

でも、尊は俺の邪魔はしたくないという……そんなの矛盾してるだろ?

「なんで、俺だけがこんな思いをしなくちゃいけないんだよ……」

おかしい、俺は別に悪いことをした訳じゃない。
むしろ、今まで真っ当に普通に、暮らしてきた筈なのに……。

俺の問いは誰にも拾われず、ただ部屋に響いて消えて行った。



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