23th


 恋人の身支度を覗いてはいけない。ドレッサーに座るクラルの側へ行っていけない。
 前に着飾る過程が見たいとお願いしたら途中で、やはり恥ずかしいので別室でお待ち頂けませんか? と、言われしまった。それ以降、僕自身の支度が終わったら大人しくリビングで待つのが品の良いマナー。と言うか、僕等の間にある決まり事だ。

「…………」

 しかし暇だ。することが無い。仕方がないから、ソファへ腰掛けてクラルが持ってきたペーパーブックをめくる。
 午前十時十五分。今日は外でランチの後、半年前に予約していたバレエの昼公演へ行く。公演時間は十四時。演目はくるみ割り人形《ナッツクラッカー》。とある令嬢が聖なる日の真夜中、くるみ割り人形との出会いをきっかけにやがてお菓子の国へと誘われるストーリーは、何世紀も前から続くクリスマスシーズンの定番だ。去年も彼女と観に行った。多分、来年も観に行くだろう。僕らは、僕等の間にだけ存在する不変をこうやって数年前から作ろうとしている。
 ページを捲る。

「…………」

 本の内容はクリスマスに纏わるストーリーだった。緻密な挿絵が添えられているそれは所謂アドベントブックらしく、きっちり二十五章で終わっている。僕の恋人は一年の中でも取り分けて、クリスマスが大のお気に入りらしい。

「…………」

 ふとして紙面から顔を上げる。視界に、彼女と飾り付けた煌びやかなツリーが映る。
 関係を築く前は、季節感と言えば食材の変化くらいだったのにな……それが、今ではリビングにツリーを飾り、暖炉の上には陶器製のジオラマで絵画のワンシーンを再現し、玄関の天井にはヤドリギ、扉にはリース。テーブルにはクリスマスビスケットが詰まったキャニスターを置いているし、クリスマスマーケットへも足を運んだ。
 そして今日はくるみ割り人形、クリスマスシーズンに相応しいバレエの観劇。

「…………」

 白状、しよう。ここ数年間は僕も、めちゃくちゃこの時期を満喫している。クラルとゆっくり過ごしたいが為に、余程急ぎじゃない限りは占いの仕事も年初めまで休業している。ロイヤルグルメホールで行われる今日の演目も、前回の鑑賞で内容も演出も全て覚えてしまったがそんな事はどうでも良い。今も待ち時間さえ気にならない。僕が、僕みたいな男が……。なんて言ったら、彼女に失礼だな。
 寝室の扉が開く音が聞こえた。足音が近くなってくる。開きっぱなしにしていたリビングの扉から、「ココさん」華やかな声。

「お待たせ致しました」
「いいや」

 数十分ぶりに姿を見せてくれた僕の可愛い恋人は整えられた髪に慎ましい化粧を施し、女性の服の名称はよく分からないが、Vネックと腰の切り返しが魅力的な装いをしていて、

「凄く似合ってる。凄く、綺麗だ」

 浮つく心の声を止められないまま僕は、ソファから立ち上がった。




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