気になること
「ほんとに1人で大丈夫?」
「あぁ。」
「そっか…、偉いね。」
「っ、子供扱いするな!」
司郎の頭を撫でてやると、彼はバッと私の手を振り払った。
痛い。
「じゃあ行ってくるけど、ほんとに…」
「大丈夫だ。」
「何かあったら電話してね!ご飯は冷蔵庫に入ってるから温めて食べてね!それから…」
「あぁ、もうわかったから!」
しつこい私に司郎はうんざりしたように答える。
そうだよね、いくら16歳とはいえ相手は司郎だ。
今の私なんかよりずっとしっかりしてる。
「じゃあ、いってきます。」
「あぁ。」
***
渋々ながらも瞬間移動したなまえ。
そんな彼女がいた場所をじっと見つめる。
彼女がいないと、妙に静かだ。
別にいつも一緒にいるわけじゃないし、この建物にいるとき彼女は大抵隣の部屋にいる。
だが隣にいると思うだけで安心できるものがあるのは事実だ。
「……これが、俺の部屋か。」
初めてまともにこの部屋を見た気がする。
10年経つと、こんな場所に住んで、こんな生活をするようになる。
この部屋と廊下、それからなまえの部屋しか見ていないが、ずいぶん豪華でいいところだ。
自分のものでありながら、他人のものであるこの部屋。
自分がこの時代ではひとりぼっちだということが痛切に感じられる。
彼女がいたからそれを感じなかったのだ。
あっちのなまえや紅葉、葉は大丈夫だろうか。
また葉が泣き出して、2人は困ってないだろうか。
「なまえ…」
ふと、ここに来てすぐにわいた疑問がよみがえる。
どうしても聞きたかったけど、怖くて聞けなかったこと。
「…………」
ここは“俺の”部屋だ。
少しくらい私物を漁っても、きっと怒られない。
本人はコメリカにいるらしいし、クローゼットだってもう使ってる。
ちょっとだけ、見るだけだ。
***
「ただいまー…あれ?」
急に充てられた任務から帰ってきても、司郎は部屋にいなかった。
おかしいな、ものわかりのいい子だから自分の部屋以外には行ってないはずなのに。
「あ、大丈夫だって言ったのに!」
冷蔵庫を開けると、昨日の夜作っておいた彼のお昼ご飯がそのまま入っていた。
食材も減ってないから、自分でつくって食べたわけでもないんだろう。
「司郎ー?」
「なまえ…」
「わ、びっくりした!」
がちゃ、という音と共に現れた司郎。
出てきたところはバスルームだ。
髪は濡れてないからシャワーを浴びたわけではないみたいだけど、どうしたんだろう?
「ただいま。」
「あぁ…」
「……?」
何だか様子のおかしい司郎。
私が出掛けてる間に何かあったのかな。
「大丈夫?ご飯食べてないみたいだったけど…」
「……なまえを、待ってた。」
「え…」
「だから、なまえを待ってた。」
信じられない。
今はもう夕方で、お昼ご飯時から5時間以上経ってる。
「ごめん、お腹すいたよね。すぐ作るから!」
「いい。なまえが作ってあるのを温める。」
「でもあれだけじゃ少ないよ?」
「あとは俺が作るから、なまえは休んでろ。」
そう言ってキッチンへ行ってしまった司郎の後ろ姿を見つめる。
なんだか、どころじゃなくて、だいぶ様子が変だ。
もしかして、この数時間の間に葉に何かされたんじゃ…
司郎がつくって持ってきたものは、今の私が作るよりも遥かに美味しそうな料理だった。
何だか申し訳なくて、自分が作り置きした方にばかり手を伸ばす。
すると司郎が眉間にしわを寄せてこちらを見た。
「俺がつくった方、嫌いか?」
「いや、そっちの方が美味しそうだから司郎が食べた方がいいんじゃないかなって…」
「俺はそっちが食べたい。」
そう言って作り置きだった方の皿を自分の前に持っていって直接箸をつける司郎。
絶対そっちより自分でつくった料理の方が美味しいのに。
「…美味しい。」
ほら、やっぱり司郎がつくった方が美味しい。
「あ、ねぇ司郎。」
「何だ?」
「昨日言いかけたんだけどさ、私は今普通に生活してる。」
「………」
「だからたぶん、そっちの私たちはなんとかなってると思うよ。」
司郎が来た日に思ったこと。
私には昔司郎が未来に行ったという記憶がない。
つまりそれはそれほど大きな事件ではなかったということだ。
珍しいことだから忘れてるなんていうのもどうかと思うけど。
とりあえず事実だけ伝えると、少し不安が抜けたのか司郎はホッとしたような顔をした。
その表情を見て私も笑み食事を再開する。
いつのまにか食器のぶつかる音が小さくなっている。
ようやく食べ終わり顔をあげると、すでに食べ終わっていた司郎がじっとこっちを見ていた。
「…なまえ。」
「は、はい。」
この前と同じ鋭い目。
思わず真面目に返事をしてしまう。
「聞きたい、ことがある。」
「何?」
「……この時代の俺と、なまえは、どうなってる?」
「…っ……」
あぁ、一番聞かれたくないことを聞かれた。
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