蜂蜜蝶々





哲太は可憐で、可愛くて、奥ゆかしい。
少し天然パーマがかかった毛先がくるくるした亜麻色の髪の毛に潰れた鼻、奥二重の小さい目、そばかすがあって唇は何の気が無くてもいつもへの字だ。
そんな哲太がとても愛しい。

だけど他のみんなはそうではないみたいで、いつもクラスの奴らは哲太の顔をぐにぐにと揉んでは不細工だ、キモイと下品に笑う。哲太はその間もへにゃりと唇をへの字にしているが…
俺はその姿を見ていつも可愛いと思っているし、…あんなことやこんなこと、全部させてみたい。
泣き顔やグズグズになって蕩け切った表情、何かを耐えている顔や怒っている表情…全て独り占めして、誰にも見られないようにそっと、箱の中に閉まって置きたい。
昔から哲太はそうだった。
小さい頃から見目が良くないと言われていて運動もてんで出来なかったからクラスの足をいつも引っ張っていた。
でも哲太なりに頑張って頑張って、それでも届かないものばかりだった。
いつも哲太のそばで一番それを見てきたのは他の誰でもない俺だ。
哲太の表情を一番見ているのも、俺。
みんなもきっといつか気付く、哲太の魅力に。


「なに見てんだよ」

「…なんでもない」

「言えよ!気になるだろ!」

「いや…その公式、間違ってる」

そう言って哲太のノートを指させば哲太はえ、と声をこぼしてノートを見た。

「…どこが…?」

「全部」

「…まじかよ、…」

がくりと頭を項垂れてそのまま机に顔を伏せた哲太に俺はたまらなく興奮した。
くるくるした髪の先がちょんとついた首筋に此方を向いているつむじ。
もういっそ机になってしまいたい、そんな変な思考すら浮かんでくる

でもできるなら

「あーあ…俺も星みたいにイケメンだったら人生もうまくいっただろうな。」

そう言って膨れる哲太。
ああ、もう…そんな表情して、そうやってこれからも雄を誘うんだ。
許せない、そんなこと、俺が許さない。

「し、…星?」

「え、ああ。なに」

「…もういい。」

口をへの字にして、…キスでもしてほしいのか?
俺に、俺だけにその顔をしてるのか…?それとも、
…やめよう、こんなこと。

「そうだ、今度俺佐藤たちの試合見に行ってくるけど、お前も行く?」

「…佐藤?」

なんで佐藤が出てくるんだ…
佐藤とは特に仲良くないはずだが?

「おう、たまには試合くらい見に来いって。」

カッコイイとこ見せてくれるんだとさ、
そう言って少し幼げに笑う哲太に俺も笑みを返した。

ふざけるな、カッコイイとこだと?

いつも哲太のことをバカにして哲太に煙たがられてる癖してそんな、…もしかして哲太もその気だったのか?いやそんな、哲太に限ってそんなことはない。
きっと優しい哲太のことだから可哀想な佐藤を見て同情したのかも。いや絶対にそうだ。


「あ、母さん帰ってきた。飯食ってくだろ?」

「いや、悪いから…」

「強制だよ、強制。」

母さんったら相当お前にご執心なんだぜ。
きっと今日も豪華な飯だろうし

俺がまだ幼かった時、俺の家庭環境を心配した哲太のお母さんが小さな俺を晩御飯に招いてくれた。それから哲太のお母さんは俺のことも気に掛けてくれているらしい。
小さな時は家に1人なんて当たり前の事だったから寂しいなんて思わなかったが哲太の家から帰ってきた自分の家は凄く暗く見えて、孤独で寂しいと思った。
哲太の家は普通の中流家庭で特に秀でた所も無かったが、明るすぎるくらいの家族愛が溢れていた。だから哲太も哲太なんだ。

「…なんだよ、じっと見て…」

少し顔を赤くして俺を睨み付ける哲太にドロリとした熱いものが一瞬で身体を駆け巡ったような気がした。

「いや、羨ましいなと思って」

「はあ?嫌味かよ」

普通俺が言うセリフだろ…とぼやく哲太の後ろ姿。もう、俺はダメかもしれない


「ほら、リビング行くぞ。」

母さんのご機嫌取りだ、
そう言って悪戯っ子のように笑う哲太に俺は一瞬ハッとしてそうだね、と笑い返した。
今俺は何をしようとしたんだ、



「おはよう星くん、」

青木さんが笑顔で挨拶をしてくる。
なので、俺も笑いながら挨拶を返した。
俺の横にいる哲太はまた口をへの字にして気にしない風を装っている。

「あーら、小さくて気付かなかったわ」

おはよう、
青木さんがニヤリと笑って哲太にそう言った。哲太はキッと青木さんを睨んでからスタスタと先に行ってしまう、
…やっぱり哲太は可愛いな。

「星くんも大変ねー」

そう言われて青木さんは俺の返事も聞かずに他のところに行ってしまった。
どういうことだ?

