親と保護者の違い




「で、その子が真木さんの隠し子だと?」

「だから違うと言っているだろう!」


アジトに戻った3人。

兵部は、なまえがパンドラに入ることを知らせた。

そして説明し終わってすぐの反応が、葉が発した冒頭の言葉である。


「ちょっと変わった出会い方だったけど、パンドラに今いる子達と何ら変わりはないよ。」


普通に接してやってくれ、兵部がそう言って話は終わった。



「なぁ、名前なんていうの?」


皆が解散したあと、葉がなまえに話しかけた。


「……真木なまえ!」


一瞬難しい顔をしたが、なまえは元気よく答える。


「なんだ、やっぱり真木さんのガキなんじゃないですか。」

「ッな、お前は…!」


なまえと葉の会話を聞いた真木が文句を言いに来た。


「違うと言っているだろう!」

「だって、真木なまえって言ったじゃないスか。」


なまえをチラッと見ながら話す葉。

真木もなまえの方を見た。


「…旧姓を使え。」

「きゅう、せい…?」


言葉の意味がわからなかったのか、真木の言葉を反芻し、首を傾げている。


「俺と会う前の苗字だ。母親と暮らしているときには別の苗字だっただろう。」


もっとも、“真木”が正式な苗字でもないため、旧姓という表現もおかしいのだが。


「でも、今はお父さんと暮らしてるよ?」


まるで、当たり前だとでもいうような台詞。

真木は盛大な溜め息をついた。

葉は2人のやりとりに笑いを堪えている。


「…ちょっと来い。」


真木はなまえに言い、いつもよりも歩幅を大きくしてその場を去った。


「待って!」


なまえも彼を追って出ていく。

残された葉は、もう耐えられないとばかりに笑い転げた。


「…笑いすぎだよ。」


転げ回る葉を一瞥した兵部が言う。


「だって…!」

「…まぁ、気持ちはわからないでもないけどね……」


それでも尚笑い続けながら返した葉を冷ややかに見た兵部だったが、その肩は微かに震えていた。



***



真木は速足で歩いていく。

なまえも追い付こうとするが、足の長さが違いすぎるため全速力で走っていた。


「………。」


その事に気付いたのか、真木は振り返って立ち止まる。

なまえもその姿を見て嬉しそうにしながら走ってきた。


「…速いなら言え。」

「…待ってって、言った、よ……」


息切れの所為で喋りづらそうだが、なまえは返す。

その様子に、真木は息をついた。


「……わっ…!」


足下にいるなまえを抱き上げる真木。

そのまま無言で歩き出した。

向かった先は彼の私室。

部屋に入り扉を閉め、なまえをソファへと降ろす。


「…お父さん?」

「そう呼ぶなと言っているだろう。」


その声には僅かに怒気が含まれていて、なまえはビクッと肩を震わせた。


「でも……」

「さっきも言ったはずだ、俺はお前の父親ではない。」


吐き捨てるように発せられた真木の言葉に、なまえは泣き出した。


「…ごめ…ん、なさ…ッ」


そして瞬間移動だろうか、一瞬で姿を消してしまった。


「……っ………!」


消えた。

まさかそんな事態になるとは思わなかった。

確かに、今日1日で色々なことがあった真木は疲れている。

本来ならば、任務を終えて速やかにアジトへ戻り、報告をして眠るはずだったのだ。

それを邪魔された所為もあって、彼女にイライラをぶつけてしまったのも事実。

だが、その所為で何処かへ行ってしまったのもまた事実だ。

既にパンドラにいる子供なら、何処かに行ってしまってもそのうち帰ってくるだろうし、行った場所も見当がつく。

しかし彼女はどうだろう。

帰ってくるかどうかはおろか、移動した場所さえわからない。


「なまえ……」


少々キツく言い過ぎた。

だが後悔しても、もう遅い。

しかし……

責任と後悔、そして彼女を心配する保護者の気持ちが入り交じり、真木は何の情報も無いまま飛び立った。



***



「っう……ひ…くッ……」


なまえが瞬間移動した場所―――

それは真木と出会ったマンションだった。

というより、ここしか行く宛てがなかった。


なまえは今まで母親と2人で暮らしてきた。

唯一の家族である母親の言うことならば信用できた。

