未来の選択肢




パソコンに向かい仕事をしている真木。

彼のいる部屋でなまえはぬいぐるみと遊んでいた。

おとなしくしているのならここにいてもいい。

そう彼が言ったため、なまえは動かぬうさぎのぬいぐるみとおままごとをしているのだ。

数時間続いたそれは、真木が仕事を終えた瞬間ピタリと止まる。


「おとうさ……真木ちゃん!」


椅子から立ち上がった真木になまえは勢いよく飛び付く。

真木は彼女を難なく受け止めた。


「あのね、お話があるの。」


なまえを片腕で抱いたまま反対の手でデスクの上にあるカップを持つ。

それをソファの前にあるテーブルへと運んだ。

そして自分もソファへと腰を下ろすと、やっと真木は口を開いた。


「何だ。」


先程なまえが話し掛けたことに対しての返事をする。

なまえは真木の膝の上に乗ったまま彼を見て話し出した。


「明日月曜日だけど…、幼稚園行けるの?」

「幼稚園?」


その単語を聞いて真木は眉間に皺を寄せた。


「…行きたいのか?」

「うん。お母さんと一緒に暮らしてたときには行ってたもん。」


自分から発せられた“お母さん”という言葉でなまえの表情が曇る。

真木はそれを見逃さなかった。


「俺の判断だけではどうにもならんからな…一度少佐に話してみよう。」

「ほんと…!?」

「あぁ。まだどうなるかわからんがな。」


真木はそう言って少しだけ微笑み、なまえの頭を撫でる。

彼女は気持ち良さそうに目を細めた。





「…というわけなんですが……」


なまえを連れた真木は兵部のもとへ先程の話をしに来ていた。

説明されている間なまえを見ていた兵部は、それが終わると彼女から視線を外して考え込む。

そしてようやく真木の顔を見た。


「それで、キミはどう思うんだい?」

「それはどういう…」

「キミはなまえを幼稚園に行かせてやりたいのかい?」


真剣みのある表情で問われ、真木は反応が遅れる。


「自分は…できれば、行かせてやりたいと思います。」

「っ、意外だね。キミがそんなこと言うなんて。」

「なまえの好きなように、やらせてやりたいので…」


真木はちらりとなまえを見て言った。


「そうだね、その意見には僕も賛成だ。」

「では…」

「だがまだ承諾したわけじゃない。」


期待させたのはほんの一瞬で、兵部はすぐに冷たく言った。


「ああいう機関はESPにうるさいからね。リミッターもつけて、ちゃんと力のコントロールができないと、悲しむのはなまえだ。」


真木は黙って兵部の話を聞く。


「身分証明もあるだろうし、問題は少なくないんだよ。」


2人の様子を見てなまえは首を傾げる。

内容は理解できていないが、何となく話がよくない方向に進んでいるのがわかるのだろう。

真木の表情も兵部の表情もいつもより険しい。


「ま…」

「でも、できないわけでもないんだ。」


なまえが真木を呼び掛けた瞬間被せられた兵部の言葉で、弾かれたように真木は彼を見た。


「これらの問題を全部解決できれば…だけどね。」


眉を吊り下げて言う兵部に真木は頭を下げる。


「ありがとうございます…!」

「まぁキミなら全部大丈夫だろ。ただし、条件がある。」


なまえを一瞥し、兵部は続ける。


「もしなまえがこの先学校に行きたいと言っても、行かせてやれるのは中学までだ。それに、そっちの勉強だけでは進度が遅い。だから、学校とは別でこっちでの勉強もさせるように。」

