恋愛英語 | ナノ


We are happy togeter now.



お昼はクラルの提案が通った。二人でカフェのテラス席に座って、ご飯を美味しく頂いた。
ココからすればクラルが居れば何処でも良かった。クラルの喜ぶ顔が見れるのなら、笑顔でプランを破り捨てられる男だ。

だってお互い向かい合って食事を摂る時間こそ、ココに取って何事にも例え難く素晴らしい時間なのだ。

待ち合わせ場所から少し歩いた所に有るカフェは日陰を追ってテラス席が誂えられている、少し古いタイプのカフェテリアだった。時間が時間だけあって人入りも先ず先ずだ。ココは適当に席を決めた振りをして一番移動が少ないだろう席へクラルを案内した。席に付いて直ぐやってきたギャルソンからメニューを受け取り各々の料理を頼んだ。勿論、クラルはペリエのライムを外さなかった。料理が運ばれる迄の僅かな時間に、互いに味がついたガス入りウォーターで喉を潤しながらこの後の予定を話し合った。

初秋の、気持ちの良い風が吹いていた。

クラルの後ろには中世後期に建築された高い煉瓦造りのアパルトメントの壁が、真っ直ぐその先の広場に向かって伸びていた。日差しと日陰のコントラストに、切り取られた空の青さがなんとも眩しい。
けれどココには、運ばれてきたトマトバジルの生パスタを頬張ったクラルが「あら、おいしい」と顔を綻ばせた時の表情の方が何倍も眩しかった。凄く、可愛いな。なんてココは思いつつ「こっちも美味しいよ。食べてみるかい?」自分がオーダーしたルッコラとベーコンのパスタを差し出し微笑んでみた。けれど、頭の中は欲まみれだった。成る程、これがサニーの言ってる調和か。確かに惹き付けられる。本当に美味しそうだな、

彼女の口の端に付いてるソース。

ココは、ココのパスタをフォークとスプーンを扱い器用にくるると取り皿へと寄せるクラルの口元を、10.0の超視力で眺めた。ガン見した。捕獲レベル、高いよな。まだ。それ以前にこれは特殊指定食材だろう。希少価値だ。早く舐めとっても笑って許して貰える関係に持って行きたい。くすぐったいですよ。なんて笑った口にそのまま、自然とキス出来ちゃう関係に。課題は山積みだが、自分を見失わない限り大丈夫だろう。うん。大丈夫だ。ココは心の中で頷いた。それにしたって当のクラルは全く気付く素振りを見せなかった。それ所か自分のパスタもフォークとスプーンを使ったサーバーで小皿に取り分け始めた。勿論ココ行きだ。トマトが好きだと言う情報をリンから聞いているのでソースも掬ってかける。折角だからちょっと見栄えを良くしてみる。勿論そんな気遣いココは知らない。ココは、クラルに向かって微笑んだ。


「クラルちゃん」
「はい」
「口の端、ソース付いてるよ」


咄嗟に、クラルは親指の腹と人差し指の先で口の端を拭った。か細い声が恥ずかし気に「すみません」と呟いた。でも、未だ残っていた。ああもう、仕方ないなあ。ココの胸の内が反映された表情を読み取ったクラルはさっと端に寄せていたバックを引き、鏡を求めて漁った。でもその発掘より早く苦笑したココが、反射的に、手を伸ばしてしまった。四天王一の優男というより、個性的な年下ばかりを持つお兄ちゃん気質が仇になった。


「ここだ、」


−−しまった。

気付いた時には、遅かった。
しまった。しまった。この子は、あいつ等じゃない。意識した時には手遅れだった。目の前のクラルの顔は茹でた軟体海洋生物の様に真っ赤でついでに、親指が知った下唇の柔らかさに体温に湿り気に、ココ自身もオーバーヒートしそうになった。

今、僕、何してんの?何、してるんだ?

網膜に映った映像が視細胞から視神経を通って大脳後頭葉へ向かう。伝達された神経信号がWhere経路What経路を通って処理される。二つの視覚路を経た信号を前頭葉で情報処理、行動原理の暗算をする。頭をフル回転させる。算出する。QED。よく分かった。ココは思った。癖って怖い。

