それを裏付ける理由




「おかえり、大変だったみたいだね。」


アジトに帰ってきた真木となまえは、そこにいた兵部に声をかけられた。


「大した怪我ではありませんでしたから…」


真木がそう言うと、兵部は少し訝るように目を細め、なまえの傍まで歩み寄る。


「本当に何ともないのかい?」

「うん、元気だよ!」


なまえはその言葉通り元気に答えた。


「念のため明日は幼稚園を休ませますが、心配はいらないと思います。」

「そうか…じゃあ今日と明日しっかり休ませて、もっと元気にしてやれよ。」


“お父さん。”

最後にそう付け加えて、兵部は瞬間移動し消えてしまった。


「……………」

「……真木ちゃん?」

「…何でもない。部屋に戻るぞ。」


真木は自室に向かい歩き出す。

少し速足な彼に追い付こうと、なまえもまた小走りでついていった。



「…ねぇ、真木ちゃん。」

「何だ。」

「なんか怒ってる…?」

「…………」


別に怒っているわけではない。

ただ真木は、先の病院での自分の行動に戸惑っているのだった。



部屋に着くと、真木は着ていたスーツを脱ぎ、なまえに向き直った。


「疲れているだろう。今日はもう風呂に入って寝てしまえ。」

「うん…」


様子のおかしい真木に不安を覚えるなまえ。

だが、怪我をしてしまった自分に何か原因があるのだろう。

そう思い、素直に従うことにした。



そうは言っても一人で風呂に入れないなまえは、結局真木と一緒に入ることになる。

お互いが気まずさを感じ、無言のまま時間は流れた。

話さない真木は、その眉間の皺も相俟って怖そうに見える。

どうしてそんなに怒っているのだろう。

こんなことで怪我をしてしまった自分に呆れ返って話もしたくないのか。

そう思うと悲しくなり、なまえもますます話さなくなった。


浴室に髪を洗う音だけが響く。

時々腕に水がかかりチクチクと痛むが、それを訴えるのも躊躇われる。

だがその時、頭に強い痛みがあって声を漏らしてしまった。


「いたっ……!」

「どうした!?」

「…っ………」


今の真木に頭が痛いなどと言えば、ますます呆れられるかもしれない。

なまえはそのままやり過ごすように口を閉じたままだった。


「…なまえ?」


だがそう促す彼の声音は優しく、怒っているというのは感じられない。


「…なんか今、痛かった……」


なまえは戸惑いながらもその症状を話した。

真木はそれを聞き、彼女の頭にもう一度触れる。


「…ここか?」

「あ、痛っ!」


なまえが声をあげると、彼はフッと笑った。


「瘤ができてるな。」

「こぶ…?」

「頭を打つと、こんな風に痛くなって盛り上がるときがあるんだ。」


そう言って真木はなまえの手に自分の手を添え、瘤の部分をそっと触らせた。


「膨らんでるだろ?」

「うん。」

「しばらくは痛いかもしれないが、なるべく触らないようにすれば大丈夫だろう。」


シャンプーを流しながら、真木は優しく言った。


「他に痛いところは?」

「……ん。」


なまえはおずおずと腕を差し出した。


「少し擦りむいてるな…」


真木は一旦シャワーを止め、難しい顔をしながらそれを見る。


「…風呂を出たら消毒するから、取り敢えず今は腕をあげてお湯がかからないよう気を付けてくれ。」


そして他に傷はないか確認しながら、彼女の体をスポンジで洗い出した。





「少し沁みるぞ。」

「ん…」


風呂から上がり、真木は言った通りなまえの腕を消毒した。

大した傷ではないが、小さい子にすればやはり擦り傷は痛いものだろう。

よく泣かずにいたなと感心する。


「よし、もういいぞ。」


絆創膏を貼り、肩をぽんと叩いてやった。


「ありがと…」

「髪を乾かしたらもう寝ろ。今日は疲れてるだろう。」

「…………」


しかしなまえはその言葉に対し反応を示さず、無言で真木を見ている。


「どうした?」

「……眠くない。」


返された台詞に、真木はそうかと納得した。

いくら色々あったと言えど、この子は昼間に病院で寝ているのだ。

真木は小さく笑い、なまえを見る。


「なまえ。」

「わっ…!」


彼女を抱き上げ、瘤に触れないよう頭を撫でてやった。


「じゃあ眠くなるまで、俺の仕事を見てるか?」

「うん!」


元気よく返事をしたなまえを抱いたまま、真木はデスクに移動した。

そしてパソコンの電源をつけ、椅子に座る。

なまえを膝の上に乗せると、彼女は嬉しそうに笑った。


「見ていても面白くないかもしれないが…」

「うん、いいよ。真木ちゃんと一緒にいられたら。」


画面を見たままなまえは言う。


「…そうか。」


真木は少し照れたため、短くそう返し作業を開始した。

部屋にはキーボードを打つ音とマウスのクリック音だけが聞こえる。

1時間ほどその状態が続き、真木はなまえが動かないことに気づいた。


「なまえ?」


呼んでみたが返事はない。

顔を覗き込めば、彼女は目を閉じすやすやと眠っていた。

あどけない寝顔に、真木は笑みをこぼす。


「やはりつまらなかったか…」


真木は苦笑し立ち上がると、なまえを抱えてベッドへと移動した。

彼女を寝かせ、その頬を軽く撫でる。


病院での自分の行動に戸惑い、素っ気ない態度をとってしまったことはわかっていた。

風呂に入れるときもそれは変わらず、話さないまま。

だがなまえが痛いと言い出したとき、それまでの悩みは一切消え、ただ焦り心配した。

結局のところ、なんだかんだ言いつつも父親としての自覚を持ち始めてきたのかもしれない。


「あんなに嫌がっていたのにな。」


真木は撫でていた手で軽く頬をつついた。

子供独特の柔らかさ。

なまえは少し眉を顰めて唸る。

そんな姿を、ただ可愛らしく思った。

きっと自分はこの子供が愛しいのだろう。

“なまえちゃんのお父さん”と呼ばれてくすぐったい気分になったのも、自分が父親だという意識を持ち始めてきたからに違いない。

今触れているこの手が何よりの証拠だ。



「よく頑張ったな。」


真木はなまえの頬から手を離すと、先程まで触れていた場所にそっと口づけた。


「おやすみ。」


そうしてまた1人でもとの場所に戻り、仕事を再開する。

これが終われば、なまえを抱き締めて眠ろうか。

そんなことを考えた自分を可笑しく思いながら、真木はプログラムの作成を続けた。







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