いつのまにか
「昨日さ、お父さんと出掛けてたんだな。」
月曜の朝、教室に入り既に来ていた隣席の隼人に挨拶をすると、そんな言葉が返ってきた。
「あ、うん。午前中にあった用事が早く終わったから、そのご褒美にって。」
「そっか。」
「……?」
どうやら、たまたまあそこに買い物に行った際になまえと真木がいるのを見つけたようだ。
声かけてくれればよかったのに、と言うと、何となくかけづらかったと言われた。
「でもごめんね。せっかく遊ぼうって言ってくれてたのに。」
「いいって。俺も買い物行ってたんだし。」
じゃ、俺あっち行ってくる。
彼がそう言ったことにより会話は終了し、隼人は立ち上がって友達のところに行ってしまう。
彼の表情になんとなく違和感を覚えたが、気にするほどでもないかとなまえも鞄を置き女の子の集まる場所へ移動した。
***
一応女性の部屋だということはわかっているが、まだ、子供。
込み上げてくる罪悪感をその言葉によって押し込め、真木はなまえの部屋へとやって来た。
あくまで、掃除が目的だ。
自分の子供が部屋を散らかしていないかどうかの確認なのだ。
そんなことをぶつぶつと呟きながら、真木は部屋のドアを開けた。
「………」
ああ、やっぱり。
自分の娘である彼女は、自分の生真面目さ見ながら成長してきただけあって部屋も綺麗に片付けてあった。
これからしばらく海外任務に出るから、その前に散らかっているなら片付けてやろうと思ったのだが。
そもそも、何故自分はこんな気分でいるのだろう。
親が子供の部屋に入るのはごく自然なことだし、片付けをしてやるのも当然のこと。
しっかりした娘が部屋を綺麗にしているのなら、自分の仕事が少し減ったと喜ぶべきだ。
自分の娘相手に女性も何もないだろう。
「…久しぶりだな。」
改めて見回してみて思う。
この部屋に入ったのは本当に久しぶりだ。
昔は疲れて眠ってしまった彼女を抱き上げてベッドまでよく運んだが、今ではそんなことあるはずもない。
昔に比べて勉強道具が増え、本棚の中身が変わった。
絵本ばかりだった棚の中には、小学生向けの少し字が大きい本や、もっと上級生向けの本、そして――
「?」
文庫本より少し大きめの、軽い本。
イラストの載った背表紙のそれは、漫画の単行本だった。
「こんなものにも興味を持っていたんだな。」
全然知らなかった。
自分が知っている彼女の好きなアニメは、正義のヒーローで止まっている。
そういえば紅葉も昔こういったものを買っていた。
当時は然して気にならなかったが、どんな内容なのかこの年になって少し興味がわいてきた。
少しだけ、と真木はその中から1冊取り出して読み始めた。
内容は、予想通り恋愛が主たるものだった。
小説で描かれるよりもずっと浅く、小学生が読んで楽しめるもの。
ただ気になったのは、この物語は主人公の少女の恋心が同級生と先生の間で揺れているということだった。
何故こんなことが気になったのかわからない。
しかし、この部屋に入った頃より胸の辺りがすっきりしないのだ。
「恋愛、か…」
自分はなまえくらいの歳の頃も今も経験したことがない。
そう思いながら本を棚に戻す。
「娘の部屋に勝手に入ると嫌われちゃうわよ。」
「…っ……」
急に声がかけられて後ろを振り返れば、入り口近くの壁に紅葉が凭れて立っていた。
「女の子には知られたくないことも多いんだから、あんまり詮索しちゃ駄目よ。」
真木ちゃんそういうところに疎いんだから、と言った彼女は、先程返された漫画のある棚を見つめている。
「…あぁ、わかってる。」
「何?なまえの恋愛事情が気になるの?」
「いや、お前が昔よく読んでいたなと思ってな。」
「あら、よく覚えてるのね。」
壁から背を離し、部屋を出た紅葉を見つめ、真木も後を追った。
「それで、お父さんはホントにあの子の恋愛に興味はないの?」
「だからそう言っているだろう。」
「そうよね。いくら父親でもそんなことしちゃ本当に嫌われるわ。」
「…………」
じゃあ明日から、頑張りましょうね。
並んでで歩いていた紅葉は、そんな言葉を残して通り道にあった自分の部屋へ帰った。
閉まったドアを見つめる真木は歩くことをやめ、立ち止まる。
気にならないと言えば、嘘になる。
本当は少し気になっているのだ。
「やはり、変、か…」
ポツリと呟き、自嘲気味に笑う。
明日から忙しい、準備をしなくては。
そう自分に言い聞かせた真木は、先程までの考えを振り払って自室までの道を再び歩き出した。
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