愛し合う二人と、小さな記念日2




ココは、二度三度と目を瞬かせた。後少しで耳に当てていたモバイルを落としそうになった。通話口の向こう側からトリコが何やら言っている。おーいココ。オーイ。聞いてるのかよ。コーコ、…ぶち。五月蝿いなと思ったら、ココはそれを切っていた。無意識だった。そして無意識に、首を後ろへ動かす。自分がマリオネットかアンドロイドだったら、ぎぎぎぎぎ、なんて接触の悪い音が聞こえただろう。そんな調子でゆっくりと後ろを見た。
廊下の端に在る固定電話の前で丁度、メモを終えたなまえが復唱し終える所だった。


「はい。私、なまえが承りました。はい、」


失礼致します。と締めくくっても一秒二秒と受話器を耳に当て続けそれからそっと、電話機の上に置く。あ。完璧だ。完璧な電話応対だ。
ココの家の廊下に有る電話は占いの仕事専用の回線だった。古いタイプで、一応留守番電話機能は有るが、ジリリリン。とけたたましく鳴る。そしてこれが鳴る時は大抵、急いで鑑定して欲しいと言う客か予約日時の変更だった。
だからなまえがトリコの相手で手が塞がったココの代わりに取ったのは、ココからすれば有難い事だった。お客様は神様だ。と思っているからとかではない。自身のスケジュールがそれにより、大きく狂わされる事が有るからだ。信用問題に関わる前に、そう言う所はきちんとさせなければならない。
とすれば、なまえは完璧に代役を努めてくれた。IGOに籍を置くだけあって対応に非の打ち所は無かった。聞いた事は無いがもしかしたら秘書検定の資格を持っているのかもしれない。ココはそんな事を思いながらも、少し前に耳に届いた衝撃に頭を支配されていた。なまえは完璧だった。本当に、完璧すぎて耳を疑う程。


「なまえ…」
「はい。あら、そちらもうお済みになりました?」


呼びかけると顔を上げてなまえは声に誘われるまま掛け寄って来た。
電話台の上に置いてあるメモパットから千切ったメモを持って。ぱたぱたぱた。バブーシュの音を響かせて。


「ココさん。株式会社グルメージュの××様が予約時間の変更を…」
「さっき、なんて言った?」


迅速に伝言内容を伝えようとしたなまえに、ココは言葉を被せた。


「はい?」


なまえは目を一度瞬かせる。

「先程…ですか?」


復唱の際に言葉を直すのはマナー違反だ。と思ったが、滅多に言葉を崩さない彼女だ。寧ろそれより今はビジネスシーンで無く自宅だし、会瀬の真っ只中だと思えば語尾にですとますが付かなかっただけ進歩かもしれない。「うん。そう。」ココは詰め寄る。


「さっき、…なんて言った?」


なまえは首を傾げた。
一体彼は、どうしたのかしら。ココはどこか切羽詰まった様になまえに身を寄せて来るからなまえは少し困惑した。私、先方に何か不味い事を言ってしまったのかしら。思い返してみても不自然は無かったと思っているが、聞かれたら答えるのが道理である。


「…’わたくし、なまえがうけたまわり’」


ココは首を振る。違う。


「その前」 


なまえは更に首を傾げる。その前?


「……’お名前とお電話番号を復唱させて頂き’」
「そこじゃない。その、前…つーか、…さっき僕の事を説明する時、何て言った…?」
「ココさんの事、ですか…?」
「うん。僕の事」


なまえは何となく、ココの言わんとしている事が分かった。分かったがでも…こんなにも真顔で食いつかれている意味はよく分からなかった。
だってなまえは、間違っていない。少なくともそう教育受けているのだ。


「…'只今ココは他の電話に出ておりまして’」
「うん。…もう一回。」
「…'只今ココは、’」
「もう一回…名前だけ」
「’ココは、’」
「もう一回」
「’ココ、’」
「もう一回」
「何ですかもう!先程から!私何も間違えていないと思います!ビジネスの場では身内に敬称を付けないでしょう!?」
「だから最高なんじゃないか!」
「……は?」






愛し合う二人と
小さな記念日2
(初めて呼び捨てされた日)






それから暫くココはなまえに、折角だからこれを機にもう敬称付けるのは止め…控えて欲しい。あわよくば女友達と話す様な砕けた調子を増やして欲しい。と、言う主旨を伝えたけれどなまえの返事は以前変わらず、それはちょっと…。だの、無理です。だの、困った様子で俯いてしまうだのとで結局、後に続く事は無かったけれど。


「……分かった。君にそこ迄こだわりが有るなら無理強いはしないさ。でもその代わり…」


ココは、諦め切れなかった。


「これから、お店の電話番や…受付を頼んで良いかな?」
「……受付、ですか?でも私も仕事をして居りますから、それは…」
「毎日毎回じゃない。たまに…で、良いんだ。僕ん家やグルメフォーチュンに来てくれた時とか、君の暇な時間とかで…手伝ってくれると、嬉しい。…嫌かな?」


後にココはトリコから、お前それでホントに幸せか?満足なのか?と言われてしまったが、もうこの際なんだって良かった。自分に向けられるものでなくとも、どんな状況でも良い。もう一度最愛の彼女の声で、カジュアルに呼ばれたい。


「……ココさんがそれでも良ければ…構いませんが」


なまえの色よい返事に、ココは珍しく声を上げてガッツポーズをした。


「よし!」
「………」


けれどなまえは、そんなココを見て思った。今後はどうあれ、ココを"先生"或いは"店主"と呼ぼう。と。

下心を顕にする彼氏を前に、固く心に誓ってしまった。





――――――――
何だかとっても報われない感じで纏めてしまった・∀・
そんな小さな記念日シリーズ第二作。
最後のネタはアニメ見ててね、やっぱココさんの店って事務一人は居ないと回らないんじゃないか。と思ったからです。
何はともあれここまで読んで頂きありがとうございました。

(12.04.20/掲載)
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