少し大きくなったから




月日が流れるのは早いもので、なまえは小学生になった。

2度進級もして、今は3年生だ。

まだまだ途中ではあるが、出会った頃に比べれば随分と成長したなと思う。


「ただいま、真木ちゃん。」

「あぁ、おかえり。」


以前真木が任務で使っていたマンションの一室にある空間ホールから帰宅し、彼に帰ってきたことを必ず知らせに来る。

幼稚園の時と同じように、なまえはそのマンションから通っていた。

だが送り迎えが必要な幼稚園とは違い、小学校には1人で行き1人で帰ってくる。

それに少し寂しさを感じるのは、父親としての感情が色濃くなってきたからだろうか。


「あ、そうだ。今日ね!」


しかし変わらないところもある。

こうしてその日あったことを楽しそうに話すところは、今も昔も変わっていなかった。

学校の先生のこと、友達のこと。

自分がしたことはあまり話さないためわからないが、彼女の身の周りで起こったことは大体把握できる。

幼稚園の頃からの友達とは今も仲がいいようだが、新しい友達もたくさん増え、最近は名前を覚えるのも難しくなってきた。


「それでね、先生が…」

「真木ちゃん、ちょっといい?」


ノックの音と共になまえの話を遮ったのは、紅葉の声だった。

部屋に入ってきた彼女は、数枚の書類を手にしている。


「あら、なまえ。おかえり。」

「ただいま。あ、私向こうに行ってるね。」


仕事の話だと悟ったなまえは、部屋を出ていきどこかへ行ってしまった。


そんな彼女の後ろ姿を2人は見つめる。


「あの子が来てから、もう4年だっけ?」

「あぁ。」

「早いわね。」


感慨深げにそう呟く紅葉に、真木は聞きたいことがあるんじゃなかったのかと問いかける。

その声に、そうだったわねと思い出したように返し、彼女は持ってきていた書類を見せた。



***



「お仕事、か…」


小学生になったとき与えてもらった自室で、なまえはぽつりと呟いた。

幼稚園児の頃少しでも彼の役に立ちたいと思い頑張ってきたものの、できることといえば真木の邪魔をしないようおとなしくしていることくらいだ。

それ以外にも色々してみたが、せいぜい子供が少し背伸びした程度のもの。

真木に甘えたい気持ちもいくらか抑えているのに、成果がなくて溜め息が出る。


「あ…」


まただ。

真木が風邪で倒れた日に感じた妙な感じは、結局彼の体調が戻っても消えなかったようだった。

今でも時々沸き起こることがある。

もしかしたら何か別の理由があるのかもしれないが、今のところこのモヤモヤを誰かに話したことはなかった。


「真木ちゃんと紅葉姐さん、どんな話しているんだろ…」


仕事の話に決まっているが、どうしても気になってしまう。

これを気にしたのは今回が初めてではない。

いつか自分も、あんな風に真木と仕事ができるのだろうか。

そんなことを考え出し、今悩んでも仕方のないことだといつものように中断する。


「…勉強しなきゃ。」


今できることを精一杯するしかない。

なまえはランドセルから筆箱を取り出すと、資料室へ向かった。



アジトでは、パンドラが施している教育の課題をする。

そのために宇津美に会いに来たのだ。

日記を開けば、彼の姿が現れる。


「やあ、なまえ。」

「ウツミ先生!」


以前は昔の記憶しかなかった宇津美だったが、ここ数年は日記に新たな文章を書くことで最近の記憶も持っていた。

もっとも、書ける量が決まっているため何もかもを詳しく書いているわけではないのだが。


「今日はここからここまで教えて。」


なまえが頼むと、彼は快く承諾する。

そうしてなまえは何時間か勉強を見てもらった。




「やっぱりこっちのは難しいなー…」


課題をすべてこなし、片付けながらなまえは呟く。


「いや、君の歳にしてみればよくできてるよ。」

「うーん、でももっと賢くなりたいんだ。」


そう言った彼女に宇津美は焦らなくてもいいと言ったが、なまえはあまり納得しなかった。


「ありがとうございました。」

「あぁ。またいつでもおいで。」


彼に別れを告げ日記を閉じ、また自室に戻る。

今度は小学校で出された宿題をしなければならないのだ。

ランドセルからプリントを出し、机に向かう。


“真木なまえ”


