Twelve

 その表情が、店員の姿を捉えて、固まった。
 こんにちはココ様。今日、奥さんは? 一緒じゃないの?

「あ、ああ……」

 言葉を交わしあう二人を交互にみて、クラルは首をかしげる。ココさんがびっくりしてる。めずらしい。
 なんだ。新作持ってきたから、お勧めしたかったのにな。と、愛想良く笑う店員に、ココは引きつり笑いを返している。クラルはますます首を傾げた。珍しい? どうしてそう感じたの? ココさんとは昨日あったばかりなのに。さっきからおかしなことばかり続いているようで。おかしいと言えばどうして自分はあの時、この人の言葉を信じようと思えたのだろう。
 ココは、拍動する鼓動も耳の奥で感じながらも務めて平静を装おうとしていた。
 迷子のクラルの探すのは、簡単だった。電磁波の軌道を読めばいい。ただでさえ目立つ風貌で人の檻から抜け出すのは苦労したが、人の目が外れるほんの一瞬を捉えて気を逸らせてしまえば、すぐ見つかった。すぐ見つかったけれど、まさか。と、口から飛び出かけた呟きを押さえ込む。嘘だろ。

 ここ、クラルのお気に入りの、ジェラート屋台だぞ。

 店員の方が面白くて、ついつい話し込んでしまいます。なんて言葉を、ほんの少しのそねみ交じりに聞いていたあの日が懐かしい。それから時間が合えば一緒に足を運んでいた。だからココも、すっかり顔見知だ。ニコニコと見られる。それよりこの子、ココ様たちの子供? いつの間に作ったのー? いつもは聞き流せる、軽口が今は辛い。

「ちがいますよ」
「いや、この子は……昨日から預かっている子で」

 そもそも子供になっているはずなのに。どうしてここにいるんだ。ピンポイント過ぎる。
 ココの焦りなど他所に、店員は、ふーん。と、軽い調子で相槌を打った。
 そして、ショーケース越しにクラルを覗き込んだ。すごい偶然だね。この人の奥さんも、と、その後に続きそうになった言葉にココは冷や汗を流した。不味い。

「あ、あの! 新作とミントチョコレートを一箱! 持ち帰りで!」

 咄嗟に言葉に被せるオーダーを通した。突然の声量に二人がびっくりした顔を見せたけどココはそこで、愛想笑いを返す。なるべく、気取られないような自然さでクラルヘと。

「君の面倒を見てくれたようだし、今日のおやつはこれにしようか」

 極力、平静を装った。小さなクラルは、見た事もないほど目を輝かせて、「良いのですか? ほんとうに?」なんて繰り返す。幼い体から迸る電磁波は、はたはたきらきらとして、明るい。
 ココは、決済機にカードを通しながら痛感する。
 そうだよね。君の、お気に入りだもんね。
 同時に、看過出来ない懸念が彼の中で芽生えた。



「何の話をしていたんだい?」
「アイスのこと、聞きました。うちのジェラートはチョコレートいがい、エサにフレーバーをまぜて、そのミルクで作るてんねんのあじ。と、いってました」
「他は?」
「チョコレートは、ミルキーゴーフにとって、どくだから、それだけはプレーンから作って、まぜると、いっていました」

 ココとしっかり手を繋ぎながら(ココに、次はぐれたらあの子みたいにチャイルドリードを付けるからね。と、丁度のタイミングで前を横切った自分よりもうんと小さい子どもを指差されたから、今度はしっかりと握った。そんなこと、とても恥ずかしい)クラルはつい五分前の会話を思い返して答える。

「それだけ?」
「……あと、」

 言うべきか、言わないべきか。迷っていた。だってあの店員は、クラルにとって謎だらけだった。

「ココさん、してんのう。なんですか?」

 だから、迷いながらも口にした。

「というか、してんのうって、なんですか? どこの言葉ですか?」

 クラルの位置からでは、ココは大き過ぎる。見上げてみても空の蒼さが目に入るばかりで、彼の表情は伺えない。寧ろ肩しか見えない。おおきいなあ、と、仰ぐたびに思う。マーベルのヒーローみたい。
 だからココの口元の緊張に、気付かなかった。

「……誰が、言ってたんだい?」
「先ほどのかたです」
「なんて、言っていた?」

 なんて? ココの言葉を復唱しつつ、記憶を探る。少し前の記憶だ。思い出すのは容易い。

「おととしの日しょくで、活やくした一人の、とおっしゃっていました」

 言って更に、クラルは続けた。

「おととしに、日しょくなんて、ありました?」
「さあ。君、きっと担がれたんだよ」

 素朴な疑問をココに投げかけたら、あっさりとした返答がやってきた。あまりに素っ気なさすぎてクラルは思わず、なるほど。と、頷いてしまった。あの人が嘘をついているとは思えなかったけれど、ココさんが知らないと言うならそうなのだろう。
 不思議な説得力が、彼の声や言葉には宿っている。

「まあでも、すぐに見つかって本当によかった。家に着いたらお昼を摂って、それから勉強をしようか」
「はい。おねがいします」

 それでも、小さなしこりは、幼い胸に引っかかっていた。



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