取り敢えずココは取り繕って笑った。「こっちだよ」クラルの唇に付いていたソースの名残を拭う。

声は上擦っていないか、口元は引き攣ってないか、心臓の音は聞こえてないか。親指の腹に触れる柔らかい唇が恥ずかしそうに動く。触れる。視線が釘付けになる。形の良い唇の上に置かれたリップにはトマトソースが少し混ざっている。ココには視えた。その中に均等に揃った歯が覗き、その更に奥には柔らかそうな舌が潜んでいた。紅色に薄い白布を被せた様な健康的な色。弾力と潤いを持ったこじんまりとした舌が、萎縮している。ココには視えた。視えた。視えてしまった。キスしたい。腰を浮かせてそのままこの手で顎を捕えて。出来るだろう。しても良いだろう。だって僕等、付き合ってるんだし。恋人ってマウストゥマウスのキスが出来る関係を指すんだよな。じゃあ良いだろう。しても誰にも文句は言わせない。ココは思った。心臓がどんどんと胸の奥を叩いて衝動を囃し立てた。さあやれ、そらいけ。でも、


「……うん。」


ココは、優しくソースを拭うと、その手を引いた。

断っておくが意気地が無いとかじゃない。そんなんじゃない。ただ、ココの心臓が起した囃し立てが、衝動なんかより厄介な物に迄鞭を振るってしまったのだ。意識した口の中にじんわりと、唾液とは違う液体が浸透した。いやちょっと。是はマズいだろ。ココは唾液毎それを飲み込んだ。喉元にちりりとした焼ける様な感覚を認めた。やっぱり。毒が出てた。僕の馬鹿野郎。ココは心の中で苦々しく舌打ちをした。


「取れたよ」


自分に嫌気が差しつつも、ココは澄まして居住まいを正した。動揺するなとは言わない。動揺を悟られるな。クラルちゃんは聡いんだ。心配を掛けたく無い。血流を抑えるんだ。衝動を押さえ込むんだ。方法は知ってるだろう、身に染み付いているんだ……あれ。今僕、毒人間で良かったと思わなかったか?あれ?ハント以外で、こんな事初めてだ。こんな風に思える時が来るなんて。凄いな、彼女は。僕をこんな気持ちにさせてくれるなんて。やっぱり、この子を手放さなくて良かった。思い切って良かった。一生涯大切にする。一生、害せず大切にする。一巡して、着地点を見失ったココの思考は、クラル自身意図しない賛辞と決意で締め括られた。

当然、


「−−あ。ありがとうございます……」


弱々しく声を絞り出したクラルには、ずっと分からない事だ。


「……いや」


ココは、礼を述べたっきり顔を赤らめ俯いてしまったクラルに気付かれない様、親指を口元に当てた。良いだろうせめて。是くらいしても良いだろ神様。お前の娘の唇は舐めなかったんだから。

ココはさっき迄クラルの口に付いていたソースを舐めた。

長時間煮込まれたと思しきトマトソースのコクと酸味に続いて、例えようの無い甘味を感じた。もう一度唇に押し宛てて舐めてみる。ちょっと是は、マズい。麻薬食材だ。クセになりそうだ。クラルがゆっくりと顔を上げた。咄嗟にテーブルの下に手を隠した。苦笑いの顔を作って、ココは言った。


「僕の方こそ、驚かせてすまない」
「い、いいえ」



クラルは弱々しく首を振った。そのままバッグを置き直し、ココに向かって取り分けたパスタをどうぞと差し出す。ココが礼と共に受け取ってくれたのを確認してから、自分の皿の上に寝かせていたフォークを握る。本当に小動物だ。ココはうっとりとした。さっきは小リスだった。今は、そうだ。ロップイヤーだ。少し肩を丸めて萎縮させて、真っ赤な顔で、今にも震え出しそうで。目が合うと赤い顔のままさっと俯いてしまう。うん、可愛い。先の動揺は何処へやら。ココはうっとりした。何だか胸が満たされて食欲を感じなくなった。
けれどやおら、


「……私も。」


下唇を噛み締めたクラルが背を正してココに向き直った。
未だ目尻迄を染めた羞恥の顔だったが、クラルは精一杯笑んで言った。


「驚いてしまって、すみません。少しずつでも、慣れていきますので。……お気になさらないで下さい」
「へ?」


ココの口からすっとこきょんな声が出た。
けれどクラルは、きゅうっと下唇を噛んだ後、こうも言ったからココもつられて赤面しそうになった。だから、反則だからそれ。ココは言葉を飲み込んだ。


「お付き合いの、関係なら……とてもトラディショナルな、事ですから。慣れます。慣れて…みせます。」


最後は殆ど、決意の表明だった。クラルはココを見つめたまま一度だけ、力強く首を縦に動かした。それからフォークを握り直し、耳元に髪を掛けた仕草のまま先端に巻いたココのパスタを口に含んだ。口に含んで咀嚼して、華やかに綻んだ口元に手を宛ててとても美味しいとパスタの味に賛辞を贈り笑った。ココは、同意を示すだけで精一杯だった。うん。それは良かった。ココさんもどうぞ。うん。ありがとう。……いただきます。自分のフォークをテーブルに落とさない為、ココは右手に全神経を集中させた。




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