Sixteen

 頭に鈍痛を認めたまま瞼が動いた。眼をあけようとしたら、上下の睫毛がくっついているかのような抵抗を感じて、思わず指先で目を撫で擦る。体が重い。意識はまだ背後の闇へ引っ張り込まれそうになっている。拍動に合わせて、息を吐く。

「−−っ」

 自分のではない声が聞こえた。なんとか目を開ける。と、茜色の中、酷い顔をしたココが顔を覗き込んでいるのが見えてきた。頬に額に、ココの指が滑る感触がした。手を、握られている。

「良かった。クラルちゃん……僕が、分かるかい?」
「……ここ、さん」

 ひんやりと気持ちのいい指の持ち主の美しい焦燥が、クラルの言葉で安堵に満たされていく。クラルの喉は掠れて、上手く声が出ない。心成しか音が高い。何より睡魔が自分を引っ張っていて、体がうまく動かせない。
でも、意識は事実を覚えていた。

「良かった。今、水を、」

 言うのなら、今しかない。

「−−ホワイトティー、です」
「え?」

 目を見開いた美丈夫に、畳み掛けた。

「手渡された、紅茶に、ミルクと、薬液が。気づかなくて、私、」
「……クラル?」
「飲んで、しまって……ごめんなさい、」
「クラル、なのか?」
「あなたに、ご心配、を」

 言葉が終らないうちにココが縋り付いてきた。頭を垂れるように、横たわるクラルの大きく忙しない鼓動の上に、額を擦り付け両肩を抱いて「クラル。記憶が、良かった、……良かった」覆いかぶさり、唸るように声を出している。クラルは微睡んだまま微笑んだ。

「ココさん……、」

 眼前にある短い黒髪を撫でようとして、ふと、腕の長さが足りないことに気付く。
 縋るココの肩の向こうに、小さい手が見える。
 子供の貌をしている。のに、その指先はクラルが思ったように動いた。握ろうと思えば握れて、開こうと思えば開いてクラルは、ふと気づいた。

「ココさん、あの、教えて下さい……」

 そう言えばさっき、彼は私をなんと呼んだかしら。今、なんと言ってたかしら。

「私、どうなってし−−っ」

 どうなってしまったの? と、開きかけた口がまた、激しい頭痛で堰き止められた。後頭部を殴りつけられたような鈍痛が襲う。

「クラル!」
「−−っ」

 断続的な痛みが睡魔を伴ってクラルの意識を後ろへと引き摺り混む。ココが荒い呼吸を落ち着かせるように握ってくれる手の、その差異にも気づかない程、急速に。ただ、深く息を吸う。

「大丈夫。死相は、視えていない。安心してくれ。今、鎮痛作用のある薬液を作るから飲んで、」
「い……え、平気、です。ただ、もう」

 呼吸を繰り返すたびに、瞼が重くなった。身体から力がじわじわと抜けて、「眠くて、……ごめんな、さい」「クラル」意識が暗闇に拐われる。頭痛が軽くなると同時に、頭の後ろでヒューズが飛んだような音がした。




 秒針が動いている。
 夜が始まった寝室に、幼い寝息と一緒に、かち、かち、かち。
 ココは小さな手を握ったまま床に膝をつき、その寝顔を見下ろしていた。ふと気付いて、薄い額に滲み出していた汗を、指先で拭う。自身の口腔内に溜まり初めていた生成液をそっとみ下す。
 クラルを見下ろす。
 その姿は、変わらす、幼い。推測で10歳。乱れたおさげの髪に、着せ替えそびれたワンピース。憔悴した顔にもまだ、年ゆえの張りがある。
 今朝、リビングの暖炉傍で、写真を抱え込んで倒れているクラルを見かけた時は心臓が止まるほど驚いた。呼吸と心音は確認でしたものの、呼び掛けても目を覚まさなくて、途方に暮れたまま自分の部屋に運んだ。脳裏にリンから送られて来た資料が横切り、リンへ再び連絡をした。が、結局、コール音の最中に視えた電磁波が彼女の安全を教えてくれたからココは、−−クラルが、倒れた。見た限りは大丈夫そうだが、意識は無い。……ああ。死相も、嫌な卦も視えないよ。だが、万一夜まで目を覚まさなかったら、そっちに連れて行く。
 でも、クラルは目を覚ました。しかも記憶が、

「ホワイトティー、か」

 記憶が、戻っていた。

「すぐ、リンちゃんに報告しよう」

 クラルが帰ってくる。僕のクラルが、戻ってくる。その兆しがあの時、彼の目に確かに視えた。



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