恋愛英語 | ナノ


I think of you night and day.

彼女に他意は無い。他意も無ければ計算も打算も無い。ココは澄まし顔で焦った。このシチュエーションは、プランに無い。

クラルがお願いした通り焼き栗を一袋だけ買って来たココは、ふたりで空いたベンチに座った。
深いブラウンの、ピカピカとしたベンチだったけれどココはまるでそれが当然の行いであるかの様に、クラルが座る所に淡いブルーのハンカチを敷いた。
この行動にはいくらレディーファーストがトラディショナルな地域で育ったクラルでも驚きを見せた。私はそんな、ご令嬢じゃない。けれどデートと言うのが初めてであった彼女は、遠慮を聞いても柔らかな物腰のままその姿勢を崩さないココに従わざる得なかった。だって、「折角の白い服が汚れたら大変だ。君によく似合っているんだから」なんて言われては従う他無かった。
ココにとっては是がスタンダードなのだとクラルは納得させた。


お礼と改めての挨拶を交わしてクラルの品良い指先が細長い紙袋を開く。開いて、じっと中を覗き込んだ。微笑ましくクラルを眺めていたココが、どうしたのかと口にしようとした所で「……多いですね」クラルが言った。


「ココさんも召し上がって下さい」
「いや、僕は…」
「この後ランチを食べに向かうのに、この量をひとりで食べるのは難儀しますよ」
「持って帰ってリンちゃんと分ければ良いんじゃないかな」
「良案ですが…。リンさんは今ダイエット中ですから。誘惑を持ち帰るのは気が引けます」


言うなりクラルはどうぞと口を開かせた紙袋をココに差し出した。ふわりと、独特の香ばしい香りが漂って食欲を誘う。誘うけれどこれは彼女に買い与えたものだ。自分が先に口にするのは気が引ける。
困惑するココに「もしかして……焼き栗は、お嫌いですか?」クラルは勘違いを口にした。ココは否定した。否定したらしたでならばと押される。埒があかない。埒があかないので、それじゃあと一粒だけ摘まみ上げたらクラルは満足そうに、召し上がれ。と笑った。



はんそくだ。


ココは、栗を落としそうになった。


どうしてこのタイミングで笑うんだ。しかも何だその笑顔。さっき迄の緊張を持った表情や、困惑した顔も可愛かった。寧ろお洒落に着飾ったクラルが可愛かった。普段も可愛いが今日はとびきりだ。犯罪を起したくなるレベルだ。揶揄だけど。そう、何と言うか風の動きに翻るレース地のスカートがなんとも女性的過ぎるのだ。正直さっきから平静を装うのに精一杯だった。君によく似合う、なんて言う時も実はかなり緊張した。それ以前に、邂逅一番後ろから抱き締めたくなる衝動をぐっと押さえた位なのに。


どうして、今。どうして、そんな、優し気に笑うんだ。


ぱきょんと、摘んでいた栗が殻ごと砕けた。親指と人差し指がくっついた。自分の栗に専念していたクラルが驚いてココを見上げた。


「……ココさん。」


ちょっと気不味い沈黙が流れる。


「…殻、刺さりませんでしたか?」
「…ああ」
「お手拭きどうぞ」
「ありがとう」
「それはこちらに」
「−−ごめん」
「マローネは紙袋に殻を入れるポケットもあって便利ですよね」
「そうだね」


敢えて男の失態に触れない優しさが余計に居たたまれなかった。(だからと言って触れられたり笑われたらそれはそれでプライドに引っ掻き傷が付くけれど。男は時に女より繊細なのだ)穴があったら入りたい。時間を戻したい。それよりこの常人離れした力の強さを初めて恥じた。

なんなんだ自分。

ココは指先に着いた栗の欠片を拭き取りながらぐるぐる考えた。ぐるぐるぐる。クラルは横で新しい栗に挑んでいた。さっき挑んでいた栗は口の中らしくほっぺがモゴモゴしている。
リスみたいだ。飼いたい。連れ帰りたい。
ココはちょっと、人には言えない事を考えた。


「はい、ココさ…何か?」
「あ。いいや。何、も…」


名前を呼ばれて不意に我に返ったココはクラルに向き直り、言葉を無くした。

何だ、この状況。このシュチュエーションは、自身が描いていた初デートのプランに無い。

ココは頭を回転させた。何で、自分の眼の前に栗があるんだ。しかも殻無し。ついでに言ったらどうしてそれに綺麗にシェイプされて、ベビーピンク色の爪…指先が添えられているんだ。ココは、この状況を客観的に分析して、算出した。これは、つまり、


「どうぞ、ココさん」
「あ。ああ,……」


俗世間で言う、'はい、ハニー。あーん'と酷似したシチュエーションじゃないだろうか。

ココは頭を働かせた。……わざとか。自分を、試しているのか。いや、きっと、彼女はそんな手管が使える子じゃ無い。そんな事を素面で出来る子じゃない。だからきっと是は、あれだ。先の失態からの優しさだ。きっと、クラルはその持ち前の気遣いから、また栗を粉砕してしまわない様に皮を剥いだ栗を差し出したに過ぎないんだ。断じて、こちらへ向かう途中のドォウモ前で見た恋人達のオマージュではない。つまり、この時にベストな行動は、つまり。


「ありがとう。頂くよ」


ココは澄まして微笑み、掲げられていたマローネを指先で受け取った。それを見送ったクラルが満足そうに「はい。召し上がれ」と笑ってくれたから、また少し口外出来ない葛藤を抱いて、「……いただきます」マローネを口に含んだ。

ほっこりとした焼き栗は香ばしくて甘かった。今迄食べたどのマローネより美味しく感じて柄にも無く、もう一つ剥いてくれないかななんてココは思った。


「もっと召し上がりますか?」
「え?あ」


だから、クラルがそのココからしたら小さな掌に、いつの間にか器用に剥かれた大粒のマローネをころころさせて差し出した時、ココは感動してしまった。予想外ってなんて素晴らしいのだろう。ついでにこんな事も思った。次に掌で差し出されるならさっき、多少気障ったらしくても、彼女の指先から直接食べれば良かった。ちくしょう。なんて。

心の中で舌打ちした。




"君の事で頭がいっぱい"


(11.08.11/掲載)
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