宴/子ギン+京楽+α
設定は百年前です。
夜が始まった空につられる様にして三番隊長、五番隊長、七番隊長、八番隊長副隊長、九番隊長副隊長、十二番隊長副隊長は酒席を開いていた。酒席といっても格式ばったものではなく、仲間内のいわば内輪での飲み会のようなものだった。但し、場所はそのよう限りでは無く、貴族も利用するという高級なものだったが。酒を呑みはじめて数刻もたたない頃、店の者が平子に耳打ちをした。平子は厭そうに、それでも頷くと店の者は恐縮そうに下がった。しばらくして、店の者が連れてきたのか少年の声と共に襖が開かれた。
「失礼します」
輪になって酒を呑んでいた皆の視線が襖を開けた人物に対して注がれる。襖の向こうにいたのは天才児の鳴り物入りで護廷に入隊し、つい最近には三席にまで上りつめた銀髪の少年だった。彼の所属は五番隊だから、先程平子に店の者が耳打ちしていたのも納得がいく。少年−ギンはそのまま自隊の隊長である平子の元までくると、その背後に方膝をついた。
「平子隊長、藍染副隊長が探しておられます」
「なんや」
皆の視線に居心地の悪さを感じて、平子は不機嫌そうに口を開いた。折角の酒宴だ。くだらぬ用事では容赦はしない、と口調が語っている。
「今日付けの書類未だ終わってへんのがあったみたいです」
「勝手に出しとけ、ゆうとけや」
「隊長の判がいるんやそうです」
どうしても、隊長が必要なのだと食い下がるギンに平子は渋々立ち上がった。
「しゃあないな」
ギンは平子の為に襖を開けて、廊下に出て一歩下がった。白い隊長羽織りを揺らして部屋から出ようとしたかけた平子の背中に銚子を片手に持った京楽が声をかける。
「市丸くんを置いていってよ」
「は?」
平子が遠慮会釈なしに、顔を歪める。
「いや、彼話題の子じゃない。
僕一辺一緒に呑んでみたかったんだよ」
院を一年で卒業するなんて、と既に酒が大分回っているのか軽快に笑う京楽に平子は二つ返事で答えた。
「ええで、なあ市丸」
横目でちらり、とギンを窺う。
「はい、僕なんかでええんでしたら」
こくり、と小さな首を傾げてギンは従順に頷く。傍目に考えても、三席とは言え他隊の隊長に酒席に誘われるのは光栄なことだ。
「あ、せや。
お前が席中断してもうたんやから変わりになんか余興でもせえや」
平子は振り向きもせずそれだけを言い残すとギンの返事も聞かず、廊下の向こうへと消えてしまった。
残されたギンはどうすれば良いのか、とこの中では一番の年輩である京楽に伺いを立てた。京楽はギンをしばし眺めてから、何か出来るのかな、と口を開いた。それを受けてギンは、はいと頷く。そして座敷の端に余興として呼ばれていた芸者の一人に声をかけた。
「それ、貸して貰えますやろか」
芸者の一人から三味線を借り受け、座敷のすみに座して居住まいを正した。
「上手くできひんかもしれんけれど、堪忍して下さい」
ギンはじゃん、と音を確かめる様に二、三度三味線を爪先で弾く。数度繰り返して納得したのか、撥をその白い手に這わせすう、と息を吸った。一拍を置いて、べん、と弾く。未だ少年の特有の高い声を、調べに乗せて吟じた。
「上手いもんだねぇ…」
最後の音の余韻が完全に掻き消えてから、京楽が呆けた様に口を開いた。
「おおきに、」
ぱちぱち、と杯を置いて、手を叩く。皆も連れて思い出したようにそれに習った。京楽が片手でギンを手招く。ギンも三味線を芸者に返すと大人しくその招きに従い京楽の右隣に座った。
「それにしても、何処で習ったんだい」
京楽の言葉に他の面子も耳を傾ける。先の本職顔負けの技巧は一昼夜やそこらで身につくものでは無い。皆の視線を感じてギンは苦笑しながら口を開いた。
「前世て、ゆえばええんですやろか。死ぬ前に習っとりました」
百年はたっとるのに意外と覚えとるもんですねえ、と懐かしさと何かを混ぜたような表情で笑う。それを見て京楽は、杯を持たぬ左手を伸ばしてギンの白銀の頭を優しく撫でた。聞いちゃいけないことだったかな?、と小さく耳打ちをする。流石艶事に通じると言われている京楽だ。ギンの微かな言葉で何と無くわかって仕舞ったらしい。ギンは小さく頭を振った。生きていた頃は所謂、陰間として春を販いでいた。芸事も、その頃に覚えさせられたものだった。確かに生前は良いところにいた訳では無かったけれど流魂街での生活よりは楽だったから、どちらかと言えば死ぬ前の方が良かった。勿論、死神と為って仕舞った今とは比べるべくも無いが。京楽に倣い、他の面子もそれ以上の追求をやめた。
「なんや、それ。なんでお前、そないに女子みたいなことしとったんや」
しかし、演奏を特に思うこともなく、聞き流していたひよ里は無遠慮に吐き捨てた。何が良いのかわからん、と顔に太字で書かれている。先の時も彼女だけは拍手すらくれてはいなかった。ひよ里ちゃん、と京楽が静かに窘める。言葉尻は軽いものの、微かに眉根を寄せ薄く咎める空気を作り出していた。
「十二番副隊長さんは、弾きはられんのですか?」
そんな空気を制してギンは逆にひよ里に問い返す。女の子やのに、と態とらしく小首を傾げた。一瞬の間を置いて京楽や周りが笑いを漏らした。
「なっ…」
語気を荒げて、膳を叩いて立ち上がりかけたひよ里をが右隣に座る浦原が抑えた。
「これは市丸くんの勝ちだねぇ」
京楽が軽快に笑う。その一言で和んだ場に酒席らしい笑いが戻った。さあ、呑もうじゃないかと言う京楽に倣い皆がそれぞれに酒を楽しんだ。
☆
結局、皆呑んで呑んで酔い潰れて酒席はお開きになった。皆宿舎でもある自らの隊舎に戻る。何人か足元の覚束ない者もいたが、幾分かましな者がそれを支えた。
「僕は大丈夫ですよって、八番隊長さん」
酔っ払って眠ってしまったひよ里は浦原がどうせ同じ隊舎ですし、と連れ帰ったので残るもう一人の子供である彼を京楽が送ろうとしたが、ギンはその申し出を断った。彼も相当呑んだ(正確には呑まされていた)はずだが、少し朱が混じった頬にしかそれは見てとれなかい。それでも、彼は外見は子供である。そんな彼とこの場で別れてしまうのには人として、大人として幾らかの抵抗があった。しかし、と言い募る京楽にギンは薄く笑う。
「八番隊長さんに送って貰ったりなんかしたら、僕が平子隊長や藍染副隊長に怒られてまう」
気持ちはありがたいんやけど…と困った様に付け足したギンに京楽も微笑んだ。
「じゃあ仕方が無いね、
真子くんはともかく、惣右介くんは恐そうだ」
おやすみ、と手を振り歩いて行く京楽にギンも頭を下げる。
「おやすみなさい八番隊長さん」
(それにしても、あんな可愛い子がいるなんて五番隊は羨ましいねぇ)
背中にかけられたギンの言葉に京楽は一人呟いた。
生前のギンは花街とかにいたら良いなっていう妄想。
わかりにくいですよね、すみません。
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