お出掛け日和
「なまえ、そっちだ!」
「了解!」
逃げようとした標的の動きを念動能力で封じ、軽い攻撃で意識をなくす。
一連の流れを終えたなまえは、ぐったりとしている敵を落ちないように浮かせ、真木のもとへと運んでいった。
「助かった。」
「そんなこと言ってわざと私に捕まえさせたくせに。」
真木を見てニヤリと笑ったなまえは、意識のない標的を意味もなく上げ下げした。
こんな風に2人の任務が好きだ。
憧れの真木と二人きりだし、彼も信用をおいてくれる。
ああしてわざと標的をこちらに渡したのも、捕えられると思ってくれているからできたのだ。
任務に就き始めた頃や、他の子がいるときには絶対にしてくれない。
地に足をついてないために目線も同じ高さになり、ますます気分がよくなる。
「予定より早く片付いた。」
「ほんとに?」
「あぁ。充分休日を楽しむ時間はある。」
微笑んでそう言った真木に、なまえは嬉しくなる。
褒めて伸ばす、ということで言ってくれたのかもしれないが、それでも嬉しい。
「真木ちゃんはこのあと用事あるの?」
「いや、特に入っていないが…」
「じゃあどこか連れてって!」
***
捕らえた標的をアジトへ連れていったあと、なまえと真木は買い物に来た。
といっても特に欲しいものがあるわけではなくただ店を見て回るだけだ。
色々なものに目を移しながら歩くなまえを後ろから眺めて真木は少し考える。
昨日の不機嫌さを考えて、なるべく今日はなまえに気分よく任務をさせてやろうと思っていた。
彼女が仕事を任されると喜ぶのは知っている。
父親としても上司としてもあまりよくはないのかもしれないが、そうして機嫌を取っていた。
あの不機嫌さは、友達と遊べないストレスもあったのかもしれない。
そう思って遊びに行ってもいいと言ったのに、何故か彼女は自分とこうして出掛けたいと言った。
自分はそれでもいいのだが、彼女は本当にそれで楽しいのだろうか。
「………」
そこまで考えて、実は何か欲しいものがあるのかもしれないという可能性が浮上した。
言いづらいからなんとなくを装ったのだろう。
そうに違いない。
今日は頑張っていたし、昨日のこともあるし、頼まれたら買ってやろう。
まったく、物を買い与えて娘の機嫌を取ろうなど、駄目な父親の典型例だ。
「ねぇ、真木ちゃん。」
「どうした?」
「私さ、行きたいところがあるんだけど…」
来た。
言いづらそうにしているあたりがそれらしく見える。
「今日はお前の買い物に付き合ってるんだ。好きなところに行けばいい。」
俺もついていった方がいいのか?と冗談半分に言ってやる。
するとなまえは目を逸らし、もう一度ちらりとこちらを見てから眉根を寄せた。
「真木ちゃんがいないと、意味ないんだけど…」
財布が要る、おそらくそういうことだ。
そんな風に遠慮がちに言わず、もう少しはっきりと言えばいいものを。
娘が父親に何かをねだるのは至極当然のことなのに。
「わかった。」
そう思いながら、真木は自分の返事に顔を綻ばせたなまえの後ろをついていく。
だが、辿り着いた店は予想していた類のものではなかった。
「ここ、か?」
「うん。」
小学生同士では来られないからと言ったなまえが連れてきたのは、モールの一角にあるチェーンのカフェ。
そういえば学校の規則に“子供だけで飲食店へ行ってはいけない”と書かれていた気がする。
「駄目?」
「いや、入ろう。」
思わぬ展開ではあったが、これはこれで“欲しいもの”なのかもしれない。
真木はなまえの手を引いてカフェのスペースに足を踏み入れた。
休日の午後―おやつ時ということもあり、店はなかなか込んでいる。
その客のほとんどはカップルや女性の友達同士といった感じで、親子で座っている客は見られなかった。
なまえが選んだものと自分の分を買い、真木は席を探す。
「真木ちゃん、あそこ空いてる!」
そう言って駆けていった彼女が座ったのは、モールの通路に面した席だった。
すぐ傍を人が通る落ち着かない席だが、どうやらそこしか空いていないらしい。
確認した真木は、先に座って待っているなまえを見て苦笑し彼女の向かい側に座った。
「そんなに来たかったのか。」
「うん。この間留美ちゃんがお母さんと行ったって。」
「そうか。」
この年頃の子は自分のしたことをとにかく自慢し、それを聞いた子もとにかく羨む傾向がある。
なまえも例外ではないようで、初めて聞く名前だが、その子のしたことを羨んだようだ。
残念ながら、母親と来るというのは真似させてやれないが。
「それにね、真木ちゃんとこういうところに来てみたかったんだ。」
「…ぶっ……」
「大丈夫!?」
思いがけない言葉を聞き噎せてしまった。
テーブルにエスプレッソが少し溢れる。
「あ、嘘じゃないよ。ほんとの話。」
「…………」
「普通はお父さんと2人でお出掛けなんてほとんどないし、私にはこっちの方がいいんだ。」
真木ちゃんといっぱい話もできるしね、と言って笑いながら飲み物を飲むなまえ。
なんとなく、こちらが考えたことがわかったんだろう。
彼女の言葉が嘘かどうかは確認できないが、それでも嬉しく思う自分がいることに真木は気づいた。
***
人通りが多くて時々顔を顰めたりもしていたが、それでも真木は帰ろうとは言わず一緒にいてくれた。
任務で一緒にいられただけでなく、一緒にお出掛けもできるなんて。
会話、というよりなまえの話を真木が聞いているといった方が正しかったが、それでもなまえには楽しかった。
「ふふふ。」
「そんなに楽しいか?」
「うん。ここに来られたのも嬉しいし、それに…」
「それに?」
「……ううん、何でもない!」
真木はその先を気にしていたが、なまえには言うことができなかった。
“なんか、デートみたい。”
特に気にすることもないだろうが、どうしても言えない。
随分前に自分の真木に対する感情は親愛と憧れであって恋ではないと自覚したのに、何故かそう言うのを躊躇ってしまう。
言ってしまえば、また恋だと錯覚してしまいそうになるのだ。
「なまえ。」
「え、あ、何?」
「そろそろ疲れてきたか?」
黙ってしまったのをそのせいだと思った真木は、任務の後だしなと言って小さく笑う。
「全然疲れてないよ!」
「そうか。」
背伸びをする子供を見るとき特有の生暖かい眼差しで、なまえを見た。
そしてまた微かに笑ってカップに口をつける。
そんな姿も格好いい、そんなことを思ってなまえは考えを振り払うように首を振った。
「そういえば…」
「ん?」
「…いや、何でもない。」
しばらく会話がなくなってから真木が何か言いかけたが、結局話されなかった。
今日彼から話を切り出したのは初めてだったから、是非聞きたかったのに。
「そろそろ帰るか。」
腕時計で時刻を確認し、真木が言う。
周りを見れば、あんなにたくさんいた客はほとんどいなくなっており、外もだいぶ暗くなっていた。
「そうだね。」
時間が経っていたことに全く気づいていなかった。
席を立って、店を出る。
普通人ならこのあと車や電車で帰るのだろうが、自分達は瞬間移動だ。
帰る場所が同じなのだから一緒にいる時間は変わらないが、このときだけなまえは普通人が羨ましいと思った。
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