27歳、独身男性の恋。



危ないよ、って。言っても、今日の彼女は利かん坊。

「あのさ。僕今、毒滲んでるよ」
「そうですね」

そう、彼女の声は伸びやかに僕を肯定するのに、彼女の体は僕の逆手側に(利き手側でないのは勿論、いざという時彼女を守りたいから)居て、腕を絡めて指先から手を繋ぐ過程で、僕の掌を弄る。いつもの様に。大きな手。と、掌同士を合わせたり、綺麗な爪。と、僕の切り揃えたばかりの爪先を撫でて幸せそうに、くすくす笑う。

「厚くて固い皮」
「なまえ」
「マメの痕。あら、新しいの迄」
「なまえ」
「ココさんは、がんばり屋さん」
「なまえ、」

やがて彼女は指を絡めて、手を繋ぐ。漸く、はい。と。何時もみたいに僕を見上げて微笑む。その笑顔に僕は一瞬目映さを感じて、愛しさに胸を締め付けてでも頭ではこんな甘美を感じている暇じゃない。と、分かっているから。

「…僕の毒、見えてるだろ」

だから堪らず、少し強い口調で言った。そう。見えているだろう。見えていない筈が無いんだ。この顔の右半分近くで、もう鏡に助けられる必要も無く分かってしまう、温い液体が汗線から滲み出て皮膚の上に張り付いている、嫌な感覚は、僕が一番良く理解している。
なのに、

「ええ。とっても痛々しく見えますが、血ではないのですよね?」
彼女は、あっけらかんとする。

「…ああ」
「良かった」
「……何がだい?」

手を繋いで、頭を僕の二の腕に寄せて僕を見上げ僕を見る。いいや、正確には僕の右半分に制御しきれず浮かんでいる、ブラッドカラーの劇物を見ている。

「お怪我ではなくて」

なんて事を言うのだろう。

「怪我より厄介だ」

僕は、苦々しく吐き出す。それは、安堵すべき理由にはならない。

「何故です?」

彼女は不思議そうにきょとつく。僕はまた、吐き捨てる。

「僕だけに留まらないだろ。周囲に害を及ぼす」少し戸惑って「……君にも」
「私にも?」
「当たり前だ。厄災が人を選んだ試しはない。僕がどんなに君を大切にしているとしても、僕の毒は避けてはくれないんだ」
「まあ。恐ろしい」

言葉とはあべこべに彼女は笑う。

「笑い事じゃない」
「そうですね。でも、今は些末な事です」
「なまえ、」

彼女は言う。

「触りませんよ」

僕を見て真っ直ぐに、頓珍漢な事を言う。それじゃあこの手は何なんだ。振りほどこうとした僕を察してか、遂に両手で包まれてしまったこの手に感じる温かさは彼女の物だ。(僕からしたら)小さな手に白い肌色、細い指、半円の白を付け根に持つ健康的な淡いピンクの爪。とても華奢な女性の手。柔らかい体温。

「貴方が、触れて欲しく無い所に、私は触れません」

そして声。彼女は言ってのける。

「触れたりしません」

そう言う問題じゃないんだよ。反論は直ぐに芽生えた。なのに、僕は何も言えなかった。

「無茶も、致しません。善し悪しの分別くらい、きちんと見極められますから」

繋いだ手を掲げて、重い。なんて笑まいて、真っ直ぐに僕を見たままに彼女は笑う。

「ほら。こちらに、毒は見受けられません」

微笑う。

「薬、人を殺さず……と言うでしょう?…ですから私は、」一拍の後「貴方は、大丈夫。ココさんは優しい方ですから」

優しいのは君だ。そう言いたかった。なのに体の奥、僕も知らなかった奥の方から湧き出た感情が僕の喉に蓋をして、やっぱり何も言えなかった。




( 27歳、毒身男性の恋。)




すまない。ごめん。君を好きになって。君の手を振りほどけなくて。君に触れたいと、手離したくないと思っていて。愛してしまって。ごめん。すまない。
奥歯を噛む、堂々巡りの葛藤。
僕の片側には、彼女の柔らかい体温。掌に華奢な手。生命線が長いと吐息笑いを零し線を辿る、愛らしい指。なまえ、それは感情線だよ。そんな可愛い間違いさえも口に出来なくてただ、毒が滲んだ部分に近い動脈を反対の手で押さえ込む。
早く全てを整えて、彼女を思い切り抱き締めてその頬に触れて、キスがしたい。とか。
邪な想いを抱き初めた僕の横で彼女は、僕の手に自分の手を当てて比べて、幸せそうに、清潔に、笑った。

「男らしい。でも、綺麗な手」

……君の方が綺麗だよ。と言ったら、何時もみたいに困った、けれど嬉しそうな微笑みで、そんな事を言うのは僕だけだと、笑うだろうか。





‐‐‐‐‐
作中の"薬人を殺さず"は"薬人を殺さず、薬師人を殺す"って諺から。何事もそれを扱う人に責任があるって意味だけど、だから其をよく知っているココさんは大丈夫。てな感じで。あまり深くは考えないで読んで頂けたら嬉しいです。

この後々、こんなこと繰り返してたら体が学習して、彼女に触られるだけで滲んだ毒が反射的に引くようになったとか…だったら良いなあなんて。

そんな妄想を流しつつ最後までありがとうございました。



(12.05.06/執筆)
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