かれとかれら/キドロ


現パロ。皆大学生。



頭が重たい。枕でも柔らかなクッションでも、心地良いソファの上でもないというのに頭蓋は沈んだ様に重たくて目だけをぱちぱちと動かした。カーテンの隙間から漏れている光が青白く室内を照らしている。でっかい何型?ってくらい大きなテレビにBozeの最高級スピーカー。マンションだっていう癖にバカみたいに高い天井にはよくわからないオブジェが吊り下がっている。あれか、モダンアートというやつか。この家の住人とは大学に入って一年と少しの付き合いだ、というのに家に入れて貰ったのは昨夜が初めてだった。何でも、同居している家主の(本人曰く複雑な関係の義理の)兄が麗しの恋人を追い掛けてフランスのロンドンへ渡米しちまったらしい。フッフッ俺の恋人は照れ隠しも世界規模なのさ。そう言った義兄のツラが最高に腹立たしくてついぶん殴ってしまった、と言うのは住人、ローの談だ。こんなバカデカイ家に住んでるならサッサと俺らに提供しろよ、酒飲もうぜ、と麦わらが茶化せば不貞腐れた様な顔でごめんなだな、と呟いたのだった。あまりに珍しいその表情を笑ってやれば後ろ頭を叩かれた。兎にも角にも此処がどこだか漸く認識して、よっ、とフローリングに片手を付けて上体を起こす、その反動で頭がくらくらとする、ぶつかった空缶がからんからんと、軽やかな音を立てて転がる。平常の耳で聞けば何でもない音も今は酷い頭痛を齎す種にしかならない。脳の奥で鳴り続ける缶をどうにか宥めて、視線を巡らせば朝の神秘的な光の中無造作に転がり山を成す酒の器、下手くそに引き裂かれた袋の口から中身が零れてローテブルに散らばったつまみ。ローテブルの向こうにも横にも此方にも死屍累々のごとく酔い潰れた友人が転がっていた。ぐがーぐがーと煩い音を立てているのは恐らく麦わら。その横で俯せに倒れているのがキラーで、見慣れたキャスケットと耳付き野球帽が折り重なる様にして転がっている、ああ、麦わらの仲間の緑と黄色は来なかったんだっけか、それからそれから…。昨夜の残骸に埋もれて惰眠を貪る友人達を見回してからローテーブルの上に散らばるかっぱえびせんを鷲掴み口へと運んだ。ばりばりとふやけた味を咀嚼する。誰だ酒なんか零しやがった奴、かっぱえびせんの酒和えは死ぬほど不味かった。図らずも口と喉と胃に残った酒を誘う呼び水になったその味は昨夜摂取したそれを、ご丁寧にも胃と喉と口を逆流させ、堪らず近場の窓を乱暴に開いて外へ嘔吐した。早朝から地上100mから降ってきたゲロに当たった不幸な人がいないことを願う。アルコールとスナックで出来たテロ物質は通常のゲロよりもするりと喉を滑る事を経験から知っていても、口内に残る何とも言い難い酸の味に再び吐き気を催してよろよろとキッチンへ向かった。ペタペタとフローリングが鳴る。何でこの家はこんなに広いんだ、リビングの隅にあるキッチンがこんなにも遠い。丁度影になる様にしてリビングからは直接見えない様にしているのは、何か意味があるんだろうか。ふらつく脚は何度か物を蹴飛ばして、麦わらを踏み付けにしたが彼は起きる気配を見せなかった。と、キッチンには先客がいた。そういえば、無駄に広いリビングの床で酔い潰れていた糞の数が一つ足りなかった。思い出したのか、それともIHコンロに腰掛けている男を見て起きたばかりに見た光景から差し引いたのかは置いておいて。真上の換気扇をガンガンと回してローは紫煙を燻らせていた。成る程効率の良い換気方法だ、有毒物質の煙は男の肺と換気扇に余すことなく吸い込まれていく。それにしてもIHって便利だな、俺の安アパートにもあれば良いのに、普通のガスコンロじゃ出来ない事が出来る、椅子としての仕様を推奨されているのかは別にして。俺よりも先に起きていたらしい、男の目のしたの深い隈は生まれつきだ。別に寝れなくて目覚めたという訳では無いらしい、男も昨晩結構な量飲んでいた筈だったが、記憶を呼び覚ましても男が酔い潰れた様を見てはいなかった。それ以前に男が酒に呑まれている姿を見たことはない。涼しい顔をして煙草を吹かすローの顔をいつかゲロをぶちまけたシンクと同席させてやる、と心に誓いながら疑問に思っていたことを問うてやる。