「星?」

青木さんの後ろ姿をぼうっとみていると後ろから知った声、振り返れば佐藤がキョトンとした顔で俺を見ていた。

「…なに?」

少しだけ不機嫌な声を出してしまった。
いつもはもっと理性的に喋れるのに、…哲太が言っていたこの間のことがやっぱり胸に引っかかる。

「どうした?体調悪い?」

そう顔を覗き込んでくる佐藤はきっと善意で言っているのだろうが、今そんな事をされると少しだけイラっとくる。
俺のエゴだというのもわかっているし、それを哲太に押し付けたくはない。

「大丈夫だよ、少し頭痛がしただけ。」

それより、試合どこでやるの。
そう佐藤に話せば佐藤はさも嬉しそうに話し始めた。そうだ、これが普通の人の反応だ。

最近どこかおかしい自分がいる。
きっと哲太の事で、だ。
いつも哲太のことを考えているわけではないし、他の友人と話してる時はその友人のことを考えている。佐藤だって親しい方だし、女の子とだって話す。
けれど、やっぱり全て許してしまいそうになるのは哲太だけだった。
多分哲太が右と言えば周りが左と言おうと俺にとっても右だ。
きっと哲太が俺をそそのかせば俺は犯罪だってなんだってやってみせるだろう。…それくらい、俺は哲太に侵食されている
まだ自覚がある分マシだと思う位、深く。

こういう邪な自分の気持ちに気付いたのは多分中学に入ってから。
その頃はみんな性など女の子について興味津々で、男だけのときの話題と言えば誰の胸が大きいだとか、あの子とヤりたいだとかだった。けど、俺はそれよりも哲太がそういうことをどう思っているのか…自慰でどんな風に感じるのか…、
俺はそれを考えるだけでも酷く興奮していた、
そんな時に流行ったのはクラスの中のいわゆる”ホモっぽい”男の子。みんなはその子のことをホモだ、ゲイだ、といじり倒した。

俺はその時思った。
もし、哲太が”そう”だったらいいのに
と。

ストンと落ちてきた哲太への熱い想いはとても重い鎖みたいに俺を絡め取って、ズブズブと深い泥沼に俺を沈めて行った。
哲太が他の誰かと話しているたびにまたズブリと身体が沈んで行く。
体育の時間になって俺の目の前で見せつけるように脱ぐ哲太に見てはいけないと思いつつ…背徳感を感じてまた沈む。

そうやって俺は哲太の甘くて苦い罠にまんまと引っかかってしまった。もうきっと、身じろぐことすら出来ない

「星、」

ポン、と肩に手を置かれて身体がビクリと反応する。

「てっ、た…」

「大丈夫かよ?顔色悪くないか、熱が…」

そろりと伸びてきた腕をパシリと払ってしまった。

「あ…、」

「大丈夫だから」

哲太の少し傷付いたような表情にジクリと胸が痛んだがきっとこういう突き放した態度も必要だ。…もし、このまま溺れてしまったらきっと収拾がつかなくなる。

「あー…、そっか!ごめんな!」

じゃ、俺行くわ!
そう言って他の所に行ってしまう哲太。
ああ、やってしまった。
一瞬の後悔に少しの興奮、…哲太のあの傷付いた表情、あれが俺をたまらなくおかしくさせるんだ、…




「あれ?哲太は。」

「え、もう帰ったぞ?」

そう辻本に言われてハ、と間抜けた声が出てしまった。なんでまた

「なんでって言うか、星よりも哲太のこと知ってる奴なんていないだろ」

お前らメッチャ仲良いし。
そう辻本が俺の肩をバンバンと叩いて「じゃあ俺も行くからじゃあな」と辻本は俺が何か言う前に駆けて行ってしまった。そう、思われてたらいいんだけど…

何と無く、最近哲太は俺のことを避けている気がする。直接的なことは無いが…本当に何と無くという感じで。
まさかこの気持ちがバレたのか、とも考えたりしたけど多分それは無いと思う。
だったら一体…
そう考えてたどり着くのはこの間の出来事で哲太が傷付いた顔をしたこと。
俺があんまりにもそういう顔見たさにあんなことしていたからなのか?
…それならあり得るかもかもしれない。

でも哲太があんな可愛いからいけないんだ!
…隙あらば誰かに取られてしまいそうだし、それに俺以外にも絶対狙っているヤツだっているんだから…!
俺は地団駄を踏むようにダンダンと音を立てて階段を踏んだ。

「…っ…!」

ズルリ、と足が滑ってそこから一気に身体がガクリと落ちた。
やっぱり俺には哲太が必要なんだ
心底そう思って身体を重力に任せた。



「………哲太?」

「っ!!星っ!」

ぎゅうう、と小さな哲太の手が俺の手を強く握った…夢?