その母親が父親のところに行けと言った。

だが、その父親は自分の父親ではないと言う。

戻りたくとも、母親はもういない。


「おか…さ…っ……」


現在いるのはそのマンションの屋上。

意図して瞬間移動したわけではなく、超能力が暴走して飛んできたのだが…

頭に浮かんだのがここだったようだ。


「っ……ひ…ぅ…ッ」

「……こんなところにいたか。」


その声に反応し、なまえの肩が強張った。

恐々と振り向いた先にいたのは、自分の父親ではないと吐き捨てるように言った真木だった。


「ッ……!」

「こら、逃げるな!」


走り出そうとしたなまえの腕を、真木は強引に掴む。


「っ…ぅ………」


痛みに顔を歪めたが、それよりもここから出ていきたい気持ちの方が強かった。

会えて嬉しいはずなのに、また何か言われてしまうのではと体が拒絶する。


「……すまない。」

「……え…?」

「キツく言い過ぎた、すまない。」


しゃがみこみ、なまえと目の高さを合わせて謝る真木。


「お前が母親と別れてつらいのはよくわかる。だが、俺はお前の父親ではないんだ…」

「…っ……」

「聞いてくれ。確かに俺はお前の父親ではない。だが、パンドラにはお前と同じように身寄りのないエスパーの子供が沢山いる。」


ゆっくりと、理解させようと話す。


「例外ではあるが、お前も似たような境遇だ。パンドラはそういう子を歓迎する。」

「…でも……っ…」


“それでは真木との接点は何一つ無くなる”


そう思ったなまえは真木の言葉を遮ろうとしたが、彼はそれを片手で制す。


「だが、出会い方が特殊だったこともあって、少佐が俺をお前の保護者にすると仰った。意味はわかるか?」


なまえはまた首を傾げた。


「…つまり、親ではないがそれと同等の存在にするということだ…」


言い終わると、なまえは目を見開いて真木を見た。

いつの間にか掴んでいた手は離されていたが、彼女はもう逃げようとはしていない。

それどころか、今にも真木に飛び付きそうな勢いだ。


「おとうさ……」

「父親ではない。」

「ッ……」


やはり、すべて理解できたわけではなかったらしい。


「……呼ぶときは、周りの奴らと同じように呼べ。」



本当は保護者の話もせず、ただパンドラのエスパーにするとだけ言えばそれでよかった。

だが、真木にはそれができなかった。

優しい性格の彼は、それでなまえが少しでも幸せになるならと考えたのだ。

さらに、今の状況は自分の所為でもあると考えている。

もちろん違うが、前例のない事態で混乱した彼の頭は、そう考えた方がうまく事が運ぶと意図せず判断したようだ。


「…ぁ……」


なまえは真木に話しかけようとする。

だが、他の者が真木をどう呼ぶのか知らないため呼べなかった。

兵部が皆を集めたときに聞いた気がするが、覚えてなどいない。


「ん?どうかしたか?」


何かを言いたそうななまえに、真木の方から声をかける。


「…何て、呼べばいい?」

「……アジトに戻ったら他の奴に聞け。」


ただ単に自分の呼び方を自分で言うのを嫌がっているだけの台詞ではなく、暗に一緒に帰ろうという意味が込められている。

だがなまえは両方理解していないようだ。


「アジト…?……わっ!」


理解できず首を傾げていたなまえを真木は抱き上げる。


「帰るぞ。」


ぶっきらぼうに言ったが、それでもなまえには本当に嬉しいことで、満面の笑みで頷いた。


「うんっ!」


そのくらい笑えるのなら、いつもそうしていろ。

心の中で悪態をつく真木だったが、彼女が泣くのも笑うのもすべて自分に関係したことだと気付き、苦笑するしかなかった。


「俺次第、か。」


しかし、それならば自分が気を付けてさえいればいいのではないだろうか。

他の子供たちは泣き出す理由をいくつかもっているが、なまえにはそれが1つしかない。

ならば寧ろ喜ばしいことではないか。

なまえは真木を見上げ、どうかしたのかと目で聞いている。

なかなか鋭い子供である。

真木は、何でもないと返す代わりになまえの頭を撫でた。







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