ほら、おんなじ穴のなか





「掃除しとけよな」

そう言いながら、自身の身体を拭ったタオルを投げ付けられた。

「…っ…ぅ、…」

身体は既に満身創痍で、動く気力も体力も何も無い。…それはアイツも分かっている筈なのに。
痛む身体を起こすとシーツに血が付いているのが見えた。

「…クソッ…」


俺はここの屋敷で働いている両親の息子だ
…要するにここの屋敷の使用人が俺の親だ。
だから、そのお屋敷の御子息や奥様、御主人様には逆らってはいけないと昔から言われ続けてきた。それはまあ、分かってるし守ってるつもりだった。

だけど、流石にこれは無いと思う。
…でも、事が事だけに誰に言えるのか、言っていいのかが分からない。両親だけには絶対言いたく無い。

その御子息様にレイプされてるだなんて

…口が裂けても言えないし、言いたくない。
きっと二人は後悔するし、自分を責めるだろう…それが分かって居るから尚更だ。
あいつも、分かっててやってるのだろう…最悪だ。

ここから早く出て行けばいいと思うかもしれないけど、まだ俺は学生でしかも御子息様と同じ学校だ。
どっちにしろ何も変わらない、それどころか悪化するだけだ…

「飛鳥、お早う」

ぽん、と肩が叩かれて振り返るとディーンが立っていた。
ディーンも俺と同じく、母親があの屋敷のメイドさんをしてるんだ。…多分あのお坊っちゃまには手は出されて無い…と思う。理由は…

「…今日も見上げるほどデカいな…」

「え?…そうかな?」

190を越したこの身長…それに見合う体躯でもあるし、お坊っちゃまはこれよりは少し低い位だったから…丸め込める訳がない、返り討ちされて終わりだ。

「…俺もそれくらいでかくなりたかったなぁ〜」

「えぇ、飛鳥はこのままでいいよ!丁度良いもん…」

悲しそうに眉尻を下げるディーンはなんだか大型犬のようだ。だけど言っていることは俺からしたら嫌味みたいなもんだ。20センチ位差があるんだぜ?

「…あ、」

背後から一台の車が通り過ぎた。
一瞬だけ見えたのはあいつの顔だった、…ま、分かりやすい黒塗りの車だもんな。

「銀次さんカッコ良いよねぇ」

「…そうか?」

俺はちょっとびっくりしながらディーンを見た。
カッコ良いって、…まぁ顔だけなら良いけど…あの性格だぞ…?

「ディーンの方が全然カッコ良いだろうが…」

「えっ!本当に!?」

「俺もディーンみたいになりたかったもん」

身長のせいでいつも上目遣いになってしまう無様さはディーンには分からないだろうしな。

「そ、そっかぁ…へへ」

そうこう話している間に学校へ着いていた。

「じゃあ、また後でね。」

「おう」

そう言って手を振った。
ディーンとは別のクラスだ。
俺のクラスには、

「おはよう。」

「……」

「僕が挨拶してるんだから、返してくれたって良いんじゃない?」

「…はよ。」

俺は視線を合わせずに渋々そう返した。
すると目の前の人物はフフ、と笑い声を漏らした。
ディーンのクラスにはうちの坊ちゃんがいるけど、このクラスにももう一人坊ちゃんがいる。
…それがコイツだ。

「ちゃんと、目を合わせて言わなきゃね?」

「……」

「まあ、今回は許してあげるよ。」

「……」

なんか良く分からないけど、銀次の家である華彩と敵対してる式島という家の次男らしい。
立場的には銀次と一緒ってことだろうけど…
その華彩の家で使われてる俺を目の敵にしてくる…ディーンだっているだろうに、俺だけ。

「…なんで俺にちょっかい出してくるんだよ。」

「はっ!?ちょっかいなんて僕が出すわけないじゃん。」

「不満があるなら華彩に直接言えばいいだろう」

「…別に不満とか、無いし」

「まあ、俺がどうなってもアイツには関係無いだろうけど。」

だから俺にちょっかい出しても意味無いぞ、という言葉を暗に示してみるが。

「そ、そうなの。」

「ああ」

式島はちょっと動揺したような声を出す。
なに、そんなに華彩に構って欲しかったのかよ。
だったら直接本人に言えばいいだろうに

「じゃ、じゃあ僕の家に来てよ!
華彩の家から出て、式島の家に入れば?!」

「……はあ?」

「だって、華彩が君の事どうでも良いならうちに来ても良いってことでしょう?
…華彩の家の給金の2倍出すからうちに来てよ。」

「…2倍…
俺、何にも出来ないぞ。学校にも通いたいし」

「うん!良い!家に来てくれるだけで、…す、住み込みで。」

「………」

ぶっちゃけ、俺は華彩の家から金をもらってるわけじゃ無い。俺の両親が華彩で働いて給料を貰っている訳で…、でもこいつなんかちょろい?
家に来てくれるだけって…友だちいないのか?