「なあそれって、オレの煙草じゃね」

IHの上に無造作に放られたボックスは確かに見覚えが有る色をして、男が持つには違和感のあるそれだった。ご丁寧にジッポーまで持って行ってやがる。

「俺のは切れた」

ぱしん、ぱしん、と空中で回転させては手のひらへ落とすその銀の発火器とボックスを纏めて此方へ向けてお前も吸うか、と何処か見当違いの言葉を投げ付けた。いらねぇ、と断ればさも珍しいと言わんばかりにその顔が歪む。それからローは俺の目をちらり、と見て顔色が悪りィな、と気遣う台詞とは裏腹な意地の悪い笑みを寄越した。立てた片膝に肘を乗せて白い筒を口元にやり、ふぅと息を吐く。煙は案の定すごい速さで昇っていった。男の腰掛ける横のシンクに手をついて蛇口を捻れば心得た様にグラスを差し出してきた。だだだだだ。シンクの底を叩いていた水をグラスに収める。みるみる溜まっていく水をローが丁度良いところで、止めた。喉の奥に溜まった淀を全て吐き出す様に、執拗に喉を洗った。漸く正常な状態を取り戻して、コップを軽く濯いだ。

「キラーが潰れてんの珍しいな」
「忘れたのか、お前がチェイサーって言ってブランデー渡したんだろ。あいつコーラだと思って一気に流し込んで、で」
「…そんなことをした様な気もすンな。何で気付かなかったんだ、アイツ」
「酒でバカになってる舌にアルコールと非アルコールの区別がつくかよ」
「そういえば何で換気扇なんか回してんだ?お前ん家禁煙だっけ?」
「酒くせぇんだよ、部屋が」

態とらしく顔を顰めて見せる男にゲラゲラと笑った。

「これだから嫌なんだよ、どうせフローリングの上にスナックの食べかすも散らかってんだろ。あのクソ共、他人ん家だってこと忘れてやかがる…いや、他人ん家だからやってんのか?」
「お前だって前、オレん家で飲んだ時調子に乗って酔っ払ったペンギンにジャーキー食わせたろ。お陰でオレはシーツを買い換える羽目になった、ひでぇ痛手だ。給料日前だったんだぞ」
「……そんなことあったっけか。あいつ吐いた?」
「盛大にな」

ローの手の中の煙草はいつの間にか短くなっていた。ゴミ箱の淵で灰を落として、最後に深く一吸い。ふぅー、と吐き出した煙は一瞬だけ男の顔を隠してまた上へと昇っていく。吸い殻はゴミ箱の中へと吸い込まれた。手持ち無沙汰の両腕を男の腰に回して、まるで上から落ちてくる男を抱きとめる様に。塞ぐ物がなくなってさぞ淋しがっているだろう、男の唇に唇を寄せた。触れ合ったそこは酷くかさついている。当然だ、女ではないのだから。更に奥へとそのひび割れへと舌を差し入れ様として、男の冷たい肌が拒絶を示した。物騒な刺青の指が俺の顔を押し込んで突き放す。そうして男は先程まで密に触れ合っていたかさついた唇を、手の甲で拭った。隈の濃い両眼が、軽蔑した様に此方を見下ろしている。

「……ゲロ臭ぇ」

と、リビングでガサゴソと物の動く音がした。しゃわしゃわというビニール、無造作に放り込まれる瓶缶、時折起きろよ、踏むなよ痛ぇ、朝か?なんて声もする。

「起きた見てぇだな」
「あー、そうみてぇ」

思わず二人顔を見合わせた。笑う。ローがIHコンロから降りてくる。フローリングがだだん、と鳴った。俺らがキッチンにいることはバレて仕舞っただろう。仕方が無いから大人しく片付けを手伝いにいこうか。ローが隣で声を張り上げている。てめぇら適当に片付けてモノこぼすんじゃねぇぞ。その途端に何か水性の物が床に跳ねる音がしてローは布巾片手にすっ飛んでいった。その後ろ姿を見送って、俺はもう一度笑った。

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