小学校で使うものは、何かと名前を書かなければならないものが多い。

このプリントもその一つだが、なまえは書いた名前を見てしばらく微笑んでいた。

出会ってすぐは旧姓を使えと言った真木も、様々なものの関係で世間的には親子だということにしたためなまえの苗字は真木にすると決めた。

とても嫌そうな顔でそれを告げた彼だったが、今はあまり気にしていないと思う。

それが嬉しくて、なまえは自分の書いた名前を優しく撫でてから問題を解き出した。



***



「はい、真木ちゃん。」

「あぁ。」


1時間ほどで宿題を終えたなまえは、夕食後真木の部屋に来た。

今日学校で配布されたプリントを渡すためだ。

保健だよりや図書館だよりなど真木に関係のないものも渡しに来るが、今回は見せる必要のあるものだった。


「授業参観、か…」

「うん。」


来週の金曜の5時間目に行われる授業参観。

その案内のプリントだ。

毎年この時期に行われるが、去年も一昨年も都合がつかず真木は行ってない。


「………」


プリントを見る真木は眉間にしわを寄せている。


「あ、強制参加じゃないから、お仕事があったら来なくてもいいんだよ!」

「……すまない。」


今回も運悪く、任務が重なっている日だった。

彼が忙しいのは理解しているため文句は言わないなまえだが、まだ今は保護者に来てもらいたい年頃だ。

それは真木もわかっているし、できれば行ってやりたいのだが、やはりその日はどうしても空けられない。


「大丈夫だよ。あ、私行くね。」


お仕事頑張って、と言い残して去っていったなまえの後ろ姿を真木は見つめる。

彼女を見ていると、自分を見ているようだ。

まだ子供だというのに、言いたいことやしたいことを我慢している傾向がある。

もちろんずっとではないし、未だに抱きついてくることもある。

甘えてくる節もあるが、それでもやはり以前に比べればおとなしくなった。

部屋で一人の時は何をしているのかもわからない。

彼女が自分のことを私と言うようになったのはいつの頃だったか。


そこまで考えて真木は自分の思考が気持ち悪くなって嘲笑った。

こんなにも娘のことを考えすぎるのはおかしすぎる。

部屋で何をしているか知りたいなど、まるで思春期の恋する男子だ。

それとも父親とはこれほどまでに娘を気にかけるものなのだろうか。


「俺も30代だしな…」


歳をとった、と呟いて、真木はやりかけていた書類制作の続きを再開した。



***



自室に戻ったなまえは、ベッドにころんと寝転がってぬいぐるみを抱いた。

これは去年のクリスマスに真木がくれたものだ。


「やっぱり無理か…」


去年も一昨年も、来てほしいとは言えず無理しなくていいと真木が来るのを断った。

なまえちゃんのお母さんは?と隣の子に言われ、返事に困ったのは1年経った今でもはっきり覚えている。

だいたいのクラスメイトは母親が来ていて、中には両親揃ってくる家もあった。

自分もみんなのように見に来てもらいたい。

初めて会ったときより、こんなに成長したんだよって言ってみたい。

そんな欲が生まれたが、なまえはすぐに首を振ってぬいぐるみを強く抱き締めた。


「…我が儘、言わないもん。」


少しでも大人っぽくなって真木に近づかなければ。


「大丈夫、真木ちゃんが来なくてもちゃんと勉強頑張れる。」


たくさん勉強して、真木の支えにならなければ。


「明日の分もやろっかな…」


パンドラが出した課題をもっと早くすれば、さらに真木に近づける。

そう思ったなまえは、起き上がって数時間前にしまったテキストを出した。

わからないところは飛ばして、明日まとめて宇津美に聞けばいい。


「早く15歳になりたいな…」


中学を卒業する頃には、一人前として扱われるようになる。

そのとき誰よりも真木に近い存在になれるように、今は色々なことを我慢しようとなまえは決めた。






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