ちょっと式島の姿を上から下まで見定めてしまう。
確かに友だちいなそう…

「だ、駄目っ…?」

「まあ、アルバイトってことなら良いか。
住み込みって言っても、親に心配は掛けたくないから週3日くらいは華彩のとこに戻るからな。」

「週4日も家に泊まってくれるの…っ!」

「…まあ。」

「まって、待って、…パパに報告しなきゃ!
絶対だよ!絶対家に来てねッ」

そう鼻息荒く言って、担任が教室に入ってくるのと入れ違いに式島は出て行った。
住み込みで華彩の家の給料の倍だなんて、式島の家も太っ腹だな。しかもやる事は式島の友だち係だろ?ハハ


「えっ!?何でそんな事になったの?!」

昼休み、いつも通りディーンと昼飯を食べている時に朝にあった事を告げるとそんな反応が返ってきた。

「まあ、そんな訳でアルバイト始める。
もしこれで金が貯まったら華彩の家に頼らなくて済むかもしれないからな。」

俺も両親も。
…両親は元々華彩の家に拾われた…らしいけど、そんな所でずっと住み込みで働くだなんて嫌だろ?
だから今度は俺が助けてやるんだ。
…俺だってずっとアイツに良いように使われているわけにはいかない。

「じゃ、じゃあ俺ともあんまり会えないってこと…?」

ええ〜!と何だかウルウルした瞳でそう聞かれる。
190の男がそんな情けない顔してる、だけなのになんだか可愛くみえるのはなんでだろう。

「…ディーン、そんな顔するなよ。
別に一生会えない訳じゃないんだから、って言うか俺たちは友達だろ?」

「!飛鳥ぁ!」

ギュウウ、と身体を締め付けられるように抱き締められる。とても収まりが良い気がするのは体格差か…?



「こ、ここが式島家。」

「うん、そうだよ。」

何故か腕を後ろに回されて、腰辺りを撫で回されながらそう答えられた。
華彩は洋風な建物だったけど、式島はザ・和風といった感じだ…。階段が無さそう…。あと絶対池に鯉がいると思う…。

「…で、俺は何をすれば?」

「僕に付き添って色々な所について来て。
今日は稽古も無いから部屋で一緒に過ごしてくれれば良いから。」

「ん。」

ちょっと前まで、毎日陰湿な事をされていた気がするのに今では付き添いか…金持ちの側にいると目まぐるしい事ばかりだ。…華彩の事も含めてな。

「…あ、お茶!持ってきて!」

多分式島の部屋に入る前にそう大声で言って振り向いた。

「はい、承知しました。
ご一緒にお茶請けなど如何ですか。」

「うん!」

そう言って俺の後ろにいた、感じの良い男の人が頭を下げて去っていった。
俺に言ったのかと思った、反応しなくて良かった…。

「ほら!座りなよ!」

座布団をポンポンと叩く式島に俺は若干引きながら、言われたまま座る。
見回してみると、やっぱりと言うか部屋はでかかった、ツンとしてないふんわりとした優しい花の匂いがする。

「広いな、この部屋…。」

「え、そうかな。
まだ、ここは小さい方の部屋だけど…」

「…そう。」

そうだ、式島の家だって金持ちなんだ。そんなの外観から分かってたことじゃないか。
けど、和室なんて華彩には無かったから、やっぱり広い。

「な、何かするかい?」

「何かって?」

「う、…んー…」

そこでハッとする。
そうか、式島は俺と遊びたいのか…いやでもこんな歳で遊ぶって…。
ディーンとは漫画を読んだりテレビを見たり、個々で好きなことをしているけど…式島ってなにが好きなんだ?

