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日常が奪われるのは突然だ。嫌と言う程分かっていた筈なのに、俺はこの女との生活が永遠に続く物だと思い込んでいた。そんな愚かな俺の希望を嘲笑うかのように現実は酷く脆く崩れ去る。風の凪いだ、空気が停滞しているかのような夏の夜中のことだった。
「海賊だ!!」
「逃げろ!!」
怒号が飛び交い、窓の外では港の方の空が赤く染まっているのが見て取れた。娼館の中も蜂の巣をつついた様な大騒ぎで、普段なら着飾り取り澄ました娼婦達も慌てふためき、吾先にと出口へと殺到していた。俺は外に逃げようとする人々の波に逆らい、掻き分けて、女を探した。女の部屋のドアを開き、そこにいるのを認めると女の手を引く。
「はやく!逃げるぞ!」
二人で階段を駆け下り、娼館の外へと飛び出る。そのまま港とは反対方向へ走り出そうとした、その時だった。大柄な男2人が俺たちの前へと立ち塞がった。垢じみた、だらしのない着衣に、此方まで臭ってくるアルコールのにおい。
「おいおい、上玉がまだ残ってるじゃねぇか」
下卑た笑みを貼り付けてニヤニヤと笑う男達から彼女を庇う様に一歩前へ出ようとしたそれよりも、一足早く、海賊が彼女の腕を掴む。くんくんと女の白磁の顔にその醜悪な面を近づけた。
「やめろ!そいつを離せ!!」
そう叫び、女と海賊の間に割って入った。足元にあった拳大の石を拾い上げて、海賊の顔を目掛けて投げつける。石はガツン、と音を立てて海賊の額に当たり、そこから赤い血がとろり、と垂れた。海賊はサッと血相を変え、彼女を掴んでいたウデを離すと腰のカトラスを引き抜いた。
「ガキが…大人を舐めてんじゃねぇぞ」
彼女が俺を庇う様に立ち塞がる。庇われる謂れはない、寧ろ彼女を庇わなければいけないのは俺の方なのに、足が竦んで動かない。
「子供のした事だろう、天下の海賊様がそう無気になることじゃない」
「うるさい、邪魔だてするとお前も殺すぞ、美人だからって容赦はしねぇ」
「はっ、出来るもんならやってみな」
彼女の虚勢に海賊はにたり、と笑った。そしてカトラスを横に一閃。赤い血が飛んだ。一瞬だった。小さい呻めきと共に、彼女が顔を押さえて蹲る。荒い息遣いが手のひらの隙間から漏れていた。
「顔に傷がついちまったか、まあ良いだろ。次の島迄の手慰みに連れて行くか」
二人の海賊は其の儘彼女を俵担ぎにすると、俺の事など最早眼中にないかの様に港へ停泊している船へと戻ろうとした。海賊達の足へと縋り付く。もし此処で彼女と別れてしまったら、もう二度と会うことは叶わないだろう。あの真綿で包んだ、幸せな日常さえも永遠に失われてしまうのだ。必死の思いで海賊の足を掴む指に力を込めたが、振り落とされ、脇腹に鋭い蹴りが入った。ゴホゴホと咽せ、無様に地面に転がる俺を見て海賊達はまた笑う。
「残念だったな、坊主。この女の面倒はこれからは俺たちが見てやるよ」
下卑た笑み、醜悪な顔つき、咽せるような垢と酒の臭い、何一つとっても彼女に相応しくない。彼女はもっと美しく、綺麗なものに囲まれて生きていかなくてはいけない。薄れゆく意識の中でそう思っても、思考は段々と停滞していき、遂には意識までもが虚へと堕ちた。



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