遊園地
「ねぇ、明日どこかに出掛けない?」
部屋から出られなくて退屈だろうと司郎を誘ったのは、彼がこっちに来て7日目の夜だった。
もう1週間経ったけど、一向に帰る手段が見つからない。
私自身は全然覚えてないけど、10年前の自分が心配になってきた。
真木ちゃんが1週間も行方不明で、気が狂ったりしてないかな。
「どこかって…」
「どこでもいいよ。司郎が行きたいところ。」
「…………」
せっかく聞いたのに、しばらくして司郎の口から出たのはあまりに欲のない言葉。
「え?」
「…だから、なまえの行きたいところでいい。」
「我慢しなくていいんだよ。司郎の行きたいところ言って?」
「………」
そう言ってまた返答を待つと、小さな声で「…遊園地。」と言った。
遊園地かぁ…1回だけ真木ちゃんと行ったことあったっけ。
「じゃあ明日遊園地行こう。一緒に行くのは私でいい?」
「……なまえがいい。」
「ありがと。明日楽しみだね!」
「あぁ。」
なかなか嬉しいことを言ってくれた。
10年後の私が自分のことを好きだって知ったのに、避けないでいてくれるところはやっぱり彼だなと思う。
そういう優しさに、惹かれたんだから。
***
天候にも恵まれて、次の日私たちは遊園地にやって来た。
平日だけど、春休み中とあって少し混んでる。
チケットを買って入場すると、司郎はなんだか難しい顔をしていた。
「どうかした?」
「…何でもない。」
ずんずん進んでいく司郎に、少し小走りでついていく。
16歳なのに、足は私よりも長い。
「なまえ、」
「え、何?」
「…っ…、悪い。」
振り向いてその歩幅の差に気づいた彼は、それから私の歩幅に合わせて歩いてくれた。
ほら、やっぱり優しい。
「まず何に乗りたい?」
「お前は?」
「私?私は…やっぱりあれかな?」
指を差したのはジェットコースター。
すると司郎は、そうか、と言ってそっちへ歩いていった。
昔真木ちゃんと来たときと全く一緒。
今日着てる服がちょっと大人っぽいせいで、よけい真木ちゃんに見えた。
乗り終わって今度は司郎の乗りたいものを聞く。
また私に任せようとしたけど、強く言って司郎の希望を聞いた。
じゃああれ、と指差したのは、また真木ちゃんと来たときと同じアトラクション。
「…苦手だったか?」
「そんなことないよ。行こ!」
「あ、おい待て!」
駆け出した私。
だけど後ろに引っぱられて、振り返って見れば司郎が私の腕を掴んでた。
「っ、悪い。」
きまりが悪そうに手を離した彼は、俯いて隣に並ぶ。
やっぱり、ちょっとは気にしてるのかもしれない。
気まずい雰囲気で、お互い無言のまま順番を待つ。
それでも乗ったアトラクションは楽しいと思えた。
「楽しかったね。」
「………」
「あ…えっと……」
どうしよう、司郎の眉間にしわが寄ってる。
「わ、私、飲み物買ってくるから!ちょっとここで待ってて!」
どうすればいいかわからなくなって、取り敢えず近くのベンチに司郎を座らせ自販機まで走った。
司郎の飲みそうなものと自分の飲み物を買って、しばらくその場で立ち尽くす。
やっぱり連れてきたのはまずかったかもしれない。
だけど、こんなところまで来て私に気を遣ってもらうのだけはいや。
「……遅かったな。」
「ごめんね。えっと…やっぱり別の人呼ぶ?」
「…っ……」
「選べる人は少ないけど、紅葉なら…」
「…なまえは、楽しくないのか?」
コップを持つ手を掴まれて、中身が溢れそうになった。
「俺は、なまえと一緒がいい。」
「………」
「昨日も、言っただろ。」
「そっか…ごめんね。ありがとう。」
「っ、子供扱いするな。」
掴まれていない方の手で司郎の頭を撫でると、怒られてしまった。
その際手を掴んでいたことにようやく気づいたのか、慌てて手を離す。
恥ずかしくなったみたいで、ちょっと赤くなった司郎が、なんだか可愛かった。
「これ飲んでちょっとしたら、また回ろっか。」
「あぁ。」
***
それからはお互い楽しむことができた。
少なくとも私は楽しかった。
司郎も笑ってたから楽しかったんだと思う。
メリーゴーランドもコーヒーカップも、全然司郎には似合ってなかったけど。
「どうする?もう暗くなってきたけど…何か乗りたいのある?」
「……もう1個だけ。」
「いいよ。何?」
「………」
聞いてみたけど、司郎はしばらく難しい顔をして答えなかった。
言おうとして口を開けて、でもやっぱりやめて口を閉じてを繰り返してる。
「その…」
「ん?」
「…あれ。」
ようやく言って指差したのは、観覧車だった。
まさか司郎が乗りたいなんて思わなくて、ちょっと驚いた。
「観覧、車…」
「嫌か?」
「う、ううん。行こっか!」
観覧車。
真木ちゃんと来たときは、乗りたかったけど言い出せなくて結局乗れなかったんだっけ。
司郎が乗りたいのは本当に意外だけど、彼も“真木ちゃん”だから、願いは叶ったのかもしれない。
「いってらっしゃい!」と言う係のお姉さんに見送られて、2人が乗ったゴンドラは徐々に上がっていく。
あの人から見たら、私と司郎はカップルに見えたかな。
私の方が9歳も年上だけど、そう見えてたら嬉しい…な。
「わー…」
昼間とは違う夕方の景色。
建物に電気がついてるのが微かにわかる程度のこの時間帯は、夕日がすごく綺麗だ。
「ね、司郎もそう思…」
向かい側の司郎に声をかけてみたけど、下を向いて何かを考えてる。
せっかく乗ったのに、あれじゃ観覧車の意味がない。
もしかして、酔った?
「司郎、大丈夫…?」
「あ、あぁ。」
「……?」
慌てて顔をあげた彼は、視線をこちらに向けず景色に目をやった。
なんだか、様子が変だ。
ずっと外を見ている司郎を見つめる。
一度ちらっと私を見た司郎は、目が合ってすぐに逸らしまた外を見てしまった。
「はぁ…」
「………」
ため息をついた司郎。
やっぱり何かあるのかとそのまま見つめていれば、今度はしっかりと目を合わせてきた。
「なまえ。」
「っ、はい…」
こんな風に真剣な司郎の目を見たのは、3回目だ。
「この間の、話だが…」
立ち上がった司郎が私を見下ろす。
少し揺れたゴンドラ。
「俺が好きなのは、なまえだ…」
「…っ……」
屈んだ司郎は、そっと私を抱き締めた。
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