「式島は普段なにをしているんだ」

「僕は…稽古をやっているか、お花を生けたり、…とか…本も読むぞ。」

「…あぁ、そうか…漫画とか、読まないのか?」

「漫画って幼稚なものだろう?
あ、でも絵を見るのは好きだけど…。」

「…漫画って良いもんだぞ、今度持ってきてやるよ。」

「……うん。」

顔を赤くして俯いた式島にちょっとギョッとしてから、俺は目を逸らした。
なんだか調子が狂う…。


「どう?飛鳥!」

そう言って生けた花を見せてきた式島。

「ん、…んん…。」

なんと感想して良いのか分からない。
そもそも生け花ってどこが良いんだ…?

「飛鳥をイメージしてみたんだ、…飛鳥の部屋に飾っといていいよね!」

そう言って飛ぶように去って言った式島に俺はなにも言えず、そのまま背中を見送った。

「……」

バイトという名の子守りを始めて2週間目に突入したが、何故か式島がとても俺に懐きだした。
2週間前の教室でのやり取りが懐かしく感じる、むしろあの時の式島はどこへ行ったのやら。

でも、なんか思っていたよりも全然待遇は良くて…バイトと言うよりも居候だとか…お客さんとして扱われている気がする。
夕飯だってとても豪華だし、華彩…と言うか実家?にいたときより快適な生活を送っている。

至れり尽くせり、ってやつだよな…。
ご飯だとか手伝おうとしてもお仕事内容には含まれていないので、とか偉そうな使いの人に言われちゃったし。
逆に金を払う側な気がするけど。

「飛鳥っ!
今日お泊まりだよねっ?」

「え、あぁ」

「じゃあ夜更かしをするぞ!」

明日は稽古が無いと張り切ってたけど、そう言うことか。
やっぱり式島って友達いなかったんだなぁとしみじみ思わせる言動の数々になんだか俺もすっかり棘を折られて、母親みたいにはいはいと式島の言うことを聞いてしまっている。


結局式島は1時を過ぎたところで寝落ちしてしまい、まあ予想よりは少し踏ん張ったぐらいか。そこで夜更かしと言うお遊びは幕を閉じた。

朝になると起きた式島はぎゃいぎゃいと騒ぎだし、夜更かしが完了出来なかったことを嘆いていた。
…本当にガキだ。

「次はオールナイトだ!」

止まった翌日は式島の車で学校まで送迎してくれる。制服と鞄以外は式島の家で用意してくれているので持ち物は二つだけ、何度も言うように本当に至れり尽くせりだ。後が怖い。

「行ってくる」

「ありがとうございました。」

それぞれに運転手さんにそう言い教室に向かう。
最初は何だかみんな遠巻きに俺たちを見ていると言う気がしたが、最近は特に珍しく無いのかそういった視線は感じなくなった。

「今日は家へ帰るよ」

「あ、うん…分かってる」

しょぼん、とした雰囲気を背負う式島に俺は言葉に詰まる。
こう言う時は寂しく無いよ、だとかそんな事を言えばいいのだろうか。よく分からないけど、変な事をするよりは放っといたほうが良いよな。


放課後になり嬉々としてディーンを迎えにいったが、ディーンは委員会で残るらしく一人で帰路に着いた。

「…おい」

「…わっ…!」

正面玄関から入るのではなく、裏口から入る。
それが規則というか、使用人の間では言わずとも知れていた事だ。
正面玄関はお客様と鉢合わせしないように使わないことになっているし、華彩の人の妨げにならないようになっている。…のだが。

「な、なんでここに…」

あの、忌々しい顔をした御子息様が裏口で立っていた。あいつがここに立つだなんて。

「お前最近式島の家に入り浸っているらしいな」

「…だから、なんですか。」

そう俺が言うと頭にきたらしく、御子息様の目の下がピクリと動いた。

「式島のあいつに入れ込んでるのか」

「…そんな事はない、です。
…アルバイトをしてます。」


「カラダかよ」

一拍空いてそう蔑む様に言い放った華彩に一瞬ハテナが浮かんだが、すぐ理解した。

「式島はあんたとは違うっ!」

「へぇ、例えば?」

「…あんたみたいに襲って来ない、それに…
…式島は意外と良い奴、だし…。」

「へーえ」

「…別に、俺が何してようと関係ねえだろ。
俺は使用人の子供だ、使用人じゃない」

そう言って通り抜けようと華彩の横を潜った。

「来い」

が、通り抜けた瞬間に腕を掴まれてそのままズンズン歩いていく華彩。
何処に行こうとしているのかは大体予想付いていた。

「離せ、!ふざけんなよ、…」

もうやりたくない、あんなこと。

「お前の親、いつでも出てっていいんだぜ」

けど、こう言われると…どうしようもない。
華彩の家は大きい。地位が高く昔からの名門であり、華彩をクビになると言う事は余程の事をして見限られた者らしく、再就職は厳しくなると言う。

