22th


 今日はクリスマスシーズン用のお菓子を作る。彼女はそれを指しては頑なに「クリスマスビスケットですよ」と言うが、一般的にはジンジャーブレッドクッキーと呼ばれる代物だ。
 生姜とシナモン、あるいは沢山の香辛料で味付けされたそれは今や、クリスマスの定番である。
 それを、食べ飽きるほど大量に作りたがるのは、彼女の文化だ。沢山有ればあるほど、良いらしい。焼き立ての山が食卓にあるのを見るのは「なんだか、幸せな気分になれます」という事らしく……成る程。

「君の背景や感情を否定する意図は無いんだ。だから、ただの意見として聞いてほしいんだけど……」
「なんでしょうか?」

 僕を仰ぎ見るクラルは楽しそうに、小麦粉の中身を家の中で一番大きなボウルへ移した所だった。その分量はひと袋。僕はその計量から無意識にバター必要量を暗算し、用意する。保存が効く食物とは言え……今年も中々の枚数が出来そうだ。

「昨日、香辛料の他に……ナッツや干しぶどうを買っただろ?」
「はい。ココさんのお勧めだけあって、本当に美味しそうです」
「ありがとう。だから、今年はあれも使わないか? 勿論全部じゃ無い。と言うか、今年から……味のパターンを増やしてみるのはどうだい?」

 我ながら長ったらしい前置きになった。だが、伝えたい事のひとつは、伝えた。
 クラルは僕の発案に対して目を瞬かせた。


 半日後。僕ん家のキッチンはジンジャーと香辛料の香りで満たされた。去年の今日と全く同じ状況だが今年は去年と違い、クリスマスビスケットにレパートリーが増えている。
 プレーンはクッキー用ローラーで生地に柄を付けただけのもの。ナッツ入りは定番のジンジャーマン。ドライフルーツ仕込みはツリーの形。香辛料の配合の違いによって、微妙な変化をつけた星の形。

「ココさんは本当に、プロでないのが不思議なくらいですね」
「そうかい? 趣味の範囲じゃないかな」

 正直、少し張り切りすぎた。と言うか、疲れた。勿論クラルも手伝ってくれたが、それぞれの最も良い生地を作る為のレシピ立てを全て暗算するのは骨が折れた。つくづく感覚で調合の妙技をこなせてしまう小松君を尊敬する。寧ろ今日ばかりは羨ましい。彼の努力を知らない訳じゃ無いが、あの天性のセンスの良さには憧憬の念さえ抱く。
 だが、嬉しそうに味見をした彼女が本当に幸せそうに破顔したから、それだけで労力の全てが精算されてしまう。

「こんなに美味しいのは、趣味の範囲を超えています。毎日食べても絶対に飽きません」
「嬉しいことを言ってくれるね」
「本当の事ですから」

 やおら。彼女が一枚を僕の口元へと運んできた。これと言った合図は無かったが、意図は分かる。お言葉に甘えてその指先から直接、作り立ての一枚を銜え、咀嚼した。

「いかがです?」
「……」

 計算された香辛料の絶妙な味わいから、やがてじんわりと広がるジンジャーの刺激に甘さ。その融合は狙った通り紅茶が、それもすっきりとした味わいのアッサムが欲しくなる。うん。

「我ながら上出来だ」

 クラルが、僕の眼下で幸せそうに微笑う。それは愛らしく、どこか誇らしい。幸福さそのものだ。その顔を見て、思う。
 作る枚数を減らそうよ。とまでは、言わなくて良かった。

 ……まあ、元は冬至に無病息災を願って作られたお菓子だと言う説があるから……数が多いのは、ご愛敬かな。




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