恋には程遠い
「おい。早く夕飯作れよ」
そう言って制服を脱ぐ俺に舌打ちをするのは一つ年下のルームメイト、棚倉だった。
「おま、俺がせっかく作ってやってるんだぞ。
生活能力がゼロなお前のために!」
「ふーん。…いいから早く。
…もっと早く帰ってきたらいいんじゃないのかよ」
そう言って時計を見る棚倉につられて俺も時計を見た。…って言ったってまだ6時だぞ?
本当、育ち盛りだからってわがまま言いやがって…
「そんなに飯が早く食べたいなら、早く自力でどうにかしなさいや。来年俺が違う奴とルームメイトになったらどうするんだよ。」
「…別に、…あんたが出てかなきゃいーだろ」
「もしかしたらまた、お前みたいなやつが上がってくるかも知れないからな。一々構ってられないんですー」
「……」
棚倉はなんていうか、一言で言えばめっちゃくちゃ美形だった。なんかどこかのハーフらしいが、キラキラしてるんだ。
だから一部屋二人制であるルームメイトは慎重に選ばなければいけなくて、なんていうか…事故があったらいけないから。
そこで、寮長と友だちだった俺はお前に頼む、と言われてこいつと一緒の寮部屋になったんだ。
「俺は、どうなるんだよ」
「…うーん。寮長はもう来年いないし、…お前の友だちじゃないか?一人ぐらいはいるだろ。」
「友だち。」
そう言って俯く棚倉に俺はギョッとして慌てて言った。
「ひ、一人ぐらいはいるだろ!?」
「………」
「嘘だろ、まじかよ…。」
そりゃあこんなエスカレーター式の男子校なんて閉鎖的なところだからそういう奴らだっている。なんていうか、物凄いところだから…。
それでも、その中の一人ぐらいは友だちになったっていいんじゃないか?恋人になるならない限らず。普通に、普通の友人に。
「…まあ、わかった。寮長に言っとくから、安心しろ。ちゃんと面倒見いい奴って、頼んどくから。」
「は?…別に、今のままでいいだろ。」
俺は着替え終えてキッチンに向かう。その後ろからも棚倉は着いてきた。
「だからーまたお前みたいな、下手したらお前より重症な子がいるかもだろー。まだ中学生抜けきってないだろうからちゃんとしたルームメイトが必要だろ。」
「!!」
「まーお前もなんかあったら助けてもらえる様に、隣の人とは仲良くするんだぞ?」
冷蔵庫に入れてあった鍋を取り出す。ちゃんと昨日下ごしらえしてたから、もう味が染みてるはず。
「……俺がどうなってもいいのかよ。」
「だからちゃんと良い奴選ぶから、そんなに気にするなよ。まだあと半年くらいあるんだから、その中でお前が良いと思ったやつにすれば良い。」
な?そう言い聞かせる様に棚倉を見ればなんだか複雑そうに唇を噛み締めていた。俺は仕方ないな、と鍋を火にかけてから棚倉に寄った。
「そんな心配することじゃないぞ。友だちはいっぱいいた方が良いんだからなぁ」
高い位置にある棚倉の頭をポンポンと子供にするみたいに撫でてあげる。
こいつはなんていうか、最初は牙があったのに今となってはなんだかそういうトゲトゲしさが無くなったっていうか、大人になったのかな。
普通に根は良い奴なんだよな。
「だからお前は早く帰ってこないのかよ」
「うーん。それとこれとはまた別だろ。」
「だったら俺も友だちなんていらねぇ。
…お前だけで良い」
「そんなことしたら俺が大変だろーが。
あんま人見知りしないで話しかけてみろよ。」
「………」
「わかったな?」
そう言って俺はタイマーをセットしてから、ソファに座りテレビをつけた。
棚倉はじっとその場に張り付く様に立っていた。
「棚倉」
移動教室の間で廊下を歩いているとたまたま棚倉とすれ違いそうになった。
友人には断りを入れて先に行ってもらって棚倉に手を振る。
「夏越…いいのかよ、」
そう言って目で友人達を指す棚倉。
うーん。なんていうか、本当に人っ子一人いない…。
少し離れたところにファンの子達がいるのが見れるけど、友達と呼べそうな人は一人もいなかった。
「うん、まあお前の事だしな。分かってくれるさ」
日頃からこいつの事を心配している、と俺がボヤいているからかさっきも友人たちは「あぁ…」みたいな顔をして納得していたしな。
「棚倉、先輩との付き合いとかってあるか?」
同級生がダメなら、上級生はどうだ!