嘘か本当かはわからない、けど…こいつがその息子だって言うことに変わりはないから、従うざる負えない。

「…サイテーな野郎だ…」

「あ?なんか言ったか?」

「………」


その日は普段華彩がしない前戯だけでくたくたになるくらい時間をかけられて、それからねちっこく突いたり止まったり…まるで焦らす様に追い詰められた。
分からない。そう言う気分だったのかもしれないし、俺への当てつけとかお仕置きかもしれない。

とりあえず今日の体調は優れず、休んでしまった、
本当なら式島の家に行くはずだったけど、メールで休むという連絡を入れた。


「…飛鳥…?」

「ディーン」

誰かが部屋に入ってくる気配に目を開けるとディーンが目を潤ませながら、こっちへ来ていた。

「大丈夫?」

「…あぁ、」

「式島くんがね、心配してたよ!
わざわざ俺の所まで来て、なにか贈りたいって!
でも、何がいいか分からないって言ったらこれ…フルーツくれたよ!」

ディーンが後ろを指すと、よく見ればダンボールが積んであった。二箱、…まさか。

「メロンだとかぶどうだとか、いっぱい入ってるって!式島くん、いい人だね〜」

ニッコリとディーンが笑いながら駆け寄って来た。

「何か食べたい?」

「…や、今は…
ディーンは?」

「えっ?…えへへ」

ディーンは確かメロンが好きだったはず。
だから1番にメロンの名前を出したに違いない。

「メロン、切ってもらえよ。
あとは冷蔵庫入れといて、…勝手に食っていいから。」

「やったぁ!!お母さんに言ってくる!
ちょっと待っててね〜」

本当に嬉しそうに、ダンボールを軽々運んで行くディーン。…やっぱり190もあれば力もつくんだろうな。


「すっかり元気そうだな」

ぎくり、と身体が固まった。
入り口に立っていたのは今一番…いやいつでも会いたくない奴だった。

「まだ足りなかったか?」

「もう、今日は無理だぞ…」

「腫れてたもんな?」

俺はキッと華彩を睨み付けたが、華彩はそんなのでは怯まないみたいだ。当たり前か。

「でもな、もう一個穴があるだろ?
それに手だってある。
穴が使えねえなら、全身使って俺の事を悦ばせろよ」

そう言ってベッドに体重をかけて来て、スプリングが軋む音を立てた。

「や、やだ…やめろ、くるな」

無理やり毛布を引っ張られて、Tシャツを捲り上げられた。
ディーンが来るかも知れないのに、こいつは本気でヤろうとしてる…!

「マジでやめろって!ば、この!ディーンがっ」

「別に見せ付けてやりゃあいいだろ?あ。式島にもハメ撮り送ってやるか?いいだろ?」

「っ!本当に、やめ…」

「じゃあ式島の家を辞めてこい
どうせ金には困らねぇしな。」

「、そんなの」

俺にお前の奴隷になれ、ってことだろうが。
何でお前なんかに縛られなきゃならないんだよ…。

「…分かった、…」

「…聞き分けがいいじゃねえか」

そう言って華彩はニヒルに笑ってから、俺の上から退いた。
そして何かを言おうとして口を閉じた。

「あ、銀次さんっ」

この場に似合わない明るい声で、ディーンが盆を持って入ってきた。
俺はそそくさと乱れた格好を直す、ディーンは気付いていないみたいだ。

「…おう。」

「メロン持って来ましょうかっ?」

「いやいい。俺は帰る」

そう言ってさっさと出て行く華彩に、ディーンは少し名残惜しそうに見送っていた。

「せっかく銀次さんと話せる機会だったのになー…ね?飛鳥。」

「…別に、」

「えー飛鳥はクールだなぁ…あっ!
メロン!切ってきたよっ!」

大体、銀次さん…って同い年だろうが。
なんで同い年のやつに敬語だとか、そんなん…。
それにさっきは何て言おうとしたんだ?

