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男はこの世で最も正直な人間の一人で有ったけれど、それが正しい方向へ向いているとは限らないのが、ただ一つの欠点だった。食べたいから食べる、寝たいから寝る、犯したいから犯す、殺したいから殺す、ただただ気に入りさえすれば良いのだ。詰まるところ、男は悪人の最も完成された形だった。

赤い塗料を破裂させたように部屋中が血に染まっていた。クリスタルのシャンデリアは半壊して天井から斜めに吊り下がり、細い鎖にソーセージの原料が揺れている。ぴちゃん、ぴちゃんと滴り落ちる血を毛足の長い絨毯が受け止めて、踏みしめればじゅく、と湿った音を立てた。真っ二つに割れた黒檀のテーブルには首のない人間が物言わずに山を作っている。首はボーリングでもしたいのか知らないが部屋の片隅に三角の形に並べられていた。クロコダイルは比較的血に濡れていない、と判断したテーブルと揃いの黒い椅子に腰を下ろすと惨劇の興行主の背中を睨め付けた。壁際に寄った男は右手を鍵盤を叩く様に大仰に動かして、嘗ては人だった物の上半身を器用に宙空へ吊り下げていた。引き摺り出された内腑を刷毛の様にしてその零れ出る赤でつり上がった笑いを白亜の壁に引いている。歯を剥き出しにして笑う顔に走る斜線が何を意味するかなど知ったことではない。がドフラミンゴは其処まで描き終えて取り敢えず満足した様だった。自分の作品に名前を記す芸術家気取りの男は何時もの様に大股開きでクロコダイルへ近付いて来る。仁王立ちで暫くクロコダイルを見下ろして、ドフラミンゴは巨体を揺らして大きな声で囀った。
「よう、随分と遅かったじゃねぇか。海上で時化にでも見舞われたってのか?」
「………枯らされてぇのか?」
クロコダイルの不機嫌を感じ取って、ドフラミンゴは大仰にお辞儀をすると、廃墟となった瓦礫から冷蔵庫を引きずり出して何やらガサゴソとやっている。漸く目当てのものを見つけたらしく、振り向いたその手やは深緑の酒瓶が握られていた。何処から出したのかもう片手には二つのグラス。指先を一振りして酒瓶の口を切断してしまうと、大きな手で器用にグラスにワインを注いだ。そのうち一つをクロコダイルに差し出して、ドフラミンゴは瓦礫の山に腰掛ける。
「ウェストブルーの名産品だ、まぁ…扱いは多少雑だったが、味に変わりはねぇ筈だ」
んな訳あるか、良いワインはお前なんかとは比べものにならない程に繊細なんだ、と言おうとしてクロコダイルは懸命にも口を噤んだ。男の舌は良く回る。一つ話を振れば十になって返ってくるのだから、態々此方から話題を提供するなんて真似はしたく無かった。ドフラミンゴの言ったとおりに此処に来るまでの海路は大荒れにあれており、偉大なる航路と言う名に相応しい振る舞いをまざまざと見せ付けてくれた。これ以上の面倒ごとはごめんこうむりたい。縁の微かに割れた部分を避けて、クロコダイルはグラスに唇を寄せる。深い赤を口に含む前に鼻でその味を堪能した。濃く薫る葡萄の匂いと微かな酸味は成る程随分と質の良い品の様だった。

簡易に創り出された死体と瓦礫の舞台の上で、艶やかな黒髪の女が男に跨って腰を振っている。ガクガクと揺さぶられる度にブルネットが乱れ、ざんばらになっては蒼白い肌に落ちていく。女は最早人体の構造上あり得ない方向へと首を振り乱し、両肘の関節を吊り下げられる様にして死体の胸へと手を沿わしていた。床に仰向けに倒れた死体には両腕が無い。よく見れば上半身と下半身とが反対を向いており、下半身は仰向けに上半身はうつ伏せられている。捻れた下半身にぶら下がっているだろう萎えた陰茎を未だその膣に咥え込んだ女は死体の胸にーー正しくは背に添わせた腕を突然吹き飛ばした。何も女の自由意思では無かったろう、最早意識もないその操り人形の両腕を果物をぐように糸できゅう、と括った。切り裂かれた腕は二つとも見当違いの方向へ飛び、それぞれ天井と壁に当たって床へと落ちる。放射線状に飛び散った血が革靴の先に少し触れ、クロコダイルは眉根を寄せた。ああ、床に転がる肉片のうち片方だけでも、イかれたクソ鳥にぶち当たれば良かったのに。
「なあ、鰐野郎、お前は俺の事を悪趣味だ何だと思っているだろう」
ドフラミンゴは空になったクロコダイルのグラスに恭しくワインを注ぎながらそう言った。全てを注ぎ切って空になった瓶をドフラミンゴは肉片の上へと放り投げる。肉片と空瓶は何とも言い難い濁った音を立て、それから沈黙した。
「……違うのか?」
「俺は探してるんだ、」
ドフラミンゴの言う探し物知った事では無い。お喋りな口がその内実を語らないのだから、知る術も無かった。それでも、ドフラミンゴはこっちの都合などお構いなしに喋り続けるものだから、いちいち聞くのも面倒になってクロコダイルは適当に相槌を打った。
「…で、見つかるのか。それは」
ドフラミンゴは手にしていたワイングラスを態と床へと滑らした。恣意的な力の加えられた薄い硝子は容赦無く硬い大理石へと叩きつけられて乾いた音を立てて割れた。飛び散った破片はきらきらと輝いている。延ばした腕でクロコダイルの顎を掴むと無理矢理に上向けた。
「冷てぇなぁ…チョットは興味持ってくれても良いんじゃねえの?」
「…興味持って欲しいんなら、娼婦にでも話しかけてやるんだな…お前が話したくなる様に上手に聞いてくれるだろうさ」
ドフラミンゴはぱ、と手を離す。無理矢理に伸ばされていた首をまわせばごきり、と音がした。
「まぁ、イイや。お前が聞いてくれなくたって、俺が勝手に話したいんだーー」



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