ある悩みごと
時々思うことがある。
「じゃあね、なまえちゃん!」
「うん、バイバイ!」
こうしてなまえを幼稚園に通わせて数ヵ月経つが、周りに男親が子供をつれてくるという家庭はない。
子供が小さい母親たちはまだ若い人が多く、子供を迎えに行く前にお茶したり、後に立ち話をしたりと仲もいい。
そうすれば必然的にその時間子供たちは幼稚園に残って友達と遊んでいく。
だがなまえにはそういったことが一切ない。
「…………」
真木は小さく溜め息をつく。
この子はそれでもいいのか、と。
自分に他の家庭と同じように立ち話をしろというのは無理な話だが、パンドラにいる女性の誰かに頼めば周りから浮かない程度にはそういうことをしてくれるかもしれない。
毎日迎えに来るのが父親だと、周りから何か言われることもあるだろう。
母親が来なくなった時点で何かあったとは思われているだろうし、違う女性が来ればそれはそれで妙な憶測を立てられかねないが。
この子は、嫌がっていないのだろうか。
「真木ちゃん?」
「…っ……」
「どうしたの?さっきから呼んでも返事してくれないし、何かあった?」
「いや…」
しまった、と真木は心の中で舌打ちする。
「どうした?」
「うん、今日ね!」
なまえは真木がもとに戻ったのを確認すると、いつものように今日あった出来事を話し出した。
こういうのを聞いている限りでは楽しそうな様子だが――真木はまた答えの出ないことを考え出す。
「それで今度遠足っていうのがあるんだけど……真木ちゃん?」
「ん?あぁ。」
また半分ほどしか聞いていなかった真木になまえは眉根を寄せる。
「真木ちゃん今日変だよ?何かあったの?」
「いや、何でもない…」
「もしかして、なまえの話つまらない?」
「違う、そうじゃない。」
何を言っても否定され、彼の心情が理解できないなまえはますます混乱する。
「じゃあ、何で…?」
「…………」
悲しそうな顔をして問うなまえを見て、その原因が自分にあるのだと思うと胸の辺りに小さく痛みを感じる。
今言うべきか、否か。
だが自分一人で考えていても答えは出ないと思った真木は、躊躇いを見せながらも話し出した。
「なまえ。」
「ん?」
「お前は…今のままで不満はないか?」
突然来た質問の意味が理解できず、なまえは首を傾げる。
「他の園児は皆母親が迎えに来ている。それに関してお前は、俺が迎えに来ることに不満を覚えることはないか?」
「…何でそんなこと聞くの?」
もう一度、なるべく理解しやすいようにそう問えば、今度は難しい顔をした。
「母親同士の仲がよかったりして、幼稚園に残って遊ぶ子もいるだろう。なまえも、そういうことがしたいんじゃないかと思ってな…」
もしそうならパンドラにいる誰か女性に頼んでも、と言いかけたところで、その言葉を遮るようになまえは真木に飛び付いた。
「そんなこと思ってないよ!」
必死に訴えるように、声を大きくしてそう言うなまえ。
「前にお母さんと来てたときもなまえはそんなことなくて羨ましかったときもあるけど、今は真木ちゃんと一緒だからそんなこと思わないもん!」
「…………」
「真木ちゃんはなまえを幼稚園に連れてくるの面倒くさい?」
泣きそうになりながら、だんだんと弱気になっていく姿を見て胸が痛む。
そうだ、この子はだから今自分とここにいるのだ。
他の母親たちと仲良くするような親ならば、自分の子供を捨てるはずがない。
もちろん、こうして子供と話すことも。
「いや、そんなことはない。」
「じゃあ…」
「すまない、必要のないことを聞いた。」
「…ううん、なまえのこと考えてくれたんだよね。」
いくらか弱くなってしまっていたなまえの手の力がまた強まる。
真木は繋いでいない方の手でそっと彼女の頭を撫でた。
もともとあり得ない出会い方をした普通でない関係なのだ。
周りと同じように普通を貫く必要などないではないか。
いつもならそんなことを考えるはずなどないのに、エスパーを普通人と接させるという前例のないことに少々思考がおかしくなっていたらしい。
特別周囲から外れるような問題さえ起こさなければ、多少普通でなくてもいいだろう。
自分達は自分達らしく。
「わ…!」
真木は炭素繊維でなまえの体を抱き上げると、そのまま自分の腕の中へ移動させた。
「真木ちゃん?」
「…で、遠足がどうした?」
「あ、うん。あのね!」
一気に表情を明るくさせたなまえは楽しそうに先程までの話を再開させる。
真木は、そんな姿にいくらか頬が弛んだ自分に気づいた。
きっと、あっという間に成長してしまって自分もこの子に干渉しなくなるのだろう。
「それまでは…な。」
「ん?」
自分達流の、少し歪な親子像を形成していこう。
なまえの話を聞きながらそんなことを考えた真木は、ずいぶんと変わったものだと苦笑した。
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