そう思って聞いてみる。
「…だから、お前しかいないって。」
「だよなぁ…。」
半年前の位のこの時期からそういったことは決めて行く。後々になって問題になっても決まっている所からずらせば良いからだ。
寮長が言うにはお前には一番危ない子を任せたい、との事で…何ていうか、俺の事は信頼してくれてるみたいだ。…ホモにはならないだろう、と。
「ううん…部活とか入ってみたら…」
「バスケやろうと思ったけど、しばらくしたら入部する奴が増えたからもうやらねぇ。」
「……」
どうやら棚倉は人が多いところは好まないらしい。そして何というか鈍感みたいだ。
それはお前とお近づきになりたくてだよ…気付け。
「…お前が入ってる所なら、入ってやらなくもないけど…?」
「いや、遠慮しておく。」
「!」
部員が増えるのは喜ばしいことだけど、邪な感情を持った奴が増えてもなぁ…。
「…」
「まずは友達をつくりなさい。
食わず嫌いみたいなのしてないでさ、もうすこし歩み寄ってみればいいんじゃないの。」
少し位置が高いところにあるつるりとしたほっぺたをひっぱる。ムニムニしてて気持ちいい。
「あんたが同い年だったらよかったのに」
「バーカ。それじゃあ絶対にルームメイトになんかなってねーよ。」
「…ああ」
「まあ、寮長にも話してみるよ。棚倉に合うようなやつ。」
そう言えば棚倉は口を結んで俺を見た。
「どうした?」
「なんでもない。授業に遅れるぞ」
「え、あ!やば!
じゃあな!お前もサボるなよ!」
俺はそう言って手を振りながら廊下を駆け出した。
棚倉に合うようなやつか…。
棚倉は御坊ちゃまみたいなとこもあるからな、どうだろう。
うーん…あと同い年がいいよな。
部活にそんなやついるかな……
…、あ、ひとりいた。気の合いそうなやつ。
「貴樹!」
「あ、藍介さん!」
少し先がクルンとしてる明るく染めた髪がくるりと振り返った。
「突然で悪いんだけど貴樹にしか頼めないことあるんだけど…ちょっといいか?」
「え?俺にしか…。
だ、大丈夫です!ちょっと外出ましょうか。」
「おう。」
そう言ってやって来たのはベンチがある中庭。
たまに人がやってくるけどベンチしかないからあまり寄りつかないんだ。
「…それで、俺にしか言えないことって…」
「あ、いやな。俺の今のルームメイトなんだけど…」
「まさか藍介さん!ソイツに襲われて…っ!?」
そう言って物凄い形相で俺の肩をガッシリと掴んできた貴樹。ちょ、ちょっとなんか鼻息が荒い…。
「ちょっと落ち着けって、…そんなんじゃなくて、その同室なんだけどソイツ友達いなくてさ…。」
「……なーんだ。ぼっちなんですねそいつ。」
「ぼっち…うん、まあそうだな。
だからさ、来年のことなんだけど俺は違う子とルームメイトになると思うから心配で…。
貴樹ってさ優しいじゃん。だからさもし良かったらなんだけど、そいつのこと少し構ってやってくれないかな。」
「…それは、俺にしか頼んでないんですか?」
「え?…貴樹にしかまだ言ってないけど…もし無理なら、」
やっぱりダメだよな…面倒くさいって、普通なら思うに決まってるもんな。
「いいえ!むしろ俺に頼んでくれたことが嬉しいです!
それって、1番真っ先に俺の顔が浮かんだってことっすよね…!」
「本当か!よく分かんないけど頼んだぞ!
名前は棚倉って言って、」
「え」
「?知ってるのか?」
そう貴樹に聞くと貴樹は少し気まずそうな顔をして視線を逸らした。
「あ、いやーそんなような気がしなくもないです。クラスは…?」
「棚倉はたしかB組だったかな。」
「ゲ。やっぱりあいつか…。あーまああいつぼっちかも。」
「え、もしかして知り合いなのか?」
「ハイ。
知り合いっていうか、まあ…確かに俺と気が合う気がしますね。」
ニッコリと笑ってそう言う貴樹に思わず俺は貴樹の手を掴んだ。
「え、藍介さん…っ」
「お前のこと信頼してるからな!必ずあいつに友達作ってくれるって信じてるから!
