甦るもやもや
学校から帰って自分の部屋へ行こうとすると、ちょうどその近くを真木と紅葉が歩いているのが見えた。
会話は聞こえないし、後ろ姿なため表情もわからない。
しかし気になったなまえは一定の距離を保ちながら彼らのあとをついていった。
そして角を曲がったところで見た、光景。
紅葉が入っていった部屋のドアを見つめる真木の表情は、随分悲しそうなものに見えた。
何か呟いた彼は無理矢理笑ってまた歩き出す。
あんな彼を見たのは初めてで、なまえはどうしていいかわからずしばらく動けなかった。
***
「なまえ、ちょっといいか?」
先程感じたモヤモヤを打ち消すために無心で宿題をしていると、部屋に真木がやって来た。
できれば、今は会いたくないというのに。
「何?」
「明日からのことなんだが……長期任務でしばらく海外へ行く。」
「…っ……」
「特にいつもと変わらず過ごせるだろうが、何かあったら少佐に話せ。」
明日から、しばらく。
何故そんな大事なことをもっと前から教えてくれなかったのだろう。
「ねぇ、真木ちゃん。」
「何だ。」
「一緒に…」
「いや、駄目だ。今回のはまだお前には早い。」
最後まで言うことすらさせてもらえず、同行することを拒否された。
今の自分が未熟なのは充分わかっている。
だけど。
「そんなに心配しなくても数日すれば帰ってくる。」
「あ、うん…」
「まだ何かあるのか?」
そう問われてなまえは聞いてみるかどうか迷った。
だが、聞かないと気が済まない。
「その任務って一人なの?」
「いや、紅葉と一緒だが…」
「…っ……」
なんとなく、予想していた通りだったのが嫌だった。
さらりと答えた真木にも腹が立った。
「なまえ?」
「わかった。勉強するからあっち行って!」
「お、おい…」
半ば追い出すような形で真木を部屋から出て行かせる。
乱暴にドアを閉めて、なまえは蹲った。
ここしばらくなかったあの感覚が戻ってきたのだ。
どうしても落ち着かない、胸の辺りがムカムカする感覚。
真木と紅葉が2人で任務に就くのはよくあることだ。
何故今さらそんなことが引っ掛かるのか。
きっと真木のあんな表情を見てしまったからだ。
はっきりとはしていないものの、昔からそれっぽい感じはあった気がする。
真木は紅葉が好きなんだろう。
そんな考えに至って自分の髪をぐしゃぐしゃとかき乱したなまえは、少し冷静になって別方向から考えてみた。
紅葉は、真木のことをどう思っているのだろう。
彼らが幼い頃から一緒なのは知っている。
彼女が真木を家族としか捉えていないのか、それとも彼と同じ気持ちなのか。
後者ならお互いいい歳なんだし、どちらかが打ち明ければ付き合うことになる。
そして時期を見て、結婚。
「…………」
考えたことがなかった、真木以外の保護者ができるなんて。
今まで真木が父親代わりとして接してくれて、彼には恋人がいないから一人親。
だけど当然、結婚すればその相手がなまえの母親となる。
もしかしたら、真木が想いを告げられないのは自分がいたからなのかもしれない。
それなら、遠慮などせず紅葉とくっついてほしい。
彼の邪魔はしたくないし、今まで我慢してきたのならなおのこと幸せになってほしい。
相手が紅葉なら、自分と真木の間にある複雑な事情も理解してくれている。
全くの他人より、彼女が相手の方が……
「…まだ、そうだって決まったわけじゃ、ないし。」
考えを飛躍させ過ぎた。
もし、そんな話が出たら彼を応援してあげよう。
自分はもう父親を一人で独占したがる歳じゃない。
まだなんとなくムカムカするのを抑えるように、なまえは再び机に向かって鉛筆を動かした。
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