「甘くて美味しいね〜」

「…ああ、」



「もう此処には来れない。」

そう告げると式島の表情はハッとしてから、すぐに笑顔に変わった。

「…冗談だよね?
僕にだってそれくらいわかるんだから!」

「冗談じゃない。
…華彩の家からしたら華彩の使用人の息子が式島の家に入り浸るのは駄目らしい。」

「っなんでっ?!良いじゃん別に、…
僕は式島だけど…そんな…息子だし…」

「途中で放り出してすまない。
けど両親があそこで働く以上ここには…」

「あ、そうかっ!
ここに家族で来ればいいんだよっ!
仕事ならいくらでも有るよ!」

ニッコリと笑って、俺の手を取る式島。
俺は内心何を…とも思ったが、華彩に永遠脅されておもちゃにされるよりかは、式島にずっと使われてる方が楽なのでは無いかと一瞬考えた。

「それは、」

「大丈夫だよ。僕がちゃんと何とかするから、
…ね?お願い…」

ギュウ、と痛いくらいに手を握られて、式島の表情を見ると何だか駄目とは言えなかった。

「…分かった。けど、親に言ってみるから一度家に帰ってそれで、…」

「大丈夫だよ、全部僕に任せてよ。
僕が全部やるから、飛鳥はずっとここにいて両親のことを待ってれば良いから。」

「…分かった、…」

ディーンには、学校で伝えよう。土日を挟むけど仕方ない、…か。俺の決めた事となればあいつだって
分かってくれる。





「式島の家になんか行かせねぇからな、」

月曜日の三限終わり、トイレに立った俺に式島がついて行くと言ったがそれを断り用を足し終えると、急に現れた華彩に低く吠えるようにそう言われた。

「……お、俺は式島の家に行くから…」

「んなの、許すわけねえだろうが。
お前は俺の所有物だって言ってるのが判らねえのかよ?」

「で、でも、お前に縛られるのなんてもう御免なんだよ!」

そう言うと襟を掴まれてトイレの壁に押し付けられた。

「お前…式島とヤったのかよ?」

「は?そんなわけ…」

「ならお前、これから痛い目見るぜ。
あの性欲の塊みたいな童貞お坊ちゃんのお相手でもして見ろよ?直ぐに帰りたくなるぜ。」

性欲の塊って…それはお前のことだろーが。
式島は単に友達として俺のことを慕ってるだけなのに、…本当に華彩の頭にはソレしか無いんだな。

「それに耐えられたとしてもお前は絶対に戻ってくるさ」

「……。」

「じゃあな、クソビッチ
…いや、またな。」

そう言って華彩はフッと嫌味っぽく笑い、トイレを去って行った。

「あ、俺手洗ってないや…」

結構華彩のこと、ベタベタ触った気がする…。
そんなのも気にならないぐらい華彩は……まあいいや、お返しだっつーの。

てか式島が童貞ってなんで知ってるんだよ!
まあ…確かに友達もいないんじゃ彼女なんているわけないよな…。

「!遅いよ!飛鳥っ!」

「ん、ああ。」

「心配だから今度から僕も…」

こんなのが俺とヤりたいって言うか?
…やっぱり華彩は頭の中がエロいことでいっぱいになる病気にかかってるな。

「ちょっと聞いてる?!飛鳥っ」

「んーはいはい。」



親には当分家へ帰れないことをメールした。
特に親は心配性とかではないから、大丈夫だろうけど…問題は華彩だ。
あの様子じゃ何かするってことは無いだろうけど、一応何かあったら連絡するよう言っておかないと…。