「少佐…」

「僕は基本放任主義だしね。ちゃんと育ってくれればそれでいいよ。」


そう言って兵部はなまえの前にしゃがみこむ。


「15歳になったらもう子供扱いしない。だからそれまでに一人前のエスパーになれるようしっかり頑張るんだよ。」

「ん…」


彼女の頭を撫で、兵部はまた立ち上がる。


「真木、もちろんキミもだ。保護者として、しっかり彼女を見守ってやってくれ。」

「はい。……ありがとうございました。」


真木はもう一度頭を下げ、なまえを抱き上げると兵部の部屋をあとにした。


彼らの後ろ姿を見て兵部は小さく微笑む。


「真木があんな風に言うなんて、よっぽど大事にされてるんだね。」


こうして見ると本物の親子みたいだ。

その呟きは本人たちには届かず一人きりの部屋の空気に溶け込む。


「将来が楽しみだ。」


2人の将来を想像し、兵部はクスリと笑った。



***



「おはようございまーす!」


翌日、真木はなまえを連れて幼稚園に来ていた。

昨夜のうちに各所にある彼女の出生に関するデータはすり替えておいた。

よほどこの子のことが気になって調べあげている者でない限り、途中で変わったとは思わないだろう。


「よろしくお願いします。」


出迎えに来た幼稚園の先生に頭を下げれば彼女は驚いたように目を見開く。

だがその表情はすぐに笑顔へと変わった。


「なまえちゃんのお父さんですか?」

「…、そうです……」


さすがに違いますとは言えない。

そんなことを言ってしまえば間違った解釈をされるだろうし、すり替えた書類には面倒を避けるためそう書いておいた。

自分も大人だ、そんなことで意地を張って他人に説明し出すつもりはない。


「じゃあなまえちゃん、お父さんにバイバイしよっか。」

「真木ちゃん、行ってくるね!」

「あ、あぁ…」


幸い、なまえも真木が父親だと言ったことについて意図を理解しているようだ。

彼女らに見送られ、真木は幼稚園をあとにした。

迎えに行く時間まで、例の問題をひとつでも片付けておこうか。

そう思い、初めてなまえと出会ったマンションへと向かった。


先日借りていた部屋は今もパンドラ名義で入り口の役割を果たしている。

なまえの母親が引っ越していても、住所登録の心配はない。

父親の住むマンションに住ませていることにすればいいのだから。


「根本的なところ、か…」


なまえの超能力。

瞬間移動ができるのは知っているが、他に能力があるのか、超度はどのくらいなのかなど、わからないことが多すぎる。

今まで行っていた間は何も起きなかったようだからと今日は行かせたが…


「…帰ったら色々と調べないとな。」


そしてなまえの超度に合わせてリミッターを作り、出来次第手渡す。

今夜は徹夜か。

そう思って苦笑した。

だが同時に何故自分はこんなにもなまえのことで真剣になっているのかという疑問が浮かんだ。

今回のことも、駄目だと一言で済ませられたのではないだろうか。


一般の教育。


そんなものに憧れた時期もあった。

早く一人前になるためにはあまり必要ではないのだろうが、同年代の友人と同じ時間を共有することも、大切だったのだろう。

だからこそ、今こうしてなまえにはそうさせているのかもしれない。

父親とはこういったことを考えたりするものなのだろうか。

恋人も作ったことのない男が子持ちになるとは。

冷静になった今、改めて考えると笑える。


「…そろそろか。」


時計を見れば午後2時前。

考え事をしている間に随分と時間が経ったようだ。

今日は自分が初めてだったこともあり、早めに迎えに行くとなまえに言ってある。

多分幼稚園の先生にも言っているだろう。

帰ったら超度の測定だと予定を明確に決め、真木は部屋を出た。




真木が幼稚園に着くと、朝会った先生となまえが出てきた。


「真木ちゃん!」


向こうから駆けてきたなまえはいつものように飛び付いてくる。

抱きついてきたなまえを受け止め、真木は一緒に来た先生に向き直る。


「ありがとうございました。」

「いえ…あ、お父さん。」

「っ、何でしょう…?」


お父さん、と呼ばれてドキリとした。

これから自分は、ここに来ればなまえの父親なのだ。


「なまえちゃん、今日はなんだか様子が変で…外ばかり見ていたんですよ。もし同じようなことがあればお家で聞いてあげてください。」

「え、あ、はい。わかりました。」


今見る限りでは特に気になることはない。

いつも通りだ。


「じゃあなまえちゃん、また明日ね。」

「うん!」


なまえは元気よく挨拶し、手を振った。

真木も軽く頭を下げ、なまえを抱いたまま幼稚園をあとにする。

そして先程まで時間を潰していたマンションへと向かった。



「なまえ。」

「ん?」


歩きながら先程幼稚園で聞かされた話をなまえにする。


「お前、今日何かあったのか?」

「何で?」

「いや、お前が幼稚園で外ばかり見つめていて様子が変だったと…」


何があったのかわからず、少し不安げな口調で言う。

そんな彼になまえはへらりと笑った。


「真木ちゃんが来るの待ってた。」

「っ、…そうか……」


その原因に対する予想がいい意味で外れ、真木はほっとする。

それと同時に彼女の答えに少しばかり笑みをこぼした。


「んっ……」


片腕でなまえを抱き、もう片方の手で頭を撫でてやる。

するとなまえは擦り寄ってきた。

真木は先程離した腕を戻し、しっかりと抱き抱える。


「こういった生活も、悪くないのかもしれないな。」







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