その青色に包まれて | ナノ
3


「平塚、このままじゃ危ないぞ」

机を挟んで向かえに座る担任が、責めるでもなく少し心配そうに警告をしてくる。
俺は今、放課後特有の吹奏楽部の楽器の音だったり、運動部の掛け声が少し遠くに聞こえる中、多目的教室に呼び出され時期はずれの二者面談をしていた。
その理由というのも、

「こんなペースで休んでいたら、留年確定だぞ」

そう。俺が休みたいときに休みまくるので、単位数が足りなくなると言うのだ。先生が見せてくる俺の出席日数やら単位やらの関係が書かれている紙を覗き込んで、目を丸くした。まだ夏休みに入っていないのに、俺の欠席日数は15日を越えている。それも、公欠扱いのものは一つもない。これはアカン。

「それは困ります」
「だろう?だからあまり休むのも程々にしたほうが良い」
「だけど先生、体調不良には適わないじゃないすか」
「お前いつも『成長痛が酷いので休みます』って言って一方的に電話切るだろ。いつまでたっても成長してない平塚を見た時の俺の気持ちが分かるか?」
「セクハラです」
「何がだよ!?」

おこな担任はバン!と机に拳を置いて立ち上がる。いきなりの担任の行動にひっくり返りそうになっていると、咳払いをした彼は仕切り直すように「とりあえずな?」と席につく。

「こんなに休む原因はなんだ?何か学校で嫌なことでも合ったのか?」

相談乗るぞ、と真剣な顔で言う担任は人が良いに違いない。担任としていやいやという訳ではなく、あからさまな仮病で休む俺に学校でなにかあったんじゃないのかと気にしているのが見て取れる。
だけど生憎俺はクラスメートからいじめを受けているわけでも先輩にパシり扱いをされているわけでも先生に厳しくされているわけでもないのである。

「なんもないですよ」
「じゃあどうしてだ?一年生の頃は滅多に休むような奴じゃなかったと聞いてたのに」

なんでもないと言った俺をまだ疑うように見つめてくる担任には、俺が脅されてて相談すらできないいじめられっ子にでも見えるのだろうか。まぁ、俺見た目貧弱だしな。ありえそう。だけど、俺はそんなに可哀想な子じゃないんだぜ、先生。

「先生は心配性だなぁ。本当に、何もないんですよ。ただ…」
「ただ?」

「居場所が分からないんです」

いつの間にか俯いていた俺は、視界に入った自分の指に力を込めた。

別に、いじめられている訳じゃない。誰かに無視されている訳じゃない。友達はいないけど、グループを作るときは人数合わせに空いているグループに呼ばれて入るし、昼飯だって席が近い人にたまに誘って貰ったときには一緒に食べているし、常に一人という訳ではない。
それは、一年生の頃と変わらない。俺が休むようになった原因があるとするなら、それはきっと兄だ。

今年、大学を卒業した兄は、就職先に近いアパートに引っ越して一人暮らしをすることになった。
その手伝いをするために何度かアパートについて行ったとき、そこには毎回兄の友達や彼女が遊びに来ていた。
楽しそうに兄と話す人や、俺を見て「似てないね」と笑う人もいた。それは俺に嫌がらせをしようと思って言ったのではなく、ただ単に俺と兄が似ていないと思ったから言ったのだろうけど、俺にしてみればとても皮肉めいた言葉だった。

俺は兄のようにはなれないのだと、暗に言われている気がした。

別に、俺があんなに完璧な人になれるとは思っていない。その辺のことは、俺は俺を理解しているつもりだ。だけど、兄の友好関係を覗いてみて、思い知らされた。

俺に特別親しくしてくれる人はいない。寄り添う恋人もいない。ふざけあう人もいなければ、何か目的を共有する人もいない。
俺には、一線を越えて近寄って来る人はいないのだ。
そう思った途端、学校での自分の立ち位置が酷く不安定だと言うことに気が付いた。もし誰かが休んだりして一人余るならきっと俺が余って一人になる。誰も気分が乗らなければ俺は一人で昼飯を食べることになる。高校生なんて気まぐれだ。いつ何があるか分からない。そんな中、確固たる繋がりのない俺なんて、余りものの有力候補者だ。

それが嫌だった。明日学校に行って余りものだったら、俺はどうやって一日を過ごせば良いのだろう。
そう深く考えてしまうと、次の日は電車に乗ることが出来なかった。

だけどすぐ家に帰るわけにもいかず、うろうろしているうちに目に付いたのが、四階建てのあのマンションだった。居眠り管理人に咎められることもなく屋上へと足を運んで、空を眺めていた。飛び降りるつもりなんて無かったんだ。だけど、何を勘違いしたのか、息を切らせて俺を止めるために男性が走ってきたのが、アオさんとの出会い。
とても綺麗な顔の人だな、と眺めていれば、無意識のうちに自己紹介をしていた。アオさんも混乱しつつ自己紹介。変な出会いだった。

だけど、今思えば、俺の名前を呼んでくれる人なんて、アオさんしかいなかった。

クラスメートや先生方は当たり前だが俺を平塚と呼び、親は俺をアンタやお前と呼ぶようになった。兄も、大学に上がると俺をお前と呼んだ。 

アオさんだけが、イツム君、と呼んでくれたのだ。

改めてその事実を実感していると、あのなぁ、と担任が俺に声をかけてくる。

「つまり、平塚は確かな居場所がないグラグラした今の状態が居心地悪くて学校に来たくないんだな?」
「いや、まぁ、うーん…はい」

当たっているのかよく分からないけど違うということもないので肯定すれば、担任は腕組みをして頷いた。

「平塚、それはお前の独り善がりな思い込みだ」

先生の言葉に、目を点にする。たとえ俺が馬鹿だとしても、これは思い込みではない筈だ。俺は友達がいない。親しくしてくれる人もいない。家族も俺にあまり興味がない。名前を呼んでくれるのなんて、良く知らない綺麗な顔のお兄さんだけだ。
それを先生は、思い込みだというのか。

「どういう、ことですか」
「平塚、自分の態度を振り返ったことはあるか?」
「態度?」
「学校で普段、お前は何してる?」

担任に聞かれて、朝来たときや授業と授業の間、昼休みなどの自分を思い出して、いつも同じ事をしていたことに気が付く。

「寝た、ふり…」
「だろ?俺は朝や自分の授業を挟む休み時間しか知らないけど、平塚はいつも机に伏せてる。その時の周りの様子を一度でも考えたことがあるか?」
「まわり…」

周りのクラスメート。俺は仲の良いクラスメートを眺めていることが、そのなかに自分が居ないことが辛くて、いつの間にか寝たフリで視界をシャットアウトしていた。まるで自分を守るみたいに。

「平塚。差し伸べられる手を待っているだけじゃだめだ。自分からも、手を伸ばさなきゃ」
「手を、伸ばす…」
「ああ」

伸びてきた担任の手が、俺の頭をクシャクシャと撫でた。

「自分から動くんだ、平塚」



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