よかったあ、…あいつも貴樹みたいに優しかったら良かったのに。」
「…ちょ、っと藍介さん…そういうのは俺だけにしといて下さいね!」
バッと立ち上がった貴樹にポカンとしてるとそそくさと中庭から出て行ってしまった貴樹。
「あいつの事は俺が引き受けますから!」
ひょっこりと顔を出して最後に付け足した貴樹にクスリと笑みがこぼれる。
なんていうか犬っぽいんだよなぁ貴樹って。
「夏越!お前の世話してたやつが暴れてるぞ!」
そう言って教室に飛び込んできた友だちに俺はその意味を考えてハッとした。
「場所は?!」
「えっと1年の階の…」
「分かった!1年の階な!教えてくれて有難う!」
俺はダッシュで1年の階へ向かう。
世話してるだなんて、指すのは棚倉だけだ。
棚倉が暴れてるって、喧嘩ってことだよな…あいつは根はいいやつだからきっとなにか理由があるはず…!
「あそこか…っ!」
わらわらといる人集りを見つけて俺はそこ目掛けて飛び込んむように割り行った。
すみません、と言いながら人集りの終わりを探している、とすっぽりと身体が人集りから抜けた。
「棚倉…!…えっ?」
棚倉と胸ぐらを掴み会っていたのは、貴樹だった。
「貴樹、…なんで?」
「お前藍介さんの事心配させたくてわざと一人でいるんだろう?!」
「あ?んなのお前には関係ないだろうが!
っつか、お前も夏越にべったりしてんじゃねぇよ!お前のせいであいつ帰ってくるの遅えんだよ」
「ハッ、そんなのお前より俺のが大事だからじゃねーの?そんなのも分からないなんてお前も間抜けだなぁ?」
「夏越だってきっとお前には嫌々付き合ってやってんだろうな!有難く思えよ、夏越が構ってやってるんだからな。」
「あ?なんだと?!」
「お前こそ!」
見たところそこまでひどい怪我ではなさそうだが、二人とも口が切れてるみたいで口から血を流しながら大声で張り合っている。
しかもその内容、俺が一番恥ずかしいやつじゃないかよ……なんて内容で争ってるんだよ…!
「お前ら!いい加減止めろよな!?もう子供じゃないんだから、こんなところでそんな話で張り合うなんてどっちもどっちだ!」
二人の頭をパン!と叩く。
するとくるりとこっちを向いてきた二人、やっと俺に気付いたみたいだった。
「夏越、…っ」
「藍介さん、」
「…まあでも今回は俺が悪いかもだな、無理に貴樹に頼んだもんな。ごめんな。」
「え!そんなことないっすよ!
俺が勝手に行動したんですし、ってかこいつが頭固いのが悪い…。」
「なんだと?」
「ちょっとちょっと!
貴樹に無理なこと言った俺が悪いし、棚倉の事考えてなかった俺の所為だから、二人が喧嘩したのは俺のせいなんだよ。」
俺の考えが至らないせいで悪かったな、と二人に笑いかけると二人はパッとこちらへ向き直った。
「夏越、もう疲れたから寮まで行こうぜ。」
「藍介さん、保健室で手当てしてもらえませんか?」
二人は同時にそう言うとまたお互いの顔を見合って…というか睨みつけあって、また同じような状況に戻ってしまった。
野次馬は大分捌けたみたいで、ホッと息を吐く。
「とりあえず二人とも、保健室行くぞ。」
そう言って俺はサッサと後ろも見ずに保健室へ向かうと2つの足音が後ろから付いてくる。
全く、1つしか年違わないのに何でこうも子供っぽいんだか…。でも、俺のせいでもあるからな、何とも…。
「で、二人は何でそんなことになったんだ。」
「……」
「……」
手当を終えてからそう聞くと二人は急に無言になった。
なにも言わないんじゃ分からないだろうが。
「藍介さん、俺、藍介さんがこんな奴に構うのが許せないんです。だってこいつ、」
「おいお前!」
「棚倉は次に聞くから。」
そう言うと棚倉はぐっと歯を噛み締めて、椅子に腰掛けた。
「こいつわざと藍介さんに気にされようとして友達も作らないし、周りとも喋って無いんですよ。」
「……本当なのか?棚倉」
「違わねぇ。けど、合ってもない。」
そう言ってからプイと、そっぽを向いた棚倉。
これは、俺が懐かれすぎたからか?…だからいつも早く帰ってこいとか、そういう事言ってたって事か…?
