その青色に包まれて | ナノ
4


担任と二者面談をした日の放課後、俺はウキウキした気分でスーパーに寄った。
必要な物を揃えて、寄り道することなく家に帰る。きちんと手洗いうがいをかかさずに、母のエプロンを勝手に拝借した。

「うーん、簡単そうに見えて難しいんだな…」

スマホ片手に四苦八苦しながら生地を作ってオーブンに入れる。一段落ついたので、ソファに座ろうとしたが、なんだか落ち着かなくて結局オーブンの前に座り込んだ。

俺が作っているのは普通のクッキー。先生に、自分から動けと言われた俺が真っ先に頭に浮かんだのがアオさんだ。見ず知らずの学生にあんなに親切にしてくれる彼に、俺はまだお礼の一つも言っていない。

そこで思いついたのがクッキーを焼いてアオさんに渡すこと。少々思考が女みたいだと言われればそれまでだが、アオさんはいつもポケットにお菓子を入れている。一番最初に会ったときなんて、小さい袋入りのバームクーヘンが走ってきたせいで潰れていた。渡そうと手に取ったときに気が付いたのか気まずそうにしていたアオさんから有り難くそれを頂いたのが1ヶ月程前のこと。アオさんは甘い物が好きなんだと思ったから、俺は一度もしたことのないお菓子作りに励んでいるのである。

「お、焼けてる焼けてる」

だがしかし出来損ない俺氏には新たな才能があったようだ。オーブンから姿を見せたクッキー達は、どれも見事に黄金色。おまけに涎が出そうなバターの香りも漂わせている。

「これなら大丈夫だろ」

満足げに頷いて、初めて感じる待ち遠しさを抱えながら明日が来るのを待った。

 


どきどきしながら手をかけたのは、いつもいやいや開けていた教室のドア。俺の登校時間は平均的なので、きっと教室にはもう既に半分くらいの生徒が居るはずだ。それに、俺の隣の席の奴も、もう来てるだろう。何となく足が竦みそうになり、ぎゅ、と腹に力を入れた。ダメなんだ。ここで負けては意味がない。意を決してドアを開けた俺は、緊張しつつも自分の席へと向かった。周りからしてみればいつもの俺なのだろうけど、俺からしてみれば周りのみんながいつもと違うように見える。

一気にみんなに挨拶なんて、俺にはまだ難易度が高い。だから、まずは一人に挨拶をしてみよう。そう思い、なんとか着いた自分の席の隣で本を読む男に声をかける。

「あ、の…」
「ん?おお、平塚」
「おはよう」

俺がそう言うと、目を丸くした彼がおはよう、と返してくれた。珍しくもないやりとりが、自分から行ったものだと思うと、妙な感じがするが、暖かいのは確かだ。

「平塚から挨拶してくれるとか珍しいじゃん」
「目覚めたから」
「何、挨拶の道に?まぁ、いいんじゃねぇの?」
「いや、まぁ…てか、それ何読んでるの?」
「これ?最近出たばっかのやつ。なんかこの人の書く小説の空気感が好きなんだよね。今回は筆者のノンフィクションなのか?とりあえず表現が綺麗なんだよ」
「へぇ、俺あんまり本とか読まないからなぁ」
「勿体ないって、それ。俺が読み終わったらこの本貸してやるから読んでみろよ」

にかりと笑った彼に、俺も嬉しくなって笑顔で頷いた。
こんなにも簡単なことを何故俺は今まで避けたのだ。待ち続けていたくせに、何を恐れていたのだろう。俺は知らなかったんだ。

「おらー席つけー」

朝から元気そうな担任の声が聞こえて、教卓の方を向いた。クラスメートも各の席に座りだしたとき、周りを眺めた担任と目があった。一度隣の彼を見てから、また担任に視線を戻して、さっき彼がしたような、にかりとした笑みを浮かべてみる。それだけで分かったのだろう、担任は心底嬉しそうに白い歯を見せて笑ってくれた。彼はやはり生徒思いだ。


 


ふわふわした気持ちでここに来るのは初めてじゃないかと思いながら、鞄の中から袋を取り出す。昨日俺が作ったクッキーだ。味見をしたけど、なかなかいい感じだった。きっとアオさんも喜んでくれるだろう。

ところで、これはどうやって渡そうかな。この時間帯、いつものマンションの屋上にいたら、アオさんは来てくれるだろうか。放課後に屋上に行くのは初めてだから、そこのところはよく分からない。だけど、俺はアオさんの部屋を知らない。マンションは知っていても、どこの解のどの部屋なのかまでは分からなかった。ポストに名前は書いてあるだろうか。もし書いていたら、直接届けにいけるのだけど。悩みながら歩いていると、アオさんのマンションが見えてきた。とりあえず、名前があるかどうか確認しよう。

そう決めてマンションまで歩こうとしたとき、見知った影が見えて一度足を止めた。

「アオさんだ」

そこにはちょうど会いたかった人が居て、止めていた足を動かした。だけど、アオさんは一人ではなかった。アオさんの影に隠れていて見えなかったが、彼の隣に女性の姿が見えた。驚いて、またしても足がうごかなくなる。マンションの入り口付近で親しげに話す二人。ふざけてアオさんの肩を叩く女性と、それをやんわりと止めるアオさん。どう見ても雰囲気は恋人同士だ。お邪魔しただろうか。
そう思って帰ろうとしても、二人から目が離せなかった。

それが、いけなかったんだろう。

「きゃっ!」
「おっと」

階段を踏み外したのか、倒れかけた女性を、アオさんが支える。

ばさり。俺の手から袋が落ちる。ああ、きっと割れてしまった。これはもう、アオさんには渡せない。いや、そもそも先約がいるのだし、今日来るべきではなかったんだ。
落としてしまったクッキーを拾おうとしゃがみ込む。伸ばした手に、ぱたぱたと水滴が落ちた。それを認識した途端に目頭が熱くなって、息が震えた。

俺は用無しになってしまったクッキーを掴み、走り出した。



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