マリオネット/藍ギン


開けたばかりの白い空が絡み付くような不快感を連れてくる。太陽が照っている訳でも無く、暑くて死んで仕舞うと云う程でも無い。ただ、空気だけが湿った様に充満している。揚羽蝶がギンの目の前をふらりと横切った。黒い羽を必死にはためかせる蝶を見上げてに、ああ夏が来ているのだと思う。

「ギン」

蜜を捜しに行く蝶を暫く見詰めていたギンに背後から藍染が声をかけた。低いテノール。常とは違い優しさ等欠片も込められてはいない。この声に囁かれた者は皆一様に、死んで終った。己を除いて。

「逢瀬は朝にするもんとちゃいますよ、」

揶揄を込めて呟き乍、藍染を振り返る。彼の後ろの昇りかけた太陽に目眩がした。余りの眩しさに、目を固くつむり両手で顔の前に影を造る。

「まるで、神さまや」

「?」

閉ざした瞼の裏に焼け付いた影が移る。陽光は容赦なく眼球を犯す。ギンの目は元から日の光に強くは出来ていない。痛みは脳髄まで駆け上がり、本当に気を抜けば倒れて仕舞いそうだった。

「藍染隊長の後ろに、後光がさしてはる」

幼子の様な事を呟いた。一瞬の間を置いて、藍染が笑う。

「まだ、神では無いよ」

いずれは、と言外に含ませて藍染は未だ両手で顔を隠した侭のギンに歩み寄った。白い石で作られた地面がざり、と音を立てる。そしてギンの細い手首を片手で掴むと、藍染は唇に己のそれを重ねた。侵入してくる舌先に、ギンは一拍戸惑った様な素振りを見せたが直ぐに藍染に従った。舌が歯茎の裏を撫ぜ、狭い口内を余す所無く蹂躙する。

「ん、」

長い口付けの後、酸素を欲して開かれたギンの唇から白い糸が跡を引いた。藍染は掴んだ腕を離さない侭、ギンを見据えると満足気に笑う。

「その時に、君のいる場所は私の前では無い。君が居るべきは、私の後ろだ」

藍染の薄く開かれた唇が歪む。まるで逃がさぬと言っている様な言葉に背筋を、ぞくり、と駆け抜けるものがあった。掴まれた腕は、何時でも振り解ける筈なのにどうしても逃れられない。そして、理解する。彼が自分の居るべき場所を決めて仕舞ったなら、もう逆らえなどしない。もし、そこから逸脱して仕舞えば簡単に切り捨てられて終う。おそらく藍染と一番長く共にいて、一番彼の事を理解している自分でさえ、彼は何の感慨も見せずに殺す。一刀の元に切って棄てる。

「わかっとります、藍染隊長」

太陽は大分動いている。何時も通りの欺瞞に満ち足りた一日は、これから始まろうとしていた。


(所詮は僕も、硝子ケェスの猫と同じ)



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