小さな違和感
ある日、真木の部屋の固定電話が鳴った。
この電話はなまえの学校関係のことでしか使用されないため滅多に鳴らないのだが。
連絡網か、そう思い少々訝りながら受話器を取る。
『もしもし、真木さんのお宅ですか?』
だが聞こえたのは誰かの保護者や先生ではなく子供の声だった。
「はい、真木ですが…」
『あ、えっと…隼人といいますけど、なまえちゃんいますか?』
どうやらなまえの友達のようだ。
ついこの間、存在を再認識した彼。
「えぇ、少々お待ちください。」
子供相手に電話などしたことない真木は、普段仕事でするのと同じ丁寧な口調で話し、保留にしてなまえを呼びに行った。
「なまえ。」
「ん、どうかしたの?」
「お前に電話だ。」
一体何のことかわからないといったなまえを取り敢えず立たせ、自分の部屋へ連れていく。
電話から発せられるメロディを聞きようやく理解した彼女は、慌てて受話器を取っていた。
「はい、なまえです。」
話し出したなまえを見て思う。
まだ仕事が残っているため部屋を出て待つわけにはいかないのだが、正直妙な気分だ。
相手の声は聞こえてこないのに、なまえの声だけが聞こえてくる。
電話だから当たり前と言えばそうなのだが、やはり気になる。
自分はこんなにもなまえの友人関係を気にしていたのか。
父親と言えど、少々意識しすぎではないか。
なんとなく、やたら頑固で口煩い父親のイメージと自分が重なって、真木は心の中で舌打ちした。
父親とはそんなものなのかもしれないが、まさか自分も同じようになるとは。
特に干渉はせず、何も思うことなくやりたいようにさせてやる親になるだろうと思っていたのに。
「うん。え、明日?」
「………」
「ごめん、明日は駄目なの。また今度遊んで!」
しばらく話していたなまえがそんなことを言った。
何やら誘いを断ったようだが、それを聞いて少し喜んだ自分は人として最低だ。
ありがとう、またねと言って受話器を置いたなまえを見て、真木は彼女の傍へ寄る。
「よかったのか?」
「うん。毎日遊んでるわけにもいかないし、明日は真木ちゃんと任務でしょ?」
「まあ、そうだが…」
全面に喜びを示すことはできず、かといって遊んでこいとも言えない真木は、複雑な面持ちでそう返す。
するとなまえが少しむくれた。
「何よ、私は真木ちゃんとの任務楽しみにしてたのに!」
「あ、いや、おい…!」
宇津美さんとこ行ってくる!
怒ったように叫んだなまえは、真木の部屋をずんずん足音を鳴らして出ていった。
冗談なのか本気なのかよくわからない怒り方だった。
「真木ちゃん、今度の海外の件……、何かあったの?」
訪ねてきた紅葉が、開け放たれたままのドアと立ち尽くした真木を不審に思い問いかけた。
「…紅葉か。」
「来る途中でなまえとすれ違ったわ。随分怒った様子のね。」
「………」
別に怒っていたわけではない、と言いたかったが、確信がなく言うことができなかった。
既に室内にいる紅葉から視線を外して開けっぱなしのドアを見つめる。
「…随分素敵な父親になってるのね。」
「嫌味か、それは。」
「まさか。ただ、ちゃんと自覚してるのかってことよ。」
「一体何の話だ。」
先の見えない言葉に真木が顔を顰めると、小さく息をついた紅葉は曖昧に笑った。
「わからないならいいわ。」
「………」
「それより、今度の海外任務について聞きたいことがあったのよ。」
広げられた資料について話す紅葉は、既にいつもの紅葉だった。
真木も少し違和感を残したままいつも通りに返していく。
そうして説明をしているうちに、先刻の妙な話は彼の脳内から消え去っていった。
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