「なに?メール?」

「あーうん、親に。
あ、とディーンにもだ…」

「ディーン…あの子か。」

「あ、メロン…フルーツありがとうございましたって、ディーンが…言い忘れてた。」

そう言うと式島は頬を膨らませて不機嫌そうな顔をする。
そんなの今時のアイドルだってしないだろうに…。

「なんだよ、言い忘れてたって。悪かった」

「なんで僕は苗字なんだよ、僕も下の名前で呼ばれたい。」

何かと思えば…。

「式島の名前って、…きょう…いち?」

「そうだよっ!京市。
…でも、僕の名前知ってたんだ…そっか。」

「……」

喜んでるから敢えて言わないけど、ぶっちゃけ知らなかった。
けど使用人の人が京市お坊ちゃんって言ってるの聞いた気がしたから…良かった。

「飛鳥、僕といられて嬉しい?華彩の家より心地イイ?」

正座をしていた俺の太腿に手を置いた式島に、俺はちょっと身構えてしまった。
…華彩があんなこと言うから。

「あ?…うん、助かってる。ありがとう。」

「嬉しい?」

「…ああ、嬉しいよ。」

「ふふっ…そっかぁ…」

式島は何故かそのまま太腿の上で人差し指をくるくると、のの字を書くように回しだした。

「式島…?」

「違うってば」

「京市、…。」

「うん…そうだよ、飛鳥。」

「…ッ…」

ゾゾゾ、と背中に悪寒が走った。毛穴がブワッと開いた気がして、次に鳥肌が。
全身が今の式島を拒否していた。

「っ風呂、…入ってくる」

「…うん、行ってらっしゃい。」

俺は式島の家の客人としてもてなされているためか、風呂は式島と共同だ。
華彩の家では部屋に一つという感じだったから、ユニットバスだった。だからかここはなんだか旅館に来ているように感じる。
いや、もはや無料の旅館にいるようなもんか…。


「…次は一緒に入ろうね。」



「…驚くほど何もない。」

あれから一週間。
華彩の家に帰らないために洋服をめちゃくちゃ買ってきた式島を見てドン引いて、はたと気付いたら一週間。
何にも音沙汰がない…諦めた?諦めて、…ディーンに手を出した、なーんて。

「ははは…一応確認…。」

念のためディーンにメールを送るためにスマホを起動させた。

「…ッ」

着信、…ディーンだった。
こんな偶然もあるもんだ、と電話にでると。

『よお』

「……?」

誰だ…ディーンではない声。

「どちら様、ですか…?」

『お前のご主人様も忘れたっていうのかよ。』

「っ!お前ッなんで!
まさか、ディーンと、…」

恐れていた事態が…でもなんかディーンと、って…同意の上か…?

「…嘘だろ…。」

『なわけないだろ。…妬いてるのか?』

「はっんなわけ。」

妬くとかよりも先に衝撃が走るっつの…。

『まあでもその様子じゃあまだ持ってるってことか
お前アイツに無駄に愛されてるんだな』

「…はあ?だから式島はそんなんじゃないって…」


「僕が、なんだって?」

「…ッ…!?」

『よお、式島のお坊ちゃん。』

「っあ、」

するりとスマホを取り上げられて式島がそれに耳を当てた。

「なんでわざわざ電話を掛けてくるの?飛鳥はもう僕のものなんだけど?」

「俺は誰のものでもないから…早く返せよ、京市」

「…ふふ、うらやましいんでしょ。
…なに?」

少し、雰囲気が変わったような式島の反応に心臓がドキリと音を立てる。

「…おい、京市…。」

「…………、……」

無言で電話を切ったのか、切られたのか。
式島が振り返った。

「しきじ、ま…?」

「…違うでしょ、飛鳥。京市だよ。」

「京市、どうしたんだよ…変なこと言われたのか?華彩に…」

「うーん、そうかも。からかわれたのかな、僕。」

「ああ、…そうだよ。」

にっこりと笑う式島に俺もぎこちなく笑い返す。

「じゃあ僕が初めてだよね?」

「え?」

「僕が、全部はじめてなんだよね…?」

「………」

なんとなく、意味が分かった気がした。
初めてって、それは…。
ごくりと無意識に息を飲んだ音が部屋に響いた気がして、何度も唾を飲んだ。

「…俺は、そんな、」

「…かわいそうに、手が震えてるよ。何にも言わなくていいからね。
僕は飛鳥の何番目でもいいよ、」

そう言って抱きしめられた。
ぽたぽたと風呂上がりの式島の髪から水滴が肩に垂れてきた。

「…京市…」

「…でも、心のなかでの一番は僕がいいんだ。
だから今すぐ塗り替えてあげる。」

「…ッ…!」

グイ、と身体を押されて畳に背中を着いた。
ごくり、と上で喉を鳴らす音。
俺は目を閉じて、自分が宇宙人に連れ去られる想像をした。



真夜中、部屋をそっと抜け出してなるべく見つからないように制服と鞄だけを持って式島家から出ようと試みたが、やっぱりというか多分ボディーガードのような人がいたらしく追いかけてきた。