「ま、待ってろよ!今医者呼んでくる!」

そう言って慌てて駆け出そうとした哲太の離れて行こうとした手を握るとはた、と止まる哲太。
きっとここは病室だ、あの格好悪く階段から落ちた時に気絶かなにかしたんだろう。

「…哲太、」

「……」

「最近俺のこと、避けてたよね?」

きっとこんな時じゃないとこんなこと聞けない。…だって哲太はきっと逃げるから、今だって…逃げようとしている

「さ、けてなんか…っ」

「…嘘。今だってそう」

「…っ…」

何か隠しているような哲太の様子に気付いて俺は目を細めた。

「…もしかして誰かに何か言われたの」

哲太は鈍い
尋常じゃないくらいに。
…だから俺の気持ちにも気付かないんだ、…でも他のやつは違うかもしれない。

「えっ…?」

「俺に近付くと危ないとでも言われた?」

「そっ、そんなんじゃ…」

そう言って目を逸らす哲太に俺の心は冷えて行った。
最悪、…最悪だ、

「じゃあなに、それで俺が嫌いになった?」

「俺が怖くなった?」

「嫌にでもなった?」

俺はベッドから起き上がってじりじりと哲太に近づいて行った。
その度に哲太は後退って顔を背けた
なんだ、最初っからこうすれば良かったんだ
こうやって追い詰めて、追い詰めて…

最後には崖に落としてやればいい

「…じゃあもういいや。俺に話し掛けなければいいよ、…」

…なんて、出来たら良かったんだけど。

「えっ…!」

「…まさか学校辞めろだとか言わないよね?」

同じ空気も吸いたくないって?
そう悪態をついて笑うと哲太は傷付いた顔をした
なんで哲太がそんな顔するんだよ。

「気持ち悪いかもしれないけど、俺の哲太への想いは誰よりも深いし、重いよ。多分哲太が思っているよりももっとね」

「え、…」

「哲太が俺以外の誰かと喋ってても、同じ空間にいても、…同じ空間を共有してるのすら虫酸が走るよ」

「ちょ、ちょっと待て…」

「待たない。
哲太と二人で勉強してる時とか、学校から帰る途中の電車だとか、…たまらなくムラムラしてた。この前なんか襲いかかりそうにもなった。…それで…」

「だまれっ!!」

哲太が真っ赤な顔をして俺の口に手のひらを押し付けた。

「……」

「ぅあ!?…な、何すんだよっ!」

手のひらをペロリと舐めてやれば顔を真っ赤にして手を離した哲太にまたムラムラと、性懲りも無く興奮している自分に気付いた

「ね?気持ち悪いでしょ?だからさ、早く逃げれば」

「だから待てって!さっきから言ってるだろ!」

「……」

「あ、あのさ…さっき、俺の事を想ってるって…あと嫉妬だとか、…どういうこと…?」

「は…、」

「…あと、む、ムラムラ…とか…」

「……誰かから聞いたんじゃないの、」

「えっ…それはっ」

もごもごと口ごもる哲太にふと気付く。
もしかしなくても、すれ違ってる…?
…ということは、

「…誰から何を聞いたの」

「……っ…」

「哲太…言ってくれないと何もわからないよ」

俺がそう呟くように言うと少ししてから哲太が勢い良く伏せてた顔を上げた。

「青木に、っ俺の気持ちが星にバレバレだって、…っ」

…そう、言われた、…
そう言って再度俯いてしまった哲太にドクリと胸が高鳴った。
いつもは期待だなんてしない、けど、
俺は哲太の硬く握られている拳を包むように手のひらで触れた

「…っ…」

ピクリと肩が上下してさらりと揺れた髪から見えた赤い耳
俺はペロリと舌舐めずりをした



「哲太、俺ね」



少し天然パーマがかかった毛先がくるくるした亜麻色の髪の毛も
潰れた鼻も
奥二重の小さい目も
そばかすも
への字の唇も


「哲太のことが好き」

全部ひっくるめて俺だけのものになればいい

「哲太は俺のこと、好き?」

そう思って哲太を見つめると、やがて哲太は小さく頷いて、俺は口を緩めた。








これで全部、俺だけのもの。

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