「俺は、…あんた以外には興味ない。いくらあんたが他のやつと喋れと言っても喋る気もないし楽しくもない。」
「棚倉……」
「藍介さんはお前みたいな小さな奴に構ってる暇なんて無いんだよ!藍介さんの手を煩わせるなっての…」
「夏越、俺にはあんたしかいない。他はいらない。」
「藍介さんっ!こいつの言うことなんか聞かないで下さい!」
ヒステリックに貴樹はそう叫んでから俺の膝に手を置いた。
棚倉はまっすぐに俺を見るだけだったが、その瞳が嘘をついていないと証明していた。
「…はぁ、分かったよ。」
「藍介さん!」
「貴樹がどんなに棚倉のこと嫌いでもな、俺の厄介なルームメイトなんだ。優しく見てやってくれ、な?」
「……」
「で、棚倉は俺に甘え過ぎだ。
いくら俺がお前に優しく甘やかしてやってるからって来年もそうとは限らないんだぞ?」
「………。」
俺が腰に手を当ててそう言うとふたりとも何だか腑に落ちない顔をして俺をジッと見た。
「ちがうそうじゃない。」
突然に棚倉はそう言って、俺の顔を不満気に見つめた。横の貴樹はウンウンと頷いている。
なんのことだ?
「?」
「良いかよく聞いておけよ。俺はな、あんたの手料理が食いたいわけじゃねえし、誰かに襲われる心配があるからでもない。あんたとセックスがしたい。」
「は、え?!な、なんだって?!」
「あ、藍介さん。
俺も…藍介さんの事優しい先輩じゃなくて、可愛い恋人にしたいんです。駄目ですか…?」
「う、え、…なんだって…?」
俺はぱちくりと瞠目しながら二人を瞠った。
ふたりしてそんな冗談を…仲が良いんじゃないかよ!…なんて言える雰囲気じゃなかった…本気なのかよ…?
「お、俺は…」
「あんたの意思なんて関係ない。俺はしたいようにするから」
「俺はちゃんと藍介さんの意思を言ってくれると嬉しいです…。けど、藍介さんが振り向くまで俺はけして諦めません。」
「えっ、え…っ?」
俺は頭がついていかなくて、目までぐるぐると回ってしまいそうな気分だった。
「夏越」
「藍介さん」
「ちょ、ちょっと待て…もしかしてお前らが喧嘩してた理由って…。」
そう言ってから二人の様子を恐る恐る窺うと二人とも真剣な顔をして頷いた。
う、うそだろ…
「なんだってそんな、…」
「夏越となら別にずっと一緒にいても良いって思っただけだ。なら恋人になる方が手っ取り早いだろ?」
「お、俺は中学生の時からずっと…藍介さんだけを見てきました。優しいのにたまに厳しい所だとか、世話を焼いてくれて完璧と見せかけて鈍くて天然だとか…そういうところ全部大好きです。愛してます。」
「お、おう…?」
棚倉の言葉は告白ではないような気がするけど、あいつの性格からしたら相当な褒め言葉なのかもしれない…
貴樹はちょっと悪口入ってなかったか?というかそんなに観察されてたとか恥ずかしいんだけど…。
てか、愛してるだなんて…クサすぎる…。
「夏越」
「藍介さん」
「んわ、!こんな近くに来られても、…っ」
名前を呼びながらグイグイと身体を密着させてくる二人に、自然と身体が後退する。
カツン
「…わっ!?!」
鉄パイプの椅子につまづいた俺の身体はひっくり返って、尻餅をついた。
「ちょ、と待てよ…っ」
ジリジリと互いを押し合いながらにじり寄ってくる二人に俺は目を丸くしながら首を横に振る。
「お前のケツ、どうかなってないか見てやるから早く部屋帰ろうぜ」
「藍介さん、おしり痛いですか?
ほらよく言うじゃないですか、怪我にはツバつけておけば治るって。」
そ、そそそそんなのに俺が引っかかるとでも?!
とっても大ピンチな状態ではたと気付いた、保健室の鍵を閉めたのは大間違いだったと。