「乗れ」

あのバカ長い黒い車からアイツの声がして腰を叱咤しながらその車に滑り込むように乗った。
どうでもいいけど、式島のヤツ夜更かしとか言ってた時より断然長く起きてたじゃねえかよ…。

「どうだった?アイツは童貞の割には巧かったか?それとも、」

「…華彩、式島になんて言ったんだよ…。なんであんなこと、」

思っていた通り、コイツが仕組んだことだったらしい。
ニヤニヤと俺を見ながら笑っている。

「お前の声を聞かせてやっただけだ。真っ最中のな、」

「…死ね…」

なんで俺がお金持ち同士の喧嘩に巻き込まれなきゃいけないんだよ…。
楽しんでるのかもしれないけど、そんなのこっちからしたら迷惑…ってそんなこと一切考えてないからこういうことができるのか。

「言っただろ。お前は俺のものだ、俺がいらないと言うまではずっと俺のそばにいなきゃならねえんだよ。それが世界の決まりだ。」

「世界って、…」

「お前も満更じゃねえだろ、だから俺からは逃げなかった。」

俯いていた顎を掬い取るように上げさせられて強制的に目線を合わされる。

「俺の目を見ろ。」

「…見てる」

「もっと、強く。これからもずっとそうしろ」

「……」

なんだその、告白みたいな……告白にしては横暴すぎか…。

「…そしたら、俺がお前のことずっと世話して飼ってやるよ。」

そう言ってから俺が言葉を返すより先に唇を塞がれた。
キスしてる間ずっと俺の目の下を擦るように華彩の指は動いていたが、振り払うことはしなかった。

「…ッ…お前、」

「…仕返しだ。わざと式島とヤらせたから」

切れたであろう舌を少し確認してから、華彩は本当に楽しそうに笑った。

「これから飼い慣らすのが楽しみだ」



あれから家庭教師を付けてくれる代わりに、学校は中退をする事になった。
まあ正直、また式島と顔を合わせるということは避けたかったので良かった…のかもしれない。
あいつとの最中の事なんて、もう思い出したくもないし…。

華彩は何故かあれからオープンでちょっかいを掛けてくるようになった。とはいっても屋敷内だけだが。…俺が屋敷内でいることが多くなったからかもだけど。

両親には心配された。
後で知ったのだが、俺は式島に誘拐をされていたのだと思っていたらしい…通りでメールの返事がこないと思った。
ちなみにディーンもそう思っていたらしく、泣きながら飛び付かれた。

メールも届いていなかったらしい…と言うのも携帯が集められていたそうだ。それと屋敷の外に出れなかったみたいだ。
俺の、その誘拐みたいなのに関係あるらしいけど…。
内部に内通者がいたから、っていう理由だったみたいだけど…元から俺は誘拐なんてされてないし、普通に学校だって行っていたのに。

全てに引っかかりを覚えたが、何故そんな事をする必要があるのかが分からないためにあえて突っ込まなかった。

華彩も、そんな頻繁には手を出して来なくなったし…。
手を出してくる時も、なぜか前よりも優しくなった…気がする。
…俺も大分飼い慣らされているのかもしれない。


「飛鳥」

そう言われて弾かれるように後ろを振り向いてしまった。未だに慣れない低い声での名前呼び、…振り向くとやはり華彩が立っていた。

「…華彩、」

「もう勉強は終わったのかよ?」

「ああ。…お前は?」

「俺も」

「あ、そう…。」

なんか気恥ずかしい、だって俺と華彩だぞ…?
なのに、普通に話しているなんて。

「飛鳥、暇なら俺の部屋来いよ。」

「……ん、おう。」

「決まりな。…ほら、」

そう言われて手を差し出される。
そんな、その手をどうしろと…。

「……。」

そう思っているのに、気付いたら差し出された手を取ってしまっていた。
手を握られて華彩が歩き出し、俺もそれに合わせるように着いて行く。

二人無言で歩いたが、ふと前を見ると華彩の肩がふるふると震えているように見えた…寒い、のか?

「…華彩?」

「……あ?」

一瞬の間があって振り向いた華彩は別段変わらない表情…見間違いか?

「いや、なんでもない…」

そう言ってまた歩き出す。

何かがゾワリと背中を走った様な気がして俺は少し身を捩ったが、すぐに華彩に着いていけるように